残り零日

「今日の、この良き日に」

「私たちは」

「卒業します」

「私たちを優しく、時には厳しく」

「導いてくださった先生方」

「本当に、ありがとうございました」


◆◇


(前略)

私たち六人はどうにも互いに秘密が多すぎます。そのせいで表面的にしか関われていないような気がするのです。そこで私は何か一つ大きな事件でも起これば、それを機に距離を詰められるかと考えました。

細かい作戦は二枚目の紙に書いています。是非とも私たちがさようならを言うために協力していただけませんか。

亜樹様のますますのご健勝と色よいお返事を期待しております。

敬具

二月二十八日

高橋 香


◆◇


校舎からほど近い桜の樹の上で姉妹が駄弁っていた。卒業式の別れの言葉が風に漂ってここまで響いてくる。姉は鞄に入れていた六通の手紙を取り出した。

「あの子ら馬鹿よねぇ。てか、策士? こんな回りくどいことしないといけないとかつくづく面倒臭く生きてるなぁ」

どの手紙もほとんど同じことが書かれ、作戦計画に至ってはコピペしたのかと思うほど同じだ。

「慇懃すぎだよね。かえって無礼」

小学二年生とは思えないほど弁の立つ妹はその手紙を横から覗き込んでいる。同級生だった友人に送るものにはどう見ても見えない。これは目上の人に送るものかい?と疑りたくなったとて仕方もないだろう。

「ねえ、失礼しちゃう。毎年年賀状送り合う仲じゃなかったんかって怒鳴りたくなる。挙句、冬樹のこと幽霊扱いするしさ。もうもう、激おこぷんぷん丸だぞ!」

「お姉ちゃん、古い。幽霊扱いは割とお姉ちゃんに責任あると思うんだけど」

引っ越しのことも言わずにかくれんぼをしたまま帰って旅だった、七年前の亜樹はどう考えても誰が見ても悪い。尚且つ意図的に崖の付近に靴を落としておいたと言うのだからたちが悪い。

「いやあ、でもあの子らが私と年賀状のやり取りしてることすら互いに言ってないってとこがなんとも、薄情というかなんというか」

「それもお姉ちゃんのせいだと思うよ」

別の人に送っていなかったとしたら気まずいだろう。言わなかったとて普通だ。

「あはははは」

亜樹は乾いた声で笑った。

「あんなんでよかったのかねぇ。てか、あれで全員が全員、自分が立てた策で成功してる、って思ってるところがやばいなぁ」

「まあ、希望通りだしいいんじゃない。でも、もしかしたら騙されてるのは私たちかもね」




「あ、雄大やっと来た」

「待ってたんやけんな」

香のデジカメで自撮りを試みている、五人。雷牙が早く入れと言わんばかりに雄大の腕を引っ張った。

「雄大入ったね。じゃ、撮るよ〜。十秒カウントやけんね」

十、九、八、七、六、五、四、三、二.

シャッター音が響く。途端にカメラに詰め寄った。

「この写真、後でみんなに送るけん」

「絶対送ってや。忘れんでよ」

雷牙は涙声でそういった。今日旅立つ雷牙に届くことはないけれど。

「忘れなんよ」

「ありがとうね。香ちゃん…………みんな」

綾乃が可愛らしい顔を真っ赤にして大粒の涙を落とす。綾乃も今日東京へ発つ。

「またね」

「また会おうや」

「じゃあまたね」

六人の声が揃う。最後まで頑なに“さようなら”は言わない。言いたくない。これは終わりとか別れではなくて、ただの分岐点でありいつもの放課後と変わりない日常なのだと思いたいから。立場や住む場所、生き様が変わっても、関係は変わらないと、終わらないと、信じていたいから。

――――またね。

雲一つない快晴。撮った写真をデジカメの画面で確認し香は頰を綻ばせた。

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卒業 神籬 咲夜 @himorogi398

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