あのかわいい、キラキラした子供たちの瞳は、当たり前なんじゃないかと思います。自分たちと全く違う容姿の大人たちが現れて、面白い贈り物をたくさんもらってはしゃいでいる、古今東西ごく当たり前の子どもたちの姿。日本も、アフリカも、どこの国もそれは変わりません。
今、ひどいとしかいいようのない環境にいる人をサポートし、そして自立していけるような仕組みをつくることは大切ですし、歴史的な背景、特に内戦や紛争に苦しむなどあってはいけないことですが。
そして、今後世界の人に
「日本の子どもたちは恵まれないのに、あんなにキラキラしていて支援したい」
と言われることのないような未来を築きたいと思います。
以下、本文の要約です。
〉子どもの頃から物静かで引っ込み思案だった。私はずっと期待していたのだ。地獄から救い出してくれることを。
この期待は裏切られます。冷淡に同情心の欠片もなく。
〉先生の表情はどこか胡乱気で相づち一つうたずに聞き流していた。あなたね、世界で一番可哀想って顔してるけど違うわよ。
私がかけて欲しい声はそんなんじゃない。私は、誰かを頼るのを辞めた。
心の叫び、痛み、期待外れを味わった主人公はその後躍進します。自分の手でつかみとれるものを得ていく。頼もしいその背中。フィナーレに主人公は先生と再会するが……。何度も読む価値のある作品です。
もしも自分がつらくてたまらなくて誰かに相談したときに、「○○さんはもっとつらいのだから我慢しなさい」と言われたら、どのような気持ちになるでしょうか。
このお話の主人公は、いじめにあっている地獄の中で担任教師に救いを求めますが、返ってきたのは無慈悲な言葉でした。
心を閉ざし、モヤモヤしたものを抱えてしまう主人公。大人になった彼女が、その担任と再会したときにとった行動は――。
リアルな心情描写で、読んだ人の心に深く何かを残す短編です。読むうちにモヤモヤとした感情はわきおこりますが、決して胸糞の悪い結末ではありません。自分は救いを見出しました。
担任の言葉は無自覚に残酷ですが、彼女もことさら残虐非道な人間なわけではありません。普通の人間です。どこにでもいる、少々他人の気持ちに鈍感で押しつけがましい人……程度でしょうか。
だからこそ、とてもリアルな光景に感じました。そして自分も「己に酔った正義感」で誰かを傷つけていないか不安になりました。
「日本の子供はアフリカの子供より幸せだ」という言葉に納得できない方に、誰かと自分を比較をされて悲しくなったことのある方に、大人からの言葉に傷ついたことのあるかつての子供に、このお話をお勧めしたいです。