きよしこの夜【後編】


 幻耀はさっそく席につき、まずは切れわけられた七面鳥にはしをつけた。

 皮はこんがりと焼けてサクサクしているのに、身は肉汁がたっぷりで瑞々みずみずしい。

 むごとに口の中で肉汁がはじけ、鶏肉の旨味が広がっていく。

 焼けた醤油の香ばしさともちもちした歯ごたえが、食欲を更に刺激する。


「うまい」


 思わず純粋な感想が口を突いて出た。


「よかった。たくさんあるので、どんどん召しあがってくださいね」


 玉玲が小皿に料理を取りわけ、笑顔で勧めてくる。

 幻耀は渡された料理をどんどん口に運んでいった。


 かつてこれほど大量に食べたことがあっただろうか。

 料理がおいしいと感じたことも。

 おそらくない。

 玉玲が料理上手だからか、それとも星辰節の雰囲気のせいか。

 大切な人がそばにいる。今では心を許しつつあるあやかしたちも。

 少し前までは、一日一食、それも少量を一人で食べるだけだったのに。

 大勢に囲まれて取る食事は、また格別なものだった。


 軽く三人前は平らげただろう。

 こんなに入る胃袋だったとは、驚きだ。

 満腹感と幸福感を覚えながら、幻耀は卓子に箸を置いた。


「ご馳走さま。おいしかった」


 玉玲は満足そうな笑みを浮かべて頷く。


 更に幸せな気持ちになって彼女の顔を見つめていると、茶トラの猫怪たちが口を開いた。


「僕たちはそろそろ行くニャ。料理も堪能させてもらったことだしニャ」

「そうだな。太祖の誕生日など、我々にとっては忌々いまいましいものだが、人間には特別な日なのだろう? あとは二人で楽しむがいい。行くぞ、莉莉」

「いや、おいらは玉玲とここに――」 

「莉莉、大人になるニャ。野暮な猫怪はモテないニャ」

「そうよ。もう少し人間の事情に気を配りなさい。ほら、行くわよ」


 居座ろうとした莉莉の体を、漣霞がサッと抱きあげる。


「お、おい、やめろ! おいらは玉玲と……。放せよ、怪力バカ狐精――フギャアッ!」


 じたばたもがきながら抵抗する莉莉だったが、漣霞がひときわ強く抱きしめると、悲鳴をあげて動かなくなった。

 漣霞の恐ろしさを実感したのか、他のあやかしたちは戦々恐々として、彼女の後についていく。


 やがて、亭周辺には玉玲と幻耀を残して誰もいなくなった。



「莉莉、大丈夫かなぁ。別にいてくれてもよかったんだけど」


 莉莉たちが消えていった方角を眺めながら、玉玲が心配そうにこぼす。


「いや、ちょうどよかった。あいつらに見られたら、自分にもと、ねだられそうだからな」

「……え? ねだる?」

「玉玲、お前に贈り物がある。受け取ってほしい」


 わけがわからなそうな顔をする玉玲に、幻耀はふところから取り出した小包を手渡した。


 包装紙を取りのぞいた玉玲は、桃の花をかたどった髪飾りを見て瞠目どうもくする。

 桃色の花弁は本物のように精巧で、しべの部分には黄玉が象嵌ぞうがんされている。


「これは……」

「町の露店で見かけてな。お前に似合いそうだと思って、つい買ってしまった」


 一度は購入を断念したのだが、やはり気になって、後で買いに戻ったのだ。


 しばらくの間、陶然とした様子で髪飾りを眺めていた玉玲だったが、笑顔になって礼を言う。


「ありがとうございます。すごくきれい。つけてみてもいいですか?」


 幻耀は「ああ」と言って頷いた。


 さっそく玉玲は右耳の上に髪飾りを取りつけて尋ねてくる。


「どうでしょう?」


 思った以上の可憐さに、幻耀は息を呑んだ。

 まるで頭に花が咲いたかのよう。赤みを帯びた彼女の髪が桃の花に見えるほどだった。


「きれいだ。とてもよく似合っている」


 思ったことを素直に伝えると、玉玲の頬が真っ赤に染まった。

 これもまた桃の花が色づいたかのように見えて、つい目をらしてしまう。


「あ、あのっ、実は私も渡したいものがあったんです。こんなに素敵なものをもらった後で、恐縮なんですけど」


 玉玲は落ちつかない様子で言って、ふところから取り出した何かを手渡してきた。

 てのひらに置かれた赤い手芸品を見て、幻耀は瞠目する。


「これは……?」


 町の露店で並んでいるのをよく見かけた。刺繍糸で複雑な吉祥文様を編み込み、飾り房を連ねた装飾品だ。


「吊るし飾りです。もしよければ、持ち歩いている妖刀の円環にでもつけてもらえたらと思いまして。吊るし飾りにはお守りとしての効力があるらしいので。太子様を守ってくれるようにって願いを込めて編みました」


 玉玲の説明に、幻耀は更に目を見開き、驚きをあらわにする。


「この吊るし飾りはお前が作ったのか?」


 露店に並んでいた装飾品と比べても、何ら遜色そんしょくはない精巧さだ。

 

「はい。本当にたいしたものじゃなくて、すみません」

「いや、見事な出来だ。ありがたく使わせてもらおう」


 自分の身を案じて編んでくれた気持ちが何よりうれしい。

 手作りの贈り物が、こんなにも心温まるものだったとは。


 さっそく妖刀の円環に吊るし飾りを取りつけていると、群青の天から白い結晶が舞い落ちてきた。


「あっ、雪。こんな時期に」


 玉玲が雪に触れようと、亭の入り口から外へと手を伸ばす。

 まるで花びらが舞い散るように雪はひらひらと漂い、玉玲の手や地面に溶け込んでいく。


「ああ、きれいだな。もう少し眺めていてもいいか?」


 灯籠の光を受けてきらめく雪を鑑賞しながら、幻耀は問いかけた。

 今宵はよく冷える。あと少しで日付が変わるくらい夜も遅いのだが。


「はい。私ももう少しここにいたいです」


 玉玲ははにかんだ笑顔で答えてくれた。

 幻耀の胸は、またじんわりと温かくなる。

 この気持ちを何と呼べばいいのだろうか。

 高鳴る鼓動に戸惑いを覚えていると、東から強い風が吹いた。

 玉玲が風から身を守るように自らの腕を抱きしめる。

 今夜の気温に対してはずいぶんと薄着だし、相当寒いに違いない。


 幻耀は玉玲の体を後ろから包み込むように抱きしめた。


「こうすれば温かいだろう」


 上着を掛けてやるよりも、熱をわけ与え合えていい。


「えっ!? いや、でも……」

「俺もこうしていると温かいのだ」


 慌てふためく玉玲だったが、そう言うと大人しく幻耀に体を預けた。


「はい、じゃあ……」


 幻耀こちらが寒くなければと、気遣ってくれたのだろう。

 胸の下に回った手を温めるように握りしめてくれた。


 幻耀の胸は徐々に熱を帯びて高鳴っていく。

 雪もどんどん降ってきているのに、彼女のおかげで少しも寒くない。

 胸には幸せな気持ちだけが降り積もっていく。


 星辰節など、しょせんは他人の誕生日に過ぎない。浮かれて盛りあがる人々を見ては、くだらないと思っていた。

 それなのに、まさか自分にこんな気持ちが芽生えるとは。


 幻耀は玉玲が存在してくれることと、さやかなこの夜を与えてくれた太祖に、生まれて初めて感謝したのだった。


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