YプロリレーNo,6
薮坂
2000光年のアフィシオン 第6話
第一話
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890555572
第二話
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890620812
第三話
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890623821
第四話
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890651852
第五話
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890658871
────────────
──速い。桁違いに、速い!
いつもと同じハズの機体。愛機とも呼べる、このアフィシオン57号機。
いつもより少しだけ、速く飛びたい。そう思っただけなのに、この速度の実現とは恐れ入る。
ポニーテリカがおれに何を埋め込んだのか、正確にはわからない。しかしこれは明らかにヤバイもののようだ。
現に、57号機は軽いアラートサインを出している。HUDの片隅に表示されている、見慣れないアイコン。これは「機体限界速度の90%で航行中」というサインであるらしかった。こんなものを見るのは初めてだ。
「──聞こえるかしら、
脳内に響く声。これは
「HQの声は届いている。指示を」
「敵編隊に動きあり。
「了解」
無傷で回収とは、中佐もなかなかに強欲だ。敵が使っているショートカットアンカ。これは、ツインテリナ中佐が発明した
もちろん詳しいことは知らない。しかし、研究部は口酸っぱく言うのだ。あれを
それをどう使うのか、単なるオペレータである俺の知ったことではない。恐らく弄り回して、リバースエンジニアリングでもするのだろう。
敵のSCAを完璧に解析できれば。それが2000光年離れた約束の地へと俺たちを導く、らしい。アカデミの教本に書いていた通りであるのならば。
眼前に、三角形に大きく展開するSCAを確認した。夜空よりもさらに漆黒。一条の光すら見えないそのデルタゾーンから、敵機がぬらりと現れるのが見て取れる。ぞろぞろとまるで、巣から這い出てくるアリの大軍のよう。それを見て俺は、速度を通常のそれに戻す。そして。
コンタクト。コンバットマニューバ、オープン。
途端に自機のアラートが鳴った。耳を劈く警報音。敵機のミサイルが、自機に向かって飛んでくるサインだ。出会い頭で撃ってくるとは、練度の低さを露呈するようなもの。
それは当たらない。フレアを撒く必要もない。俺は機首をピッチアップさせると、そのままクルビットマニューバに移行した。鋭く後方に一回転の宙返り。若干のロールを入れ、敵機のミサイルを難なく躱す。
機体を水平に戻した瞬間、敵機をスパイク。ロックオン。瞬間、ウエポンベイから
敵の編隊は解けていない。空中でマーヴは四散し、手近な敵機たちに食らいつく。
MIRVが刺さる手応え、多数。爆散。HUDのシーカには5機撃墜の表示が冷たく踊っていた。
機体をナイフエッジポジションからスライスバックに。高度を速度に変え、砕け墜ちる敵機の残骸から離脱する。
──追ってこい、雑魚ども。
大佐からは、
しばらく真っ暗な海面に向けて垂直下降を続けると、機体のアラートが再び吹鳴した。高度1000m。この速度では低すぎる高度だ。
機体をピッチアップさせ、高度を回復。張り付くように後方にいたのは、狙いの最新鋭機だった。HUDには後方に2機、前方に3機。自機を取り囲むように連携飛行している。なるほど、旧型機では歯が立たないと踏んだか。相手の司令官は思い切りの良いヤツのようだ。
1発目の
ワザと、教本通りのインメルマン・ターンを決める。後方に張り付いていた1機が釣れる。自機にアラートサイン、スパイク。相手のミサイルシーカ内に自機が入ったサインだ。しかしロックはされていない。優秀なオペレータならまだ撃たないだろう。俺はそこから少しだけ、速度と高度を落とす。もう少しだ。
敵機は速度を上げ、俺に襲いかかる。来た、ここだ。瞬時に機体をダイヴさせる。そのまま低空でナイフエッジ。速度を上げロール。右ヨー、さらにロール。
相手のスパイクを振り切ると、相手はたまらず高度を上げた。ここだ。するりと同じように高度を上げる。下方から角度のついた
闇夜を切り裂く光の槍は、躊躇う間も無く敵機に突き刺さった。爆発。粉微塵になる敵機。まずは1機。楽しい時間の、始まりだ。
────────────
「──おいアルバ、助けに来たぜ! ってカッコ良く登場しようと思ったのによ。なんだよこれ。正気か、お前?」
聞き慣れたフォッカの声で、はっと我に返った。色を失っていた視界が元に戻る。深くアフィシオンとシンクロしていたのだろうか。記憶が曖昧だ。HUDには、僚機を示す緑色の輝点しか残っていない。朧げな記憶を辿ると、どうやら最新鋭機を全て撃墜させたようだ。詳細は、憶えていないのだが。
「アルバ? 聞いてんのか」
「……旧型機はどうなった」
「憶えてねぇのかよ。ほんと大丈夫か、お前。旧型は全部、10キロ離れた空域でファード隊とヴェルファイ隊が蹴散らしたよ。この空域にも、もう敵機は残ってねぇ」
「そうか」
「お前まさか、
「そんな訳ないだろ、ちょっと昂ぶってただけだ」
「ホントか……? お前、なにかオレに隠してねぇだろうな?」
クリアアウト。ブラックアウトとは違う、意識障害の一種。シンクロしすぎて、機体を動かしているのにも関わらず、記憶に残らない状態のことを言う。これが続くと、意識をアフィシオンに乗っ取られるという。そして二度と目が覚めない。公式記録には残っていないが、俺はそのケースを2件知っていた。
ぞくりとする。自分もそうなるのか? いや、それはない。現にこうして、俺の意識は俺がコントロールしている。
試しに、機体を左右にロールしてみる。鋭敏な反応。大丈夫だ、俺はきちんと機体を制御できている。
そのマニューバを見たフォッカが、怪訝な声で言った。
「お前、今何した。機体の具合を確認したのか? お前の
無意識に、HUDの数値を確認してしまった。その数値、72
──72pmだと? なにかの間違いじゃないのか?
