分析の記 7 終章
*347項1段落目大正9年四月八日づけ、清野の手紙より
「獣のやうな世の中、人間は一人もゐませぬ。誠ある人はゐませぬ。物質文明が発達すればするほど、人の心が獣に近づきます」
これが川端がついにその一員になりきれなかった愛すべき人類に贈る言葉と私は受け取る。
* * *
「少年」に出て来る旧制中学時代の川端の読書リストで締めくくる。
大正5年 9月 「ふらんす物語」(永井荷風か)
同 11月23日 「死の勝利」(ダヌンツィオか)
「復活」(トルストイか)
同 11月24日 白鳥さんの「死者生者」(正宗白鳥)
「受難者」(江馬修か)
赤木桁平の批評
同 11月25日 田山花袋 「山荘に一人ゐて」
欠田 「両生」
同 11月26日 宝塚少女歌劇団脚本を2~3つ
上司小剣 「二代目」 「春日が指を切るあたりがたまらない」
同 12月1日 新潮 文芸雑誌
同 12月3日 「徒然草」を書店に請求
トルストイ 「イワン・イリッチの死」
同 12月6日 「Guy de Maupassant's Short Stories」
佐野某 「徒然草新釋」
「今戸心中」(広津柳浪) 「俳諧師」(高浜虚子)
同 12月29日 中央公論 谷崎潤一郎「人魚の嘆き」
大正6年 1月16日
阿部次郎 藝術のための藝術と人生のための藝術」
山崎 「新英字解釋研究」
『文章軌範』
同 1月20日 与謝野晶子 「夏より秋へ」
女の一生(モーパッサン?)
白秋、晩翠
「増鏡新釋」
スマイル 「品性論講義」
「新釋論語」
時期不明 中條百合子「貧しき人々の群」 島田清次郎「地上」
終わりに
私の主張を書いて終わりにする。文章を書くといふことは、ここまで読んでくれた読者なら薄々感づいたことと思ふが、自分自身の精神を投射することにほかならない。それが出来ないなら概ね後世には残らない。虚構に遊ぶのも良いが、そこにどうしてそのやうな嘘をつくのか、という鏡像関係がある。よって文章は嘘をつけないのである。かつ、それを表現するには完璧な修辞法と知識が必要である。
川端康成は”健全な”人間が想像できないほどの事象を客観する能力を持っていた。自身の生と性に対してである。それを人は虚無と読んだり、成し遂げられず苦悶する欲望と呼んだりする。彼を師と呼ばずしておれやうか。
文学上で尊敬する故人達を敬称なしで呼び、無意識に名誉を傷つけるような著述をしたことを申し訳ないと思ってゐる。
了
令和元年八月十日 初稿
後記
昨晩、この散文を推敲して投稿し、まだ未練を感じながら午前二時頃褥に入った。頭は覚醒し、寝入るまで暗い天井を見ながら思いを巡らせながら横になっていた。何故、このような散文を書いたのか、自分でも分からなかった。衝動だった。川端先生が「少年」を書いた歳よりも十年以上月日を浪費した男のあがきだろうか。自分の書いた文章のところどころを想い起こした。
彼の時代にパソコンなるものはなかった。よって原稿はすべて手書きであり、一文字一文字確かめながら書いたに違いない。それに比べ私は技術者として生きてきて30年以上、殆どの文字はワードプロセッサーで打っている。利点は、多少いい加減に書いても後で見直せば良いし添削も簡単に済むということだ。多分、文字を書いている時間は川端先生と比べようもないほど短時間だろう。それも当て字、誤字満載で、文学者の端くれにもなれない。それでもかような文を書ける。いい時代である。
突然、写真でしか見たことのないあの目が落ちくぼみ痩せた老人の顔が闇に浮かんだ。浮かんだ顔は青白く、その瞳の深淵は何も見ていないようだ。「何が分かったのだ」と言いたげな表情。
私は生まれてはじめて文学による恐怖を味わった。文学は人を震撼せしめることが出来るのだ!・・・自分と似ている、「少年」を読んでいてそう思った。でも全く違う。彼は文学上の天才であり、私を驚愕せしめ恐怖を味合わせる。鬼だ。その様な人とは生前にお会いしても私など話にもならないだろう。かうして彼の残した作品を読んで失礼な分析ばかりしているのがよいのだらう。
本文冒頭で「いたずらもしよう」と書いたのは、「少年」で印象的だった川端の日記からの言葉と、清野少年が嵯峨に会いに来た川端を見送る時の文章をそのまま、西鶴の「男色大鑑」の一つの話をもとにした私の作品に使って見ようとしたものである。清野少年を西鶴が描く武家若衆に重ねてみようという遊びだ。
西鶴新御伽草子「嬲りころする袖の雪」
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890371989
八月十五日
川端康成と「少年」、清野少年の虚像と川端の実像について 泊瀬光延(はつせ こうえん) @hatsusekouen
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