異世界に行けるようになったのに、映画部仲間はロケ地にしか見ていない

六畳のえる

異世界に行けるようになったのに、映画部仲間はロケ地にしか見ていない

 1


「おいおい、これって……マジか! マジなのか!」


 映画制作部の部室、素っ頓狂な声をあげる。


「しゃっ! なんか分からないけど、しゃっ! 俺! 俺の時代!」


 残暑の厳しい9月の放課後。高校1生にもなってこんな意味不明な奇声を発していたら、暑さでどうにかなったに違いないと思われるだろうが、幸いまだ部室には誰も来ていなかった。


 来ました、遂に来ましたよ! この長谷はせ圭司けいじにも幸運が巡り巡ってやってきましたよ!


「見間違いじゃないよな……」



 クラス教室の半分くらいの大きさの部室、その角にある、掃除用具入れの縦長ロッカーをもう一度開ける。


「……異世界、だ……」


 人が1人入れるくらいの大きさの箱、その奥に、緑が広がっている。


 おそるおそる、片足を踏み入れてみる。足に土の感触。


 思い切って、体ごと入ってみる。立てる、歩ける、息が吸える。後ろにロッカーを残して、見当たす限りの草原と川。

 不思議そうにこちらを見ながら目の前を歩いているのは、間違いなくエルフと呼ばれる種族。


 興奮を抑えられないまま、足早にロッカーを潜り、部室に戻ってきた。


「……異世界、だ……っ!」


 ちょっと床にゴミが落ちてたので、箒をちりとりを出そうとした俺の善意と徳に神様がご褒美をくれたのだろう。


 ロッカーの扉を開けると、そこにはラノベやアニメで何度も見た、「異世界」が広がっていた。



「すごい! すごい! 能力者だ!」


 はしゃぎ回って喜びを表現するには、部室は少し手狭。スキップと前屈・後屈を繰り返す変な踊りをしながら、インディアンよろしくアワワワワワと叫んでみる。両隣に部室がなくて良かった、完全に職員室案件だった。


 特段頭が良いわけでも野球や吹奏楽が強いわけでもない、ごく普通の和武わぶ高の俺が、異世界に行けるようになった。俺はこの学校一、いや、この国一の幸せものかもしれない。


 ああ、誰に自慢しようかなあ! まずは何といっても部員のみんなだよな! その目で見せられるもんな!



 え、でも待って。ひょっとして、ひょっとしてですよ。俺が能力者になったんじゃなくて、このロッカーに魔法がかかってるんだとしたらどうしよう。そしたら開けた人みんな異世界行けちゃうじゃん。えええ、それはやめてほしい。どうか俺だけの! 俺だけの異世界でいてくれ!


「そうだそうだ、俺だけのものだ!」

「どうしたんだ、長谷野?」

「びゃおっ!」


 突然の来訪者に獣のような叫びをあげて振り向く。


「あ、真人まひとさん」


 2年生のはす真人まひとさん。映画制作部の部長で、主に監督と演出を務めている。


「脚本、そんな台詞あったっけ?」

「いえ、ちょっと好きなドラマのシーンを再現してまして……えへへ」


 あぶねえ、誤魔化せた。まあ結果的におかしいヤツに変わりはないけど。



 俺より少し低い170センチくらいだけど、髪がぼさぼさなので同じくらいの高さに見える。

 眼鏡外して髪整えたらカッコよくなるはずだけど、とにかく映画への情熱が暑苦しいので面倒くさいイケメンになりそう。



「あの、部長、お願いがございまして」

「なんだよ、急に部長呼ばわりして」

「このロッカーを開けてみてください」

「これ?」


 そう言って真人さんが掃除用具入れを開ける。


「開けたぞ。で?」

「よし! 箒とかモップだけですよね! 他に何もないですよね! よし!」

「どうしたんだよお前……」


 ガッツポーズする俺を、怪訝を通り越して哀れな目で見る真人さん。そりゃそうだよね、ロッカー開けたら秒でガッツポーズしてるんだから。

 まあいいや、早速自慢しよう!


