異世界転生したらチートマックスでハーレム生活(転生したとは言ってない)

瓜生聖(noisy)

異世界転生したらチートマックスでハーレム生活(転生したとは言ってない)

「死にさらせコラァッ」


 白昼の池袋。

 客先からの帰り道に俺は突然、見も知らぬ男に刺された。少し後退し始めた額のその男は、俺の顔も見ずにわき腹に刺した包丁をぐりぐりっと捻った。


「う、くはっ」


 な、なんだこれ。痛い痛い痛い痛い熱い熱い熱い熱い!


 毎日毎日、筋トレがすべてを解決すると信じて鋼のように鍛え上げたシックスパックに包丁が突き刺さっている。


 なにがなんだかわからない。とにかくおかしい。違う。変だろ。でも、痛い。熱い。そして、自分の意識とは無関係に力が抜けていく。


 立っていられなくなって、俺はどさっと前のめりに倒れ込んだ。ごん、と額を打って衝撃が後頭部まで響く。それでも痛みを感じない。


 視界がぼやけるのは眼鏡が飛んだから、だけではないだろう。下半分が暗くなった視野で、俺は気力を絞って犯人の顔を見上げた。


 全然見覚えがなかった。


 誰かも分からないヤツに、なんで刺されたかもわからずに死んでたまるか。俺は死力を振り絞って訊く。


「て……てめぇ、誰だよ……」

「あ、あれ? 坂本じゃ……ない?」


 この期に及んで一番聞きたくなかった答えだった。


「人……違いで刺してんじゃ……ねぇ」


 それが俺の最期の言葉だった。


    *


「そろそろ起きてください」


 鈴のような声が聞こえる。


「ねえ、山田さん。もう意識も戻ってるでしょう? 起きてくださいよ」


 俺が目を開けると、そこにはずいぶんと色っぽい女性がいた。俺は周りを見回してみたけど、その女性以外にはなにもなかった。空も、地面も、上も下も、なにもなかった。


「ここは……?」

「ここは現世と別の世の間、あなたたちの言葉では三途の川とも呼ばれるところです。見ての通り、なにも流れてはいませんけどね」


 三途の川? てことは、やっぱり俺は……。


「お気の毒ですが、亡くなりました。人違いで刺されて」

「なん……だと?」


 享年四十二歳でございます、と女性は合掌した。


「あなたはずっと他人のために頑張ってきましたね。その努力が報われることはなく、誰からも感謝されることもありませんでしたが……あなたのその生きざまをこの私だけは見ていたのですよ。もう私が誰だかお分かりでしょう」


 そう言うと女性はぽてっとした肉厚の唇に人差し指を当てて、ドヤ顔を決めた。なんか微妙にイラっとする。


「あなたたちの言葉では私はこう呼ばれています。が……」

「バニーガール」

「女神ですっ」


 ウサギの耳のついたカチューシャ、付け襟、それにたわわな果実を半分くらい溢れさせたバニースーツで自称女神は吠える。まったくこれだから男は、とぷいっと腕を組んで後ろを向くと、お尻のしっぽがふりふりと揺れた。


「それで、女神とやらが俺になんの用なんだ」


 そうそう、と気を取り直したように自称女神のバニーガールが振り返る。


「もう現世で、報われない努力を続けなくてもいいんですよ。山田さんはこれから異世界で勇者として転生し、世界を救うのです。もちろん、能力は最初っからチートマックスですから、ストレスなくさくさくと進められます。さあ、女神の加護を授けましょう」


 そのバニーガール姿の自称女神はにっこりと微笑んで俺に向かって両手を広げた。


「……っざけんじゃねえ!」


 俺は自称女神の蝶ネクタイを引っ張った。


「わっ、なにするんですか」

「なにが、報われない努力だ! 勝手に人の人生終わらせやがって、俺がいつ自分の人生が嫌だなんて言った!?」

「いや、終わらせたのは私ではなくて」

 

 自称女神は、視線を外して答える。


「おまえじゃないのか?」

「責任分解点の観点から言えば、私じゃないですねー」

「じゃあ、生き返らせることは?」

「無理ですねー」

「どうしても?」

「どうしても。もう荼毘だびに付しちゃってますからねー」


 ちっちっと人差し指を振りながらバニーガールが答える。俺の人生に対してその態度は軽すぎないか?


