愛の証明 ー吸血鬼と私ー

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愛の証明 ー吸血鬼と私ー

 そのひとと私は、薄暗いバーで出会った。


 琥珀色の照明が灯る店内、濡羽色の巻き毛に目を惹かれた。

 まばたきの合間に見え隠れするのは、黒曜石のような闇色の瞳。

 紅玉色のカクテルに口をつけることもなく、テーブルに肘をついて、どこか遠くを見ている。


 まとうのはジャケットとスラックス、足元はデッキシューズ。まるで男のような出で立ちの女。


 ――いや、違う。細身の男性だ。

 長い睫毛の影が頬に落ちているから、女だと見間違えたのだ。


 ――いや、違う。やはり女性だ。

 スラックスから覗く、くびれた足首は女のもの。


 ――いや、違う。少し角度を変えて見てみれば……。


 そのひとの頭がわずかに動き、視線が私を捉えた。あれだけじろじろと見つめていれば当然か。

 漆黒の目に射抜かれて、私はそのまま硬直した。

 凝視していた私をとがめることもなく、薄いくちびるで笑んで見せる。紅いその色は、ルージュによるものではなく、生来の色彩のようだった。

 口元が蠢き、なにかを言う。

 赤い舌が躍り、白い手が伸ばされ、私を誘う。


 ああ、『運命』がヒトの姿をとって現れた。そのひとこそ、我が魂の半身。

 我らは連理の枝となり絡み合い、比翼の鳥となり天に昇る。


 五度目の情事のとき、そのひとは私の首筋に鋭いものを突き立ててきた。

 痛みはほんの一瞬、あとは全身を駆け巡る快楽となる。

 血を啜られているのだとわかったが、抵抗する気も起きない。

 脳をとろかすような官能に、私はついぞ出したことのない淫らな声で喘いだ。


 かくして、私はその吸血鬼の『とりこ』となった。

 私の家を訪れるそのひとを迎え入れ、激しく求め合いながら血を捧げる。

 血を吸われる前から、私はそのひとを愛していたのだから、状況はなんら変わりない。

 二人の交わりに、吸血という戯れが追加されただけ。


 そのひとも、私を愛してくれている。

 深紅に染まったくちびるで、白磁の牙を見せながら、何度も愛を囁いてくれた。

 人間と違って、心変わりなどしないのだと。

 私たちは、悠久の生を共に生きる伴侶だと。


 ある日、私は激しい不安に襲われた。

 吸血鬼に血を吸われた人間はその虜となる。ならば、私の胸の内にある愛情は、彼らの持つ不可思議の力によって生じた人為的なものではないだろうか、と。

 出会ったときに感じた情熱はとうに消え去り、私が今感じている愛は、捏造されたものではないだろうか。

 私の想いは真実か欺瞞か。もしくはまったく別のものか。どうしても、この気持ちに名前が欲しかった。


 私は、奪われた心を取り戻さねばと思った。

 このままでは私は魂を拘束された奴隷だ。

 愛を見失って彷徨さまよう屍だ。

 私をこんなにも苦悩させるそのひとを、憎まずにはいられなかった。


 だから私は毒を飲むことにした。

 致死量にならぬ微弱な毒。肉体に蓄積し、血液を巡る毒。

 その毒は、私を弱らせると同時にそのひとの命も削る。


 果然かぜん、そのひとは弱り私の前で倒れ伏した。

 私は、そのひとの右目をえぐった。

 私の右目と交換に。

 これが、吸血鬼の支配から逃れるすべだった。肉体の一部を取り込むことが。


 は全て、そのひとの同族からもたらされた情報。骨肉の争いはどこにでもあるものだが、私にはどうでもいいことだった。


 そして本当の自分を取り戻した私は思い知る。

 いかに、そのひとを愛しているのかを。

 この愛は決してまがい物ではないと。

 この気持ちは、出会ったときから幾分も変化することはなかったのだと。


 そのひとは、互いが弱っていることを知っていただろう。それでも私の血を求めた。

 なぜなら、私たちは魂の伴侶だったからだ。

 病めるときも健やかなるときも、添い遂げるべき運命の連れ合いだった。


 私の漆黒の右目には、そのひとが見ている景色が映る。

 そのひとは、今日もベッドに伏せって、白い天井を見つめている。

 私たちは視覚で繋がっている。けれど、もう二度と会うことはないだろう。


 自ら棄てた愛を惜しみ、後悔に身を焼かれながら生きるのが私の贖罪。


<了>



【作者より】

「そのひと」及び「私」の性別はあえて明確にしておりません。読者様方は、どのような性別で想像されたでしょうか。お手間でなければ、教えて頂けると嬉しいです。

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