「見ててくださいね、俺が開けると、ほら!」

 扉を開け直す。そこには、さっき見たのと同じ、草原が広がっていた。


「…………え?」

「ほら、一緒に行きましょう!」


 2人で草原へ出る。現実離れした景色の中、遠くでエルフのグループが走り回っていた。


「どうです、真人さん! 俺、異世界に行けるようになったんですよ!」


 さあ、褒めてください! なんならちょっと嫉妬してください!


「長谷野、お前……やったな! これはすごいぞ!」

「はい、やりました!」

「これで異世界モノの映画が撮れる!」

「…………はい?」

 あれ……あの……そういうことじゃないんですけど……?





 2


「いや、待ってください、真人まひとさん。映画より先にもっと何かあるでしょ?」

「ない。僕の人生には2つのことしかない。映画に関わるか、関わらないか」

「そんな人生あります?」

 大半が後者で終わりそうなんですけど。


「いいか、長谷野。この部は僕が立ち上げてまだ創部2年目、今年ようやくお前達が入ってきて部活承認の下限ギリギリ4人在籍になった弱小部だ。圭司にも役者と編集を兼ねてもらってるような状況だからな、もっと人を集めないといけない」

「はい」


「幸い、部員はみんな映画の撮影に多大な情熱を燃やしている。まあ長谷野はもう一歩という感じだが……で、この状況で部員を集めるために映画コンテストで賞を獲って箔をつけようとした。いいな?」

「はい」


「そこで異世界だ」

「はい?」

 繋がってない気がします。


「来週から撮ろうとしてた脚本は、正直予算や人員を気にしてコンパクトな作品にした。でも異世界がロケ地になればどうだ! 世界最高のCG技術でも表現できない本物の異世界! 最高の映像が簡単に撮れる! 賞も撮れる!」

「いや、ですから、その、もっと異世界ってものに興奮して頂けないかと——」

「来た! これは来た! 神様が我々にロケ地を最高の与えたもうた!」

 ダメだこの人……分かってくれる気配がない……



「やっほー。2人ともどうしたの?」

「あ、つばめさん! 大発見なんです!」

「そうだ。素晴らしいニュースだぞ、天堂」


 気になる気になる、と笑いながら、天堂てんどうつばめさんが机にスクール鞄をどさっと置いた。



 真人さんと同じ2年生で、脚本と役者を担当。女子にしては割と高めの身長に、キレイにカールした黒髪ロング。人当たりもよくて話しやすい、美人で素敵な先輩。


「ほら、見てください!」


 ロッカーの扉を開ける。箒やモップの奥に、さっきと同じように異世界が見えた。


「えええっ、何これ!」

「一緒に来てください、向こうに行けるんですよ、ほら!」

「僕も行くぞ!」


 3人でロッカーの奥に足を踏み入れる。何度来ても興奮できる、ファンタジーな世界。


「つばめさん、どうですかこれ! ワクワクしません?」

「うん、すごいね圭司君! ワクワクが止まらないよ! 脚本リライトしないと!」

「そっち!」

 ねえ、見てよ! 空によく分からない生き物飛んでるじゃん!