「でもあんた、俺を異世界に転生させる、って言ってたよな?」

「ええ、そっちは私の力で」


 えへん、とたわわな胸を反らせるバニーガール。


「じゃあなんで、現世に転生させねえんだよ! 俺にはやり残したことがあるんだよ!」

「やり残した……こと?」

「あいつらに、自分が悪かったんだ、と思い知らせるんだ。あいつらが、あいつらがのうのうと生きているこんな世の中のままじゃダメなんだよ!」

「そうは言っても山田さん死んじゃってますからねー。その『あいつら』に謝罪されてもしょうがないんじゃないですかねー」

「謝罪だと?」


 俺の視線を受けてびくっと肩をすくめる女神。


「俺が欲しいのは謝罪じゃない。後悔だ」

「は?」


 女神は眉間に皺を寄せて訊き返す。


「自分がバカだった、取り返しのつかないあんなことをした自分が悪い、誰のせいにもできない、自分だけが悪いんだ、と一生後悔しながら人生を送ってもらいたいんだよ」

「うわー」


 マンドクセ、とつぶやいた女神は俺の視線に気付くとこほん、と咳払いをして表情を作り直した。


「その、復讐はなにも生み出さないと思いますが」

「復讐じゃない! 俺以外にも、今も苦しんでいる人たちがいっぱいいるんだ! それなのに俺だけがチートマックスなスキルで異世界でハーレム転生、俺またなんかやっちゃいました? なんてこと、許されるわけねえだろ!」

「そんなこと言ったってー」


 自称女神は唇を突き出してぶーと文句を言う。めんどくさいヤツに当たった、という感情がもう隠れてない。


「あんたの力でチートマックスなスキルが手に入るんだろ? 俺はそのスキルをこの世界で使いたいんだよ!」

「それはこっちの女神との相談ですねー。あいつ、がちがちの科学脳だからなにかというと『それはどういった理論で実現できますか?』とか言ってくるんですよねー。言ってはみますけど、超人的な能力とか、そういうのは無理だと思いますねー」


