3

 彗星のように宇宙を駆ける僕の前に、ひときわ大きな星が現れた。それは常に形を変え、揺らぎ続けていた。半透明のゼリーが宇宙に浮かんでいるようにしか見えなかった。そう、ぷるぷると身を震わすその星こそが、目的地たる惑星プルプルであった。


 僕はまっすぐ惑星プルプルへと突き進んでいった。惑星プルプルのどこにこんにゃく王国があるのかはわからないが、作ったプルプル・トランポリン装置が正しく機能していれば問題なく辿り着けるはずである。


 そして、これは遅まきながら気づいたことなのだが、目的地の入力が極めて不十分であった。広大な国土を持つこんにゃく王国の、具体的にはどこに着陸すればいいのか入力していなかったのだ。プルプル・トランポリン装置はこんにゃく王国という大雑把な指示に対し、極めて合理的に着陸地点を選定した。王国のランドマーク、すなわち王宮である。


 僕はこんにゃく王国最大の建造物、こんにゃく王宮の真上に流星のごとく舞い降りた。しかし着陸地点は屋根の上であり、こんにゃく王国の建物の屋根は当然こんにゃくでできていた。


 とどのつまり、僕はこんにゃくの屋根や床を幾層も突き破りながら真っ逆さまに落ちていったのである。


「さて、此度は我が娘とカスター・ド・プディング王子との婚礼にお集まりいただき」


 ばりばりばり、ぶるるん、ぼよん。


 僕はひっくり返った不恰好な体勢のまま、幾多のこんにゃくの破片を纏って大広間らしき場所に着陸した。そこはたくさんの人で埋め尽くされており、楽団がぷるぷるした音楽を奏で、テーブルの上にはこんにゃく料理とプリンがところ狭しと並んでいた。


「何事じゃっ」


 ちょうど国王のスピーチがおこなわれている最中であり、当然のごとく会場の警備はゼリーのおこぼれにあずかろうとする蟻一匹通さぬほど厳重であった。にもかかわらず天井から蟻よりはるかに大きい人間が落ちてきたので、たちまち大広間は大混乱に陥った。


 僕はなんとか立ち上がり、周囲を眺め回した。舞台の上には、タキシードを着用した若者が立っていた。根元だけが黒髪であとは茶髪である。髪を染めてからしばらく経った女子大生みたいだ。あれがプリン王国の王子に違いない。髪色までプリンだとは。


 そしてその横に、ああ、彼女がいるではないか!


 純白のウェディングドレスに身を包んで悲しそうな顔をしている。落ちてきた僕を見て、自分の目を疑うように口を押さえて立ちすくんでいた。


「曲者だ! 親衛隊、そいつを捕らえろ!」


 たちまちこんにゃくで武装した人々が僕を取り囲んだ。


「落ち着いて話を聞け。いてっ、僕は彼女を、いたた、取り返しに来ただけだ。待て、こんにゃくで殴るな。あいたっ」


 目一杯抵抗したけれど、多勢に無勢だった。僕はたちまち全身を玉こんにゃくで撃たれ、こんにゃく棒で叩きのめされ、糸こんにゃくでぐるぐるに縛り上げられてしまった。


「貴様、何者だ!」


 縛られて地面に転がされた僕の前に国王が立ち、懐から取り出した銃を向けてきた。こんなもの怖くはない。どうせ出てくるのは玉こんにゃくであろう。


「僕が何者かだって? 僕は」「やめてください! 彼は私の……」


 いつの間にか近寄ってきていた彼女が、国王の腕に横から飛びついて銃を奪い取ろうとした。「ええいやめんか」国王は腕をぶんっと振って彼女を投げ飛ばす。


「ああっ」


 床で数回ぼよよんとバウンドし、倒れ伏す彼女。


「なんてことをするんだ! それが親のやることか、この外道め」


 国王は僕の側まで歩いてくると、僕の頭にぶにょんと銃を突きつけた。


「貴様が電話で言っておった恋人だな。ふん、ここまで追いかけてくるとは酔狂な奴よのう」


「酔狂? 恋人を奪われておめおめと引き下がるほうがよほど酔狂だ。そうだろう」


 僕が睨みつけると、国王はにんまりと笑った。


「口だけは一人前か。だが……この特製こんにゃく光線銃によってその身をこんにゃくに変えられても同じことが言えるかな?」


 なんてこった。てっきり玉こんにゃくを発射する程度だと思っていた。そうか、これで撃たれたらこんにゃくになってしまうのか。ああ、食べられるならさっぱりと酢味噌がいいな、あんまり刻まれたくはないしぐつぐつ煮られるのも困るなあ……と僕が食べられ方に想いを馳せていると、