「お前なら分かってくれると思ってたよ、天堂」

「当たり前よ、真人! これはすごい作品になるわ!」

「これは賞を狙えるぞ……学生映画界に激震が走る……」


 真人さんとハイタッチするつばめさん。おかしい、俺の承認欲求が全然満たされない。


「遅くなりました! あれ、皆さーん?」


 こちらから見たロッカーの向こう、つまり部室側から甲高い声がする。カメラマンを担当している、最後の部員、あまくさ菜子なこだ。


「おーい、菜子ちゃん、こっちこっち!」

「……わっ! つばめちゃん! どしたの!」



 眼球が取れそうなくらい目を丸くしながら、ロッカーの中に入ってこっちにやってきた。茶髪のミディアムヘアで、おでこがバッチリ見えるのが結構可愛い。

 つばめさんとは幼馴染らしいけど、つばめさんの方が背が高くて面倒見が良いこともあって、姉妹みたいな感じ。



「どうだ、菜子。これは俺の力で——」

「異世界じゃん! アタシこれ撮りたい!」

「せめて最後まで自慢させてくれ!」


 ええええ……なんかもっと驚きとかさ……「不思議な世界に迷い込んじゃったみたい、るるるんっ」とかさ……そういうのないの……みんな映画への情熱がすごすぎる……。


「ねっ、菜子ちゃん、すごいでしょ? 私、超特急で脚本直すよ」

「頼むぞ、天堂。このロケ地が使えれば賞は頂いたようなもんだ。天草も、しっかりとカメラの準備をしておいてくれ」

「合点です、真人部長! これは撮り甲斐ありますからね、三脚とかも高いの買っちゃおうかな!」


「ちょっとストップ、ストップ!」

 勝手に盛り上がっている3人を、両手をバサバサして制す。


「いいですか、異世界ですよ、異世界! 俺は、異世界へ行けるようになったんですよ! どう思いますか? いわゆる『異能』ですよねこれ! そうだろ、菜子?」

「うん、圭ちゃんのは間違いなく異能だね。ロケハンの能力」

「ロケハンじゃねえよ!」

 異世界とロケ地と同義語にするなよ!


「真人さん、絶対この能力のことは内緒ですよ? バレたら国に消されるかもしれません」

「言うわけないだろ、長谷野。他の人にこの能力がバレたら、みんなここで撮影したがるに決まってる」

「そういうことではなくて! もっと大きな話で!」

 国の諜報機関とかさ! 監禁調査とかさ!


「つばめさん、俺のことすごいとか、逆に怖いとかないんですか?」

「…………あ、ごめん。脚本のこと考えてた。どしたの、圭司君?」

「もういいです……」

 なんだろう、もっとヒーローになれるとおもってたんだけどな……。


「よし、もともと短編部門だからリライトもそこまで負荷はないはずだ。脚本仕上がったら天堂と僕で絵コンテを作り始める。天堂、アイディアに困ったら連絡してくれ。天草は絵コンテを見ながら画角考えておいてくれ」

 つばめさんと菜子、2人でほぼ同時に頷く。


「長谷野は今日からこの辺りを歩いて写真撮ってくれ。場所のイメージ掴めると、絵コンテもスムーズに描けると思う。みんな、賞に向けて全力で行くぞ!」

「おーっ!」


 こうして、俺の能力も功績もいまいちうやむやにされたまま、映画制作が始まった。




 ***




「はい、それじゃカット10、いきまーす! 4、3……」

 2から先は指で示し、真人さんが「アクション!」と言わんばかりに手を振る。


「うっわ、やばい、完全に遅刻じゃん!」

 つばめさんが叫びながら、ドアの前でドタドタと足踏みをする。


「あ、香りそうだ! これ食べてく! 行ってきます!」

 机に置いてあった見たことのない黄色っぽい草をあむっと口に咥え、家を飛び出した。


「はい、カット! オッケーです。つばめ、いい感じだな」

「ありがとう。いつもと舞台違うからちょっと緊張するわね。あ、アニラさん、使わせて頂いてありがとうございました」

「いえいえ。面白いことやってるのね。何かあったらまたいつでもおばさんの家使って!」

 4人全員で、家を貸してくれたこっちの世界の住人である人間、アニラさんにお礼を言った。



 部長やつばめさん達が熱量を維持したまま、あっという間に脚本や絵コンテができあがり、気付けばすぐにクランクイン。


 俺の異能のおかげで異世界の人間とも言葉が通じることが分かったのは、ロケハンのとても大きい収穫だった。真人さんに話したら「撮影の協力要請もしやすいじゃん!」って言われたけど、別に撮影のために言語変換されてるわけじゃないから。


 そして、この異世界では人間と魔族が共存してるらしい。つまり、エルフやドワーフも、住んでる人達とは友好的らしい。つばめさんに話したら「エキストラ使い放題じゃん!」って言われたけど、別にエキストラのために友好になってるわけじゃないから。



「あの、ところで、真人さん」

「おう、どうした、長谷野」


 この空間で撮影できることが楽しくて仕方ないと言わんばかりに、笑みを浮かべている部長。


「さっきの葉っぱ咥える描写、やっぱり変じゃないですか?」

「ヒロインが寝坊したらああやって登校するって相場は決まってるだろ」

 そりゃ現実世界ではね。


「でも食べ物っぽくないから、作品観た人からするとよく分からないんじゃ……」

「大丈夫だよ。このあと長谷野と曲がり角でぶつかるカットあるだろ? そこでお前が『ってーな、異世界だからってよそ見して歩くなよ』ってかますところで、これが現代ラブコメのパロディーだと分かるはずだ」

「どういう作品なの」

 方向性が全然見えない!



