【コミカライズ連載開始記念】クリスマスSS

きよしこの夜【前編】


 その日、よう帝国の京師みやこ嶺安りょうあんは人の姿でごった返し、異様なほどの活気を見せていた。

 今日は星辰節せいしんせつ。暘帝国初代皇帝である太祖たいその誕生日だ。太祖の生誕を祝い、各地で祭りや宴がもよおされている。

 なぜ大昔の偉人の誕生日くらいでここまで盛りあがれるのだろう。幻耀げんようは毎年そう思っていた。

 特に若い男女の浮かれようは目に余った。人目もはばからずに寄り添い、逢瀬を楽しんでいる。

 大路おおじの脇に並び立つ露店もまた盛況で、妻か恋人と思われる女性に装飾品を買い与える男性の姿がぽつぽつと目についた。

 星辰節にはなぜか、大切な人へ贈り物をするという、わけのわからない風習まであるのだ。


 ――しょせんは赤の他人の誕生日だぞ? 俺にとっては先祖だが。


 そんなことを考えながら、幻耀は部下たちと一緒に市中を見回る。

 人が多く集まる場所には、陽気を好むあやかしが湧きやすい。

 京師ともなれば、星辰節には毎年あやかしがらみの騒動が起き、皇子には催しを楽しむいとまなどなかった。

 今日も一日中仕事だ。


「そこの男前なお兄さん。あなたも大切な女性への贈り物にどうですか?」


 ため息をついていると、みちの脇から露店商が声をかけてきた。

 

「……大切な女性?」


 言葉にした直後、一人の女性の顔が脳裏をよぎった。黒紅くろべにの美しい髪ときれいな目をした少女。期間限定で契約を交わした、自分のただ一人の妃だ。


「あなたみたいに大層な色男に、まさか星辰節を共に過ごす女性がいないなんてことはないでしょう? うちはそこいらの露店とは質が違いますよ。西の工芸国から仕入れた名品ぞろいなんです。どうぞ見ていってくださいよ」


 口のうまい商人の言葉に乗せられ、並べられた商品に目を向けてみる。

 くしや手鏡、髪飾りや吊るし飾りなど、女性が好みそうな装飾品を中心に扱った雑貨店のようだ。

 なるほど。他の露店と比べて多少値は張るものの、商品の質自体は悪くない。


 ――ん? あれは……。


 台の隅に置かれた装飾品を見て、幻耀は目をみはった。

 玉玲ぎょくれいにとてもよく似合いそうな気がして。


「殿下、いかがなさいましたか?」


 どうしようか迷っていると、随従していた部下が怪訝けげんそうに問いかけてきた。

 幻耀はハッとして、装飾品から目をそらす。


「いや、見回りを兼ねて市場調査をしていた。法に反した商いが横行していないか気になってな。行こう」


 今は任務の途中だ。部下の目もある。買い物にうつつを抜かしている場合ではない。

 後ろ髪を引かれながらも、幻耀は部下を引き連れ、露店から離れていったのだった。



  ◇ ◇ ◇



 それから約半日――。

 任務を終えて乾天宮けんてんきゅうに戻った時には、すっかり夜が更けていた。


 玉玲はまだ起きているだろうか。

 あと二刻(一時間)もすれば、星辰節が終わってしまう。

 幻耀は少し急ぎ足で玉玲の部屋へと向かった。

 別に今日会えなくてもいいのだが、何となく顔が見たくなった。盛りあがる若い男女や町の雰囲気にあてられたせいだろうか。星辰節には、大切な人と過ごすという習わしみたいなものまである。

 ここ数年はずっと仕事に明け暮れ、一人きりで夜を明かしてきたのだが、今年は自分にも一緒に過ごせる相手ができた。やはり、顔くらいは見ておきたい。


「玉玲、起きているか?」


 玉玲の部屋の前に立った幻耀は、控えめに扉を叩いて問いかける。


 しかし、しばらく待っても反応がない。

 もう寝てしまったか。

 残念に思いながら、自室に向かおうとした時だった。


「太子!」


 後ろから聞き馴染みのある少年のような声が響き、幻耀は振り返る。

 黒い猫のあやかし――猫怪びょうかい莉莉りりだ。


「早く来てくれ! 玉玲が……!」


 莉莉が焦燥しょうそうに駆られた様子で告げ、誘導するように外へと駆け出していく。

 幻耀は戸惑いながらも、すぐに莉莉の後を追った。


 いったいどういうことなのだろう、こんな時間に。玉玲が外に出て、何らかの騒動に巻き込まれたのだろうか。彼女はあやかしたちの相談役として、北後宮を頻繁に動き回っていたから。

 最近ではどんどん友達が増えていると話していたが、まだ人間に悪意を抱くあやかしがいて、彼女に牙を向けるようなことがあってもおかしくはない。

 不安を募らせながら、西へと駆ける莉莉を追っていく。


 彼が向かっているのは、緑の多い園林ていえん地帯のようだった。

 自分は夜目が利くとはいえ、北後宮には灯りもなく、このまま深夜の園林を走るのはきつい。

 そう思っていた時、青白い光が目についた。ぽつぽつと十あまり。まるで篝火かがりびのように夜道を照らしてくれる。狐精こせいが発する狐火きつねびのようだ。


 なぜ、こんなに都合よく……?


 疑問に思いながらも、幻耀はうっすらと明るくなった草道を駆けていく。

 そのまま莉莉を追っていると、道の先にまばゆいくらいの光が差した。

 幻耀はあまりのまぶしさに目を細めて立ち止まる。

 すると――。


「お帰りなさい、太子様! 遅くまでお仕事ご苦労様です」


 光の先から玉玲の朗らかな声が響いた。

 幻耀は少しずつまぶたを開いていき、視界に広がった光景に瞠目する。


 玉玲のいるあずまやを取り囲むように、あちこちの木に赤い吊り灯籠どうろうが掛けられ、園林を煌々こうこうと照らしていた。

 亭の周辺には猫怪や狐精こせいが群がり、蒸籠せいろうの中にある饅頭まんじゅうや春巻きといった料理をむさぼっている。

 灯籠に加えて、狐精が狐火を無数に発していたため、この地帯だけまるで昼間のように明るい。


「今日は星辰節でしょう? みんなで楽しもうと宴を開いていたんです。太子様にも参加してほしくて、莉莉に案内を頼んでいたんですけど」

「へへっ。どうだ? 驚いただろ」


 莉莉がいたずらな笑みを浮かべて、二股のしっぽを振る。

 なるほど、さっきのあれは自分を驚かせるための演出だったわけか。

 苦笑する幻耀に、玉玲と漣霞れんかが笑顔で告げた。


「さあ、どうぞこちらへ。料理もたくさん用意したんですよ。出来たてではなくて、申し訳ないんですけど」 

「大丈夫です。あたしの狐火で温めておきましたから。思う存分ご堪能ください」


 彼女たちの招待に応じ、幻耀は亭に備えられた宴席に向かった。

 卓子つくえの上には、酒瓶や数々の料理が並べられている。

 炸子鶏からあげ蟹肉炒蛋かにたま皮蛋ピータン小籠包しょうろんぽう魚翅羹フカヒレスープなど。目玉は七面鳥の丸焼きだ。太祖の好物だったらしく、星辰節においては定番の料理と言える。


「どれもうまそうだな。馳走になろう」

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