「──おいアルバ、数値は!」
「……問題ない。45pmだ。規定数値だな」
「それ、本当だろうな? デブリーフィングでお前のマニューバログ、確認させてもらうぞ。これ以上仲間を失いたくねぇからな。場合によっちゃ──」
フォッカがそこまで言った、その瞬間。自機アラートが強く吹鳴した。コックピットに鳴り響くそれ。これはスパイク。いや、ロックオンのサインだ!
「アルバ、敵機だッ! ロックされてるぞ!」
「ロックだと、そんなハズが──」
HUD全体が赤く染まる。撃たれた、何らかのミサイルが自機に向かって飛んで来ている! 一体どこから? レーダには何も映っていないのに!
悩むよりも前に回避行動だ。一歩の遅れが致命的な結果を生む、この空。悩むのは後でいい。
メジャーを射出。すぐさまダイヴ。高度を速度に変える急降下。しかし海面が近い! 寸でのところでピッチアップ。高度は100m未満。ギリギリでミサイルを躱す。海面に刺さったミサイルが爆散した。殺意のこもった、本物の攻撃だ。
「アルバ、無事か!」
「フォッカ、敵機を探知できるか!」
「──
肉眼にも映らない、だと? 冗談じゃない、なんだそれ? ふざけているのにも程がある。そんなの戦闘機とは言わない。ただのUFOじゃねぇか。
俺は機首を上げ、フォッカが取っていた高度まで一気に駆け上がった。2機で周囲を警戒する。レーダはダメだ。恐らく相手は最新鋭機、特殊なステルスを装備しているのかもしれない。戦闘機に光学迷彩なんて、冗談にもほどがあるが。
「警戒しろ、オレは1時から7時方向! アルバはその逆だ!」
自機から向かって左、そこに目をやると。小さくてわかり辛いが、満天の星の光と、月明かりが部分的に消えているエリアが見える。その形は
「フォッカ、10時方向。見えるか、もしかしたら小型の──」
「コンタクト!」
遮るように、フォッカが叫んだ。瞬間、HUDにアラートサイン。敵機が赤い輝点で表示される。ステルスを解除したのか……?
「なんだこいつ……フザけてんのか?」
フォッカがそう言うのも無理はない。おおよそ、信じられない機体だったからだ。敵機のそのカラーリング。剥き出しの銀色。無塗装なのか。それが月明かりの下、怪しく煌めいている。
しばらく見とれてしまっていた。痛恨のミスだ。次の瞬間、敵機は猛然とロールし、こちらに機首を向け猛進してくる。いや、本当にロールしたのか。急激に機首を無理やり変えたように見える、そのマニューバ。
すぐさま俺は
しかし数十発に分かれた弾頭は、ことごとく外れてしまう。カスリもしない。その気配すらない。ありえないマニューバ。人間が乗っているとは到底思えない。
俺は、俺が世界で一番強いと思っていた。今の今まで。俺が、世界で一番であると。この空を世界で一番、愛しているから。
だけど。それはとんだ思い上がりだったようだ。初めて……いや久しぶりの感情。胸がざらりとするというか、何というか。
あぁ、これは。長らく空で忘れていた感情。
──恐怖だ。
「……逃げるぞアルバ。あのマニューバは異常だ、世界の物理法則を無視してるとしか考えられねぇ!」
「いいや、それは出来ない」
「墜とす気だと? ふざけるなアルバ! お前なら見てわかるだろ! あの機体は明らかに異常だ、オレたちが敵うとは到底──」
「だから逃げきれそうにない、って言ってるんだ。お前もわかるだろ。俺の言っている意味が!」
「まさかアルバ、お前──」
「俺がヤツを引きつける。その間にお前は逃げろ。逃げてヤツのマニューバログを
機体をロールし、反転させようとしたのだが。フォッカが器用に、俺のラインを奪った。接触しないように機を減速させた瞬間、フォッカが言う。
「あれに勝てる可能性があるとしたら! そりゃお前だけだ! オレが時間を稼ぐ、お前は帰投して対策を練れ。いいな、オレを無駄死にさせんじゃねぇぞ!」
フォッカは一気に
「また会おうぜ、相棒」
「フォッカやめろ! フォッカ──!」
そして。フォッカのアフィシオンは空を舞う。
それはきっと。世界で一番、悲しいダンスに違いない。
YプロリレーNo,6 薮坂 @yabusaka
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