「よし、次のカットいくよ。ここは、と……長谷野の友達が必要だよな……長谷野、手の空いてるエルフとか見つけてこれるか?」

「なんでそんな普通のテンションで頼めるんですか」

 エルフって存在自体にテンション上がったりしないんですか。


「ちょっと交渉してみますけど……」


 近くを歩いていたエルフのグループに声をかける。

 耳が長く、背は低く、サラサラの銀髪で見目麗しい、何度も2次元で見てきた姿そのまま。


「あの……」

「わっ、何! 変な格好! 君、異世界から来たの?」

「あ、うん、そうなんだけど……」

 答えてくれたエルフが、他の2匹の方を向く。


「ほら、見た目は人間だけど服装が全然違うだろ? これは異世界の人間なんだよ」

「ええええええ! いいなぁ! 異世界から来たの! すごい! いいないいな!」

「どうやってきたの! カッコいい! 異世界から異能で来たんでしょ? カッコいい!」


 これ! このリアクション! これを待ってたんですよ俺は! 現実世界で! 映画制作部で!


「あの、俺は圭司っていうんだけど、映画……んっと、みんながどんな話してるのか知りたくてさ。ちょっと俺が混ざるから、友達のつもりで普段の会話してくれない?」

「うん、いいよ!」

 こうして俺が混ざり、いそいそと撮影準備が始まる。


「真人部長、カメラオッケーです」

「はい、それじゃカット28だね。ここから33まで続けて撮れそうだ」


 パラパラと絵コンテを捲る真人さん。今回の映画は208カット。天候や撮影場所を考えて、順番ではなくバラバラに撮っていく。


「じゃあ、本番いきまーす! 4、3……」

 真人さんとほぼ同時に俺もエルフ達に合図し、歩きながらの会話が始まった。


「ねえ、ケイジ。昨日のクルッヒャー面白かったよね」

「ク……ル……?」

「そうそう、あのリテロンがジャビーしたところとか、最高だった!」

「僕はチャイールの方が良いと思ってたんだけどなあ」


 すごい、何言ってるか全然分からない。解体新書の翻訳とかこんな感じだったんだろうな。


「カット! 長谷野、もっと話合わせにいってくれ」

「どうやって!」

 ほぼ暗号ですよこれ!


「あのさ、みんな、クルッヒャーって何だか、俺にも教えてもらえる?」

「ああ、異世界にはないのか。シュネリをエイレンするヤツだよ」

「新たな謎が!」

 撮影、無事に終わるのか心配になってきました。





 3


「よし、ここから後半の話を撮っていくんだけど……なんか弱いよな……」


 あれから2回の土日を挟み、予定ではクランクアップの日。真人さんが腕を組んで唸っている。


「分かる。ちょっと私も思ってたの。このまま私と圭司君がくっつくだけだと、一本調子なのよね」

 つばめさんも右おでこの髪を掻きながら小さく首を捻っていた。


「菜子ちゃん、なんか良いアイディアある?」

 耳をあたりの茶髪をくるくるとりながらが、菜子が斜め上を向いて考え込む。


「ううん……やっぱり圭ちゃんのロケハンスキルでここに来てるんだから、それを100%活用したいですよね」

「勝手にスキル名をつけるな」

 そしてロケハンに特化させるな。


「異世界……ってことはバトル、かなあ?」

 落ち着け菜子。ここまでラブコメなんだぞ。


「圭ちゃん、どうかな」

「あのな、菜子。ジャンルを変えてどうすんだよ。ねえ、真人さん」

「甘草、ナイスアイディアだ! よし、バトルでいこう」

 ええええええええ!


「いいよな、天堂」

「かなり良いアイディアだと思う。なんで気付かなかったのかしら」

 いやいやいやいやいやいや!


