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 数十分に及ぶ戦いののち、今やこんにゃく王国親衛隊は総崩れとなっていた。後から知ったことだが、用心深いプリン王国の王子はこの急な婚姻申し込みを怪しんで、騎士団をかなり多めに率いてやってきていたのである。


 広間のあちこちで、こんにゃく王国の親衛隊が自らの糸こんにゃくで縛り上げられていた。プリン王国騎士団の数人と王子がプラスチック・スプーン・ソードを構え、銃を振り回して玉こんにゃく光線を撃ちまくる国王をじりじりと広間の隅へと追い詰めていた。


「そんな……あと少しでプリン王国が我がものとなったのに……」


 プラスチック・スプーン・ソードによって手から銃を弾き飛ばされた国王が呟き、がくりと膝から崩れ落ちる。


「だまし討ちのような政略結婚で領土を拡大して何になるというのです。こんな強引な手段がいつまでもうまくいくと思ったら大間違いです」


 いつの間にか国王包囲網に加わっていた彼女が、父である国王を見下ろして冷たく言った。


「あなたに王の資格はありません」


「ふん、でかい口を叩く……貴様の母親を捨てたことをまだ恨んでいるのか? こんにゃく王国の発展の礎となれただけでありがたく思うべきだ」


「このっ……!」


 あまりに巨大な怒りのせいか、彼女の顔は真っ赤を通り越して真っ青に染まった。そしてぷるぷると身を震わせた。


 ぷっくりとした頬を真っ青に染めて、まるで世界中に溢れる不条理に対する行き場のない怒りを、余すところなく振動のエネルギーへと変換しているかのようであった。


 僕はまたもやこう思った。「ブドウ味のこんにゃくゼリーみたいだ」と。


「やれやれ、救いようがない男だ。王女どの、この男は我々の国に連れ帰って『プッチンの刑』にかけるが、よろしいか」


 王子が進み出て厳かに告げると、国王の顔が青ざめた。


「待ってくれ、プッチンだけは……プッチンだけはっ!」


「いかがかな、王女」


 彼女は一瞬だけ俯き、そして顔を上げた。その顔には固い決意が宿っていた。


「国王、あなたは王子を含むこの場の人々を殺害せよという命令を親衛隊に下しましたね。到底看過できる行いではありません。もはやあなたは国王に非ず、ただの重罪人です。プッチンされるその刻まで、己の行いを悔いて過ごしなさい。そして、今この場でこんにゃく王国の統治権を国民議会へと譲渡します。王政は終わりを告げました。これからは議会制民主主義の国になるのですよ」


 かくして、こんにゃく王国はそのぷるぷるした歴史に新たな一ページを刻むこととなった。


「あとは議会の皆さんが頑張ってくださるでしょう。私は地球へと帰ります。私を待っている人がいますので」


 彼女は僕を見て晴れ晴れと笑った。僕も笑い返した。


「待て、待ってくれ、お前は私の娘だろう? 私は父親だぞ。父親がプッチンされて心が痛まないのか」


 歩き出そうとした彼女に、国王は追いすがる。一度捨てた娘に対してなんという恥知らずな台詞だ。口を開いて罵倒の言葉を投げかけようとした僕を押しとどめ、彼女は父親のほうを向いてにっこりと笑った。


「ファッ◯ユー」


 そして見事なまでに下品な仕草で中指を立てた。


 膝から崩れ落ちる父親を尻目に、彼女は踵を返した。僕たちは連れ立って大広間を出た。彼女はもう、一度も振り返らなかった。



 王子の厚意で、王宮の中庭に急拵えのプルプル・トランポリン装置が用意された。手厚いことに、目的地は我が家に設定してあるらしい。彼女はウェディングドレスを脱ぎ、プルプル宇宙服に着替えた。


「王子どの、お世話になりました」


「お世話になりました。このご恩はいずれ」


 僕と彼女が揃って頭を下げると、王子は鷹揚に頷いた。


「なんのなんの。ご結婚の際はお呼びください、我ら一同プルプル・トランポリン装置で駆けつけて盛大に祝いますから」


 騎士団、楽団、招待客、その他大勢の人々に見送られながら、僕と彼女は手を繋いでプルプル・トランポリン装置に飛び乗った。


 ぷるん。

 飛び上がる。


「危険な目に合わせてしまって、申し訳ありませんでした」


 彼女が申し訳なさそうに言った。眼下にこんにゃくの街並みが輝いていた。


 ぷるん。

 また飛び上がる。


「いいんです。僕が勝手にしたことですから」


 王宮の中庭でプリン王子たちが手を振っているのが小さく見える。僕たちは手を振り返す。

 ぷるん。

 さらに飛び上がる。


「私のことは忘れてくださいと書いたではありませんか。それなのにこんなところまで追いかけてきて!」


 中庭でプリン王子たちがまだ手を振っている。飛び跳ねている。何かを叫んでいるようにも見える。熱烈に見送りすぎではないだろうか。

 ぷるん。

 もっと飛び上がる。


「僕が言われた通りに君を忘れるとでも思っていたのですか? 本当に?」


 僕は尋ねてみた。

 ぷるん。

 思い切り飛び上がる。

 彼女は満面の笑みを浮かべた。


「……いいえ、ちっとも!」


 ぷるん!

 高く高く飛び上がる。次の跳躍で僕らは宇宙に飛び出し、地球へと帰るのだ。僕と彼女はしっかりを手を握り合って、脚に力を込めた。


 ぷるるるん!

 僕らは惑星プルプルを飛び立った。


 可愛らしいこんにゃくゼリーの恋人をしっかりと抱きしめて、宇宙を駆ける。地球に帰ったら、彼女はこんにゃくゼリーの恋人ではなく、こんにゃくゼリーの奥様になるのだ。奥様。なんて素敵な響きだろうか! 矢のように過ぎ去っていく星々の中で、結婚式の場所、日取り、招待する人、いろいろなことを話し合った。


 やがて予定よりもずいぶん早く目の前に見えてきた地球は、明らかに黄緑色をしていた。どう見ても地球ではなかった。知らない、見たこともない惑星だった。


 僕の頭の中で「故障」の二文字がちらついた。王子たちが何を叫んでいたのか、今ならわかるような気がした。惑星間航行においてプルプル・トランポリン装置が故障した場合、どうやってこんにゃくゼリー・メーカーに苦情を入れるべきか、もっと真剣に考えておくべきだった。


「あれは地球……ではありませんよね? あの星は……」


 彼女が不安そうに呟く。細い指から彼女がぷるぷる震えているのが伝わってきた。


 まったく、人生というのはままならないものだ。いいことのあとには悪いことが来る。


 だけど、悪いことのあとにはいいことが来るものだ。


 そうだ。僕は地球に帰ったら彼女の夫になるのだ。何を弱気になっているのか。このぐらいのトラブルをさらりと解決できずして、どうして彼女と共にいられようか。着陸した星でプルプル・トランポリン装置を組み立て、何ならバカンスも楽しんで、それから地球へと戻ればいいだけだ。なんとしても地球へと帰ってみせる。僕は固く拳を握りしめた。


「心配ありませんよ。あの星は……」


 彼女を抱き寄せて、僕は行き先をしっかと見据えた。大丈夫、僕には彼女がいる。彼女には僕がいる。それだけでどんな人生の荒波だって乗り越えてゆける。


「少し早めの新婚旅行先です」

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こんにゃくゼリーの恋人 紫水街(旧:水尾) @elbaite

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