少々時間があきましたが、本物川小説大賞応募作を公開しております。

異世界転生したらチートマックスでハーレム生活(転生したとは言ってない)
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890582503

 本物川小説大賞といえば「ガチ創作勢もプロの商業作家も、小説なんか生まれてこのかた一度も書いたことがないという完全な素人も、小説を得物にウキウキ元気に同じ土俵でうんこを投げ合うKUSO創作スプラトゥーンだよ。」ということで、KUSO小説であるべきらしいのです。

 人に訊く前に過去の受賞作やら、話題作を眺めてみました。

 うーん。分かったような分からないような。

 私は頭がよろしくない、というか柔軟性に欠けているというか、まあ飲み込みはよくないわけです。「お前が決めるんだよ」と言われても、「これが私の考えたKUSO小説です!」と出したものが「小説の形になってない」「曲がりなりにも商業作家がこのクオリティで出してきても困る」とか、酷評されないとも限らない。

 おそらく、「一般受けはしないかもしれないけど、これが私の書きたい小説なんだよ!」というような、一般受けよりも自分の創作欲を昇華させられるもの、なのかなあ、と漠然とは思うわけです。エロマンガ先生でありましたね。主人公のラノベ作家マサムネが、完結した作品で死んだキャラが全員生き返って幸せに暮らすという蛇足な「すっごく面白い駄作」を、ライバルであり、かつ、自分の一番のファンであるムラマサ先輩のために書き下ろすという話。

 「すっごく面白い駄作」ってなんなんでしょうね。エロマンガ先生の場合はラストが台無しになる公式同人誌みたいなところで、でも、その作品世界を十分に理解しているからこそ面白みが分かる、という「射程の短い」作品ではあると思うんですね。しかし、本物川小説大賞では「楽屋落ちは射程が短い」と釘を刺されてもいます。

 で、まあいろいろ悩んだ挙句、「じゃあ私が書きたい小説ってなんだ?」と立ち返ってみたわけです。単純に私の場合は「書きたい小説」って「読みたい小説」なんですけどね。

 最近のラノベの傾向として話されがちなことですが、異世界転生が流行るのは今の環境から逃げ出して、努力も(ほとんど)なしで「さすおに! さすおに!」と滅茶苦茶承認欲求満たされる気持ちよさを味わいたいから、なんて言われたりもします。じゃあ、私自身が気持ちよさを味わえる小説、それってなんだろう、と考えてみると、やはり日頃のストレスが解消される小説になるのではないかと。

 日頃のストレスといえば私の場合、地下鉄のマナーです。特に、自分が迷惑をかけていることに気づいていない人に迷惑をかけられるのが嫌です。折り返し電車をそのまま利用するのは遠慮してくれ、とアナウンスされているのに「折り返し電車を利用するなんて、あたしってあったまいー」なんて居座ってるヤツとか、自動改札でさっとカードを取らずに、押し当てたままでずっと先に進んでからようやく取るヤツ(後続の人がカードを当てられずにブロックされてしまう)、傘の真ん中を持って腕を振って歩くヤツ……あーもーあいつら自分のやってることを注意されても「なんか変なこと言ってくるヤツがいてさー、ちょーむかつく」とか思うんだろうなー、鈍感なヤツは無敵だよなーとストレスたまるんですよ。

 だから、自分で反省してやめてもらいたい。そうだ、私が望んでいるのはそういう展開だったのだ。

 ――というわけで「マナー違反のヤツが改心する話」を書き始めたんですけどね。

 「クロエの流儀」では電車の中で電話をしているおっさんに、

「だまれ。通話がうるさい訳ではないが、許されてるつもりのキサマがムカツク。あと混んだ車内で足組むな。ジャマだ。明日から玄関出る時に、まず脳ミソのマナーモードをオンにしておけ。フトドキモノ」

と、フランス人女子高生のクロエがばっさり切り捨てる。「よくぞ言ってくれた」という快感があるわけですけどね、そこはやはりフランス人女子高生(美人・武士口調)というキャラクタの有無を言わせぬ圧があってのこと。相手は呑まれて言い返せないから成り立つ話なわけです。

 なので、これと同じ展開は避けるとして、じゃあもう少し突き詰めていくとヤツら別に改心しなくてもいいかな、とかも思うんですね。ほら、昔話の悪役って改心しないじゃないですか。最近の改変によって改心する悪役もちらほら見られるようになって、「それってどうよ」くらいにまで言われてるんだから、マナー違反のヤツが改心もせずにそのマナー違反でものすごい後悔をする話ならすっきりするんじゃないか、と。

 でも、結局のところ私はそっちに振り切れなかったんですよねえ。本物川小説大賞に応募するKUSO小説としてはマナー違反は一生を後悔するトラウマを植え付けられる方が、おそらく評価される。分かってはいたんだけれど、そこは踏み込めなかったなあ、と。

 本物川小説大賞は三人の闇の評議員による講評が全作品につく、ということなのでそちらを楽しみにはしてますが、飲みやすいけど薄味でさらっとしてるという感じの講評になるんじゃないのかなあ、と予想してます。

 ああ、あと、今回「連載前のプロトタイプとなる読み切り」をちょっと意識しました。別に連載に作り直す予定はないんですが、もしかしたらストレス発散に書くかもしれません。