「本気ですか真人さん! ラブコメにバトルって!」

「もともとラブコメは恋のバトルだろ。つまり親和性はそれなりにある」

「どんな理屈なんですか」

 似て非なるものだと思いますけど。


「じゃあ、脚本ペンで直接直しちゃうわね。告白の前にしれっとバトル入れてみるわ」

「しれっと入る内容じゃない気がする!」

 異物感が尋常じゃない。


「じゃあ圭ちゃん、とりあえず魔王が必要ね」

「そんなレシピ確認するみたいなノリで言うなよ」

 そんなまろやかな単語じゃないよ。


「じゃあ手直しして後半シーン撮っていくぞ!」

「おーっ!」

 菜子の提案と真人さんの熱量に引っ張られ、映画は完全におかしな方向に舵を切った。




 ***




「出来た!」

 つばめさんが満足気な表情で脚本をペンでパシパシと叩く。カールした黒髪も喜ぶようにフワリと揺れた。


「ヒロインのことを密かに好きだったエルフの正体が実は魔王で、主人公が最後に戦うって流れにしたわ」

「もう大丈夫ですか色々」

 テーマに「等身大の恋愛」ってあったはずですけど。


「ナイスだ天堂。あとは魔王役だな。ここに住んでる魔族を起用しないと……」

「そうね……うん? ねえ、圭司君、あれってエルフ?」

「んん……多分そうだと思いますけど……」


 彼女が指差した先には、色白のエルフとは全く正反対の、真っ黒のエルフがいた。

 他の魔族かと思ったけど、金色でサラサラの髪や顔立ちなどはエルフに間違いない。体格も通常のエルフの1.5倍以上あり、俺達よりも大きい。


「なあなあ、ザイルク」

「お、どした、ケイジ? また何か喋ったりしようか?」


 俺は楽しそうに撮影を見ているエルフのザイルクに声をかけた。一番初めに話しかけたエルフグループの1人で、撮影にも何カットも出てもらっている。


「アレもエルフか?」

「ああ、うん。ブラックエルフだよ。僕達と血の系統が違うんだ。デカいし色もあんな感じだけど、みんな良いヤツだよ。アイツの名前は……ロジャとか言ったっけ」


 それを聞いていた菜子が、「おっ!」と小さく漏らし、ちょっと気取った顔でパチンと指を鳴らす。


「アタシ、名案浮かんじゃいました! えっとですね……」


 その案を聞き、かなり苦み成分の強い苦笑いを浮かべる俺、目を輝かせる真人さんとつばめさん。

 本当に良いんですね? その感じでやるんですね……?