 すっかり素の口調が出ている自称女神を前に、俺は考え込んだ。


「じゃあ、世界を裏から操るようなことならどうだ?」

「ラスボスみたいなこと言わないでください。それだと転生にならないじゃないですか」

「かまわない。俺は自分だけが幸せになればいいとか、そんなことに興味はないんだ。むしろ、そういうものをぶっ潰したいんだよ」

「でもですねえ、あっちの女神は」

「じゃあ俺がその女神を説得する。あいつらがのさばっているのも、元はと言えばそいつの法則が不完全だからだ。科学脳が聞いて呆れるぜ」

「法則? なんの法則です?」

「すぐにわかる。ほら行くぞ案内しろ」

「わ、わ、耳引っ張らないでください。行きます、行きますからっ」


 そうして俺は自称女神のバニーガールを従えて、現世の女神に直談判しに行ったのだった。


    *


堅物かたぶつ女のくせにチョロインでしたねー」


 小雨の降る中を漂う俺の隣で、バニーガール女神は楽しそうな表情を浮かべて言う。


「ビジネスの交渉は気合いだ。WinーWinのゴールをしっかり示して誠意を持って臨めば失敗などしない」

「ただ長髪イケメン眼鏡の暑苦しい熱血野郎が好みのタイプだったってだけじゃないですかねー」


 女神の言うことはめているのかけなしているのかよくわからない。俺は駅を見つけると一気に急降下して改札口に入った。


「で、どこに行くんですか? 電車なんか使わなくてもぴゅーっとひとっ飛びですよ?」

「いた」


 俺は通勤客でごった返す駅の構内で、女神と二人でぷかぷかと浮きながら指を差す。

 指の先には三十代後半くらいのスーツ姿の男。


「あれ? 山田さんを刺した人に復讐するんじゃなかったんですね」

「当たり前だ。白昼堂々の犯行だったんだ。犯人はすぐに捕まって裁きを受けるだろ」

「じゃ、あれは誰なんですか?」

「知らん」

「知らんって……」

「見てみろ」


 男は傘の真ん中あたりを持ち、せかせかと歩いている。


「あー危ない傘の持ち方ですねえ」

「俺はなあ、あーゆー他人の迷惑に気付いていない奴らが大っ嫌いなんだぁっ!」

「は、はあ。確かに迷惑な話ですけど、それがどうかしました?」

「まずはヤツにこの世のことわりを教えてやる。あんたにもらったこの力でな」


 そう言って上腕二頭筋を指す俺に、バニーガールははっとした顔をする。


「まさかそういう人を懲らしめるために異世界転生を断った、なんてことはないですよね? ねえ、ちょっと! ちょっと山田さん! どこ行くんですか山田さん!」


 男は傘を手に階段を二段跳びで駆け上がっていく。そこに投げかけられる愛らしい声。


「パパぁっ!」


 小さな男の子がんしょ、んしょ、と階段を上ってきた。男は傘を手に持ったまま振り返ろうとして、そして――。


「わあああああっ」


 男の子の悲鳴が構内に響いた。

 男の傘の先で目を突かれた男の子が宙を舞い、階段の下まで転がり落ちていく。


「ひ、大斗ひろと!? 大斗ぉぉぉっ!」


 血相を変えた男が人波をかき分けるように階段を転げ下りる。

 人混みの中にぱぁっと空間ができた。その中央には小さな体が横たわっている。


「大斗! 大丈夫か、大斗!」

「パパぁ……どこにいるの? 目が見えないよう、痛いよう」

「大斗ぉぉぉぉっ! ごめん、ごめんよ! パパが人がいっぱいいるのにこんな傘の持ち方をしたから、パパのせいで大斗が、大斗の目が……」


 目から血を流してぐったりとする子供を抱き、嗚咽する男。突然、その眼球がくるりと裏返ったかと思うと、男はばったりと倒れた。


    *


「気が付きましたか」


 駅長室で目を覚ました男に駅員が話しかける。


「こ、ここは?」

「突然意識を失って倒れたんですよ」


 男ははっとして駅員につかみかかる。


「大斗は!? 大斗の目は大丈夫なんですか?」

「え、大斗? 誰ですか?」

「僕の息子です! さっき、目を怪我して階段から落ちて……」

「パパぁ」


 そこにとてとてと駆け寄ってくる男の子。


「ひ、大斗……?」

「あなた、起きて大丈夫なの? びっくりしたわよ、突然駅で倒れたって言うから」

「ゆかり……」


 着の身着のままで駆けつけたらしい、スウェット姿の女性が話しかける。


「パパだいじょうぶ?」

「あ、ああ、大斗。ほんとに無事なんだな」

「なんのこと? パパ」

「大斗ぉぉぉぉぉっ」


 男は子供をぎゅっと抱きしめ、号泣した。そしてぷかぷかと浮んでいるバニーガール女神に向かって、祈るように言った。


「神様、やり直すチャンスをくださってありがとうございます。もう、もう二度とあんな傘の持ち方はしません。僕はそれが他の誰かの迷惑になっていること、誰かを怪我させてしまうかもしれないってことを考えすらしていませんでした。僕がバカでした! 今まで、僕の後ろで傘の先を避けていたすべての人たちに謝ります。ごめんなさい、ごめんなさい!」

「ヤツにはおまえが見えているのか?」


 俺は胡乱な右眼でバニーガールに訊く。男の傘の先で潰された左眼からの出血は止まっていない。


「見えてないですけどねー、やっぱ神格ってんですかね、分かる人には雰囲気で分かっちゃうみたいでー」


 やーまいったなー、あっはっはーと照れ笑いをするバニーガール。


「ところで、この怪我はどれくらいで治癒するんだ?」

「あ、しませんよ?」


 女神はけろっと言う。


「なん……だと?」

「言ったじゃないですか、あいつ科学脳だって。どういう理論で治癒するんですか、って訊かれたからもうめんどくさくって『じゃ、いいや』て答えちゃった。てへ」

「……じゃあ、おまえのものぐさのせいで俺の目は一生このままってことか?」

「一生はすでに終わってますけどねー」


 なんだよ、それ。

 バニーガールは「じゃあ、私からささやかなプレゼント」と、人差し指を俺に向けて振った。俺の眼鏡はモノクルに代わり、左目は黒いアイパッチで覆われた。

 ほんとにささやかだった。

 なんだか不思議な力で治療してくれるのかと思った自分の甘さに腹が立った。


「甘いですねー山田さんは」


 むかつくことを言う女神だ。


「分かってるよ」

「だって、山田さんの力を使えば、ほんとにあの男の子供を犠牲にすることもできたんじゃないですか? そんな体張らなくても」

「あの女神に『因果応報の法則が不完全だ』って噛みついた手前、俺自身がその法則を受け入れないわけにはいかないだろ」


 変なとこまじめですよねー、と女神。


「第一、山田さんが欲しいのは謝罪じゃなくて後悔でしたよね? 後悔させるならそのやり方じゃダメじゃないですか?」


 くっ。

 俺が言葉に詰まると、女神はにひひひ、と笑った。くそっ。こいつ、俺がそんなことできないって分かってて言ってやがったのか。


「ほ、ほら、あの歩きスマホ、背負ったリュックを人にぶつけまくっている学生、自動改札の前でPASMOを探してる女、まだまだやることはいっぱいあるんだ。行くぞ」

「私には付き合う義理ないんですけどねー」


 そう言いつつ、バニーガールは俺の後ろを付いてくる。


「転生断られたこと自体初めてですけど、それでやってることが地下鉄のマナー改善運動とはねえ」

「俺にも世界に向けたかくあれかし、という理想があったんだよ」


 バニーガールは大きくはぁーっとため息をついて言った。


「痛切な祈りですねえ」

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