悪の観念 〜本当の悪とは何か〜
齋藤 晶
哲人
「三十人以上が重軽症の模様です。」
「なお、容疑者は、笑みを浮かべながら、燃えている大型高齢者施設を眺めていたようです。」
哲人は、このニュースを見て、愕然としていた。
しかし、哲人は、不思議と容疑者が本当の悪人の様には思えなかった。
すると母が言った。
「無差別殺人?」
哲人は、真剣な表情で言った。
「そうなんだって。もう一人の自分がそうさせたって言ってるらしいよ。」
母の表情は、青ざめていた。
近年では、無差別殺人や、虐待などの、死亡者が出る惨殺な出来事が多い。なぜこの様になるのか、その時哲人は、理解はできなかったが、何らかの、心にモヤモヤを抱えていた。
それから数日後、哲人は通っている高校に行った。教室に入ると、ある話し声が聞こえてきた。
「やばくない?」
「近所に住んでいる人が、虐待をしてて、幼児に数日間ご飯食べさせなかったらしいよ。」
「最低だよね。」
「でもね、その人も小さい頃に虐待を受けていたんだって。」
「だとしても、虐待をするのはおかしいよね。」
哲人は、虐待を受けていた子供の気持ちは痛いほどわかる。
哲人は幼い頃から、実の母親に虐待を受けていた。父親はアルコール依存症だった。その母親もまた幼い頃から虐待を受けていた。哲人は小学生の時に、その悲惨な出来事が起きている家を飛び出し、児童相談所に連絡し、新しい家に引き取られた。
その話を聞き哲人は、消えかけていた記憶が蘇った。
だが、そこで耳を疑う会話が聞こえてきた。
「その人もまた、加害者であり、被害者でもあると思うんだけどな。」
「どういうこと?」
「一方的に暴力や、暴言を浴びさせるのは良くないよ。」
「もちろん。そうだよ。だけど、その人が、そうせざるおえない様な状況や、環境にさせた、外的要因を考えてみてみて。」
会話をしているクラスメイト達は黙った。
そして、その人の過去を忖度した様な、表情を浮かべた。
哲人も、最初は、「何馬鹿なことを言っているんだ。」と思っていたが、彼の発言により、深く考える様になった。
その日の授業が終わり、帰り道にふと、その周りを取り巻く環境を考えてみた。だが哲人は、何も思いつかなかった。
だが、一つだけ言えることは、本当の悪というのは、もっと別にあると感じた。
その夜、母が哲人に話しかけた。
「哲人〜、最近高校ではうまくやっているの。」
幼少期に、辛い思いをしている事を知っている母はよく、哲人の事を気遣い、聞いてきてくれる。その時今日あった出来事を話した。
すると、険しい顔に一瞬なったが、穏やかな表情を浮かべた。
すると母が言った。
「そのお友達も苦労したんだね。」
一瞬何を言っているか分からなかった。
だが、すぐわかる様になった。
続けて母は言った。
「人に優しくするには、自分がまずその人の気持ちを推し量る事だよ。その様な事を出来る子は、過去に何か嫌なことがあったり、忘れられない教訓を得た子達なんだよ。」
「哲人も、何事も経験しなさい。そして色々な教養をつけなさい。すると、あなたの人生はもっと豊かなものになるわよ。」
母のその言葉には、全てが詰まっている様な気がした。
哲人は恥ずかしながら答えた。
「うん。頑張る。お母さんに恩返しできるように努力するよ。」
哲人は、歳を重ねるごとに、性格が明るくなって来ている。
そのことに母は、満足感を感じている。
次の日また同じように教室に行くと、昨日の話をしていたクラスメイトに話を聞くことにした。
「高野くんって小さい頃に何かあったの?」
おもむろに質問すると、高野くんは、少し曇った表情で答えた。
「うん。」
続けてこう言った。
「俺はね、小さい頃に、家族を見知らぬ男に皆殺しにされたんだ。祖父母も父も母も、挙げ句の果てに、五つ離れた兄まで。」
「ごめんね。いきなり暗い話しちゃって。」