「はい、じゃあカット167、いきまーす! 4、3……」

 途中から声を出さずに指だけ折り曲げる真人監督。0の代わりに、サッと手を振る。


 つばめさんを後ろに立たせた俺の向かいで、役者をお願いしたザイルクが体を震わせている。


「俺も……俺もツバメのことが好きだったんだよ、ケイジ!」


 ザイルク、演技上手いな。あと、「台詞ミスることが減るから」って理由で役名を本名と一緒にしたの、やっぱりなんか違うと思うんだよな。


「お前……も……なのか……」

「だから俺は! ここでお前を倒す! つばめと一緒になるのは、この俺だ! 見せてやるぞ、俺の真の力!」

「はい、入れ替わって!」


 カメラマンの菜子の合図でザイルクが引っ込み、画面の外にいたブラックエルフのロジャがフレームインする。ここの切り替えは後から編集でどうにかする前提。


 ううん、菜子のアイディア聞いた時点でおかしいと思ってたんだけどさ……いざ演じてみるとストーリーのぶっ飛び感が恐ろしいな……いや、演じるけどね……。


「ザイルク……お前が、魔王だったのか!」

「ふはははははは! かかってこい、ケイジ!」

「はいカット! いいね!」

 オッケーが出て、いよいよバトルシーン。


「えっと、つばめさん、剣があれば剣で戦うってことになってましたけど……」

「あ、そうそう、それなんだけどね、圭司君。やっぱり剣とか売ってなくて、鍛冶屋もすぐには準備できないみたい。平和な国なのね」


「え、でも肉弾戦とか余計できないですけど……」

 俺の言葉を聞いて、真人さんが溜息をつきながら首を大きく左右に振る。


「そこを何とかするのがプロだろ、そんなんじゃ食べていけないぞ」

「なんで食べていく前提なんですか」

 俺、この部活には編集希望で入ったんですけど。


「まあでも確かに、下手な人がパンチやキックを繰り出しても、ちゃっちくなるな。バックの風景がすごいから余計に」

「菜子ちゃん、どう思う?」

「そうだなあ……」

 頼むぞ菜子、アイディアマンのお前の才能が活きるときだ。


「武器がダメ、徒手空拳もダメだというと……残ってるのは対話でしょうね」

「対話」

 思わず復唱しちゃったよ。何だよ主人公と魔王で対話って。


「まあ甘草の言う通りだよな。対話しかない」

「そうね、対話の中で、つばめは主人公と結ばれるのが一番幸せだって結論を導いて、魔王を納得させる流れにしましょう」

「その流れ要ります?」

 もっと言えば魔王要ります? というかバトル要ります?


「良いのよ、楽しければ!」

「そうだよ圭ちゃん、こういうのは勢いが大事!」

 うん、まあそりゃ楽しいんだけどさ。


「そうそう! この異世界の背景さえあれば受賞はもらったようなものだからな! つばめ、脚本手直し頼んだ!」

「任せて! 菜子ちゃん、対話が映えそうなカメラアングル考えといて!」

「オッケー、つばめちゃん! ロジャ、こっち来て座って! ザイルク、これ押さえるの手伝って!」

「はーい!」


 こうして、俺達の異世界バトル(対話)ラブコメファンタジーは、臨機応変すぎる対応とツッコミを繰り返しながら、なんとかクランクアップしたのだった。




 ***




「あー、くそう! 悔しい! 異世界に行ってまで受賞逃すなんて!」


 コンテストの結果発表が行われたコンベンションセンターを、受賞作上映の前に出てきた俺達4人。先頭の真人さんが、駅のホームでダンッと地団駄を踏んだ。


「あ、真人、メールでジャッジペーパー来てるわよ」

 つばめさんがベンチに座ってスマホをスクロールする。


「えっと……『CG技術で再現された異世界は非常にクオリティーが高く、応募全作品の中でもトップクラスだった。特にエルフの質感は素晴らしく、本当に生きているようだった』」

「そりゃそうだろ! 誠心誠意、真っ向勝負で撮影したからな!」

「思いっきりチートですけどね」

 CGってことにしてるけどさ。


「続きがあるわ。『一方、現代ラブコメのパロディというストーリーはテンションだけで書いた感があり、特に最後のバトル、というか対話は正直蛇足に近い。まるで、異世界を表現できるようになったので、急遽そういう方向性に変えたような印象がある』」

「ぬああああ! 審査員め、知りもせずに勝手なことを!」

 いや、この審査員の方めちゃくちゃ鋭いですけど。


「で、最後。『しかし、とても楽しんで撮っていることは、見ている方にも伝わってきた。高校生らしい勢いが満点の、瑞々しい作品だったと思う』」

「ふふっ、勢いだけなら誰にも負けませんよね、きっと」


 菜子が口に手を当てて破顔する。真人さんも、つばめさんも、俺も、つられるように口元を緩めた。


 まあ、うん、結局俺の能力はロケにしか使われなかったけど、今回はそれでいいか。



「よし、しばらくコンテストもないから、思いつくまま短編でも撮ってみるか」


 部室に戻ってきて開口一番、真人さんが提案する。賛成、と菜子が元気に手を挙げた。


「いいわね、真人。次は何撮る? ホラーとか? あるいはミステリー?」

「お、短編ミステリーいいね! 早速アイディア練ろう」

 もう始動するのか、と驚いてると、真人さんが俺に顔を向ける。


「ミステリーはトリックを大事にしたいからな。現地行って膨らませよう。ほら、長谷野、掃除用具のロッカー開けてくれ」

「……へ? 異世界で撮るんですか?」

「当たり前だろ、いつお前の能力が無くなるか分からないし。それに」


「それに?」

「あいつらも楽しそうだったからな」


 つばめさんと菜子が頷く。



 ああ、そういうことか。それなら、一緒にまたやってみようか。



「じゃあ行きますよ!」


 ロッカーの扉を開ける。その奥の草原から「あ、ケイジ! また何かやるの! 混ぜて混ぜて!」ととびっきり明るい声が聞こえた。

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異世界に行けるようになったのに、映画部仲間はロケ地にしか見ていない 六畳のえる @rokujo_noel

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