「待ってください!」


 凛とした声が大広間中に響き渡った。


「王子……」


 それは壇の上に立っていたタキシードの若者、彼女と結婚することになっていたプリン王国の王子であった。


「薄々おかしいとは思っていました。初めて王女様とお会いしたとき、ひどく悲しげな顔で、まるでこの婚姻を望んでいないようなご様子でしたから。やはりこの婚礼は、王女様との合意の上ではなかったのですね」


「そ、そんなことは……」


 たじたじとなる国王。


「国王、あなたは『うちの娘があなたを見初め、どうしても結婚したいと言っている』と言っていたではないか。それは嘘だったのだな。答えろ!」


 彼女はこくこくと頷いている。床でバウンドしたとはいえ、床もこんにゃくでできていたから怪我はないようだ。


「いや、その……」


「やはりその通りか。あなたは、すでに恋人がいる娘を政治の道具にしたのだな。父親としても国王としても許されざる行為、なんという極悪非道! 品性下劣な為政者め! 恥を知れ!」


 痛いところを突かれた国王は悔しそうに唇を噛むと、やけになって叫んだ。


「ええいこうなったら……親衛隊! 広間を封鎖せよ! ここにいる者どもを生かして帰すな!」


「なんと、そこまで堕ちたか! 騎士団、人々を守れ!」


 かくしてこんにゃく王国親衛隊とプリン王国騎士団は衝突し、そこらじゅうでこんにゃくの破片とカラメルソースが飛び散り始めた。玉こんにゃくが乱れ飛び、足元にカラメルソースが絡まって倒れる人々が続出した。


「これが本当の絡めるソースってか」


 僕は呆然として呟いた。


 今や大広間は、再び大混乱に陥っていた。この隙に脱出し、彼女の元へ行かねば。僕が糸こんにゃくの束縛から抜け出そうと四苦八苦していると、後ろから誰かが僕の糸こんにゃくをぷつんと切った。


「やや、どなたか存じませんがありがとうございます」


 起き上がって振り返ってみれば、それは目に涙をいっぱいに溜めた彼女であった。


「……どうして来たのです。危うくこんにゃくにされてしまうところだったのですよ。あなたが地球で幸せに過ごしていてくだされば、それだけで私はどのような艱難辛苦にも耐えられたのです。なのに、なのにどうして」


 彼女は僕をぽかぽかと叩いた。


「知れたこと。僕は君と一緒でなければ未来永劫、決して幸せになどなれないのですから」


 彼女が僕に飛びついてきた。僕は全身で彼女を受け止めた。周囲の喧騒が少しずつ遠ざかっていった。いつしか世界には僕と彼女のみが存在していた。彼女はウェディングドレス姿で、僕はスーツ姿である。今こそやるべきことがあるのではないだろうか。僕はスーツに引っかかっていたこんにゃくの切れ端を細く裂き、くるりと巻いて結んだ。こんにゃくの輪っかができた。


「突然ですが、君にお願いがあるのです」


 僕は彼女を床に降ろし、跪いて彼女の目を見つめた。彼女は熱烈に見つめ返してきた。周囲のプリンが放射熱で溶け出し始めた。


「僕と、結婚してくれませんか」


 彼女は頬を染めた。一切迷う素振りを見せず、大きく大きく頷いた。


 僕は彼女の左手を取り、こんにゃくの輪っかを薬指にそっと通した。婚約指輪の代わり、そう、こんにゃく指輪である。


「今は、これが精一杯。僕らの家に帰ってから、結婚式の日取りを決めましょう。そのとき改めて素敵な指輪をお送りします」


 僕たちは固く抱き合った。あちこちでプリン王国のカラメルボムが炸裂し、飛び散った黄色のプリンと茶色の花弁が、僕らの頭上にまるで花吹雪のように降り注いだ。

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