哲人は頷いて話を聞くしかなかった。
「ある日の夜、玄関のドアが突然開いて、不思議に思った父が、見に行くと、怒号とともに、グサッという音が聞こえた。」
「それを、見に行った祖父母と、母が次々と刺された。」
「そして叫んだ兄が喉元を刺された。」
「必死に僕はその殺人魔に泣きながら謝った。すると、血だらけの殺人魔は優しい口調で私に話しかけてきてくれた。彼は、子供の頃から優秀な兄をもち、その兄と比べられ、馬鹿にされ愛情を感じてこなかったらしい。そのせいか、彼は就職できず、家の中で引きこもるようになったらしい。彼は重度の精神疾患になった。家族に毎日ように罵詈雑言を浴びさせられ続けていた。そんな中で、どんどんストレスが溜まっていき、幸せな家庭を見ると、気がおかしくなり、今回の犯行に及んだらしい。」
と高野くんは、熱心に話してくれた。
だが続きざまに、話してくれたことは彼の観念を築き上げたものだと感じた。
それは、
「俺は不思議な事に彼が悪い人だとは一切思わないんだ。確かに俺の大事な家族を奪った張本人であるし、人を次々と刺し殺したことは、罰すられるべきものであると感じている。だが不思議と彼の話を聞いて同情した。幼い時にも関わらず、彼は可哀想な人なんだと感じた。俺はそんな彼が帰る際に、彼は俺の頭を撫でた。そこには、暖かさを確かに感じたんだよ。今でも彼もこの事件の被害者だと感じている。」
哲人は、不思議な事に泣いていた。
被害者の心理として、犯人を憎めない、恨むことができないというのはどこかで聞いたことがあるがそれは少し違う気がした。
その後高野くんは、血だらけの状態で殺人魔を探しに行った所を保護されて、一連の事件が発見されたらしい。
やがて犯人は、逮捕され、世の中から、大バッシングを受けたのと高野くんへの同情を買った。
哲人は、高野くんにありがとうと伝え涙を拭き、家に帰った。
家に帰って母にその事を話すと、やはり、母はその事件について知っていた。
それがクラスメイトにいると伝えると、びっくりしていた。
それもそうである。
その時ふと二日前のニュースを思い出した。
あの放火した犯人もあの殺人魔と同じ境遇ではないか。すると偶然ニュースが流れてきた。
「大型高齢者施設放火事件の容疑者である、高橋真和容疑者は、調べによると、重度の精神疾患で、職場での、人間関係のトラブルを誰にも相談できなかった。さらに、その事を上司や街に報告しても何もしてくれなかったため、近所の施設を放火したなどと容疑を認めています。」
哲人は、この事を聞いて、心のモヤモヤがようやくわかった。それは心の根底にあるこの人にも色々な良い事があるだろうという部分である。
こうして、哲人は悪というものの観念を持った。
哲人は本当の悪とは何かという問いにはこう答えるであろう。
罪を犯した人間ではなく周りの環境であり、外的要因が原因だ。
哲人は素晴らしい物を得たはずだ。
彼の母もきっと幸せであり、彼自身もきっと豊かな人生を歩んでいくだろう。
そうして何年か経った、哲人も、もう結婚していた。そんな幸せの人生を歩んでいたある日、哲人が捕まった。
それは、子どを虐待してしまったのだ。
子供の頃の記憶は拭えきれなかったのだ。
やはり繰り返し過ちを犯してしまった。
この事件に、世の中は、大波乱をよんだ。
哲人を次々と非難した。
「子供が嫌いなら作るな。」
「人として最低。」
「子供を殺す事はどうかしてる。」
だが、こんなコメントがあった。
「本当に悪いのはこの様になるまで放っておいた、社会であったり、この様になった後に誹謗中傷を書き込むだけで何も行動しないあなたたちだ。」と
悪の観念 〜本当の悪とは何か〜 齋藤 晶 @SaitouSyou
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