或る転生者の告白

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聞いてください

 お願いです。どうか少しばかり聞いてください。私の告白に耳を傾けてください。お願いします。


 私は異世界転生者です。この世ならざる場所からやって来た者です。この世界に生を受けて、かれこれ一万と二千年ほどになります。正確なことはわかりません。私が暦という発明を誰かにお教えするまで、誰もそんなことを気にしてはいませんでした。


 初めのうち、世界は無限に広がっているように見えました。すべては手つかずのままでした。他ならぬ私の手で、世界はいくらでもより良くしていけるようでした。


 私には元々いた世界があります。そこについて説明するのは容易いことではありません。ただ、私にとって良い世界ではありませんでした。そこにいる間ずっと、私は異なる人生に思いを馳せるばかりでしたから。


 元の世界にいた時に覚えた知識を、私は惜しみなくこの世界の皆さんに与えてきたつもりです。


 最初は簡単な道具から、徐々に複雑なテクノロジーへ。急いだこともありましたが、大抵うまくいきませんでした。ある砂漠の中のオアシスの街で、電池を作って見せたことがありました。青銅器時代の初歩的な化学の概念すら芽生えていない人々には、いくら説明しても魔法としか思われませんでした。それから千五百年以上も経ってから、私はやっと何名かの錬金術師や発明家を相手に、科学的な説明をして納得させてあげることができました。


 歯痒い思いをすることが、何度もありました。私の頭の中には知識があっても、それを広めるには常に壁が立ちはだかります。祈祷書とハーブを手に治療を試みる人に、細菌の存在や公衆衛生の概念を伝えるのはあまりに困難でした。生まれながらの貴族と農奴に、人間はみな同じだと説くのは、ほとんど徒労に終わりました。賛同を示してくれたごく少数の方は、まもなく武器を取って平等を求め争いの火種を撒いていき、最後は処刑台で力尽きていきました。


 果てしなく長きに渡り多くの血が流れるのを目の当たりにするたび、私は更なる努力の必要を感じました。食糧生産・エネルギー供給・移動手段・医療・その他人間を生きやすく技術は何でも、私は世界を影から世話し続けてきたのです。


 皆さんがより洗練された衣服や建築に囲まれ、清潔で健康に長生きするようになっていくのを、私は誇らしく感じていました。




 違和感をいつ感じ始めたかは、今となってはもう定かではありません。もしかしたら、それは最初から有ったような気もするのです。狩りと木の実拾いだけで暮らしていた彼らに、種を播き畑を耕すことを教えてしばらく経ったある日のことです。定住することを覚えた彼らは、以前より安定してこそいましたが快適そうではありませんでした。鋤や鍬を振るう中で、腰や体の節々を痛めていくのが分かりました。摂取する穀物の偏りや、天候不順との戦い、定住先の人口過密が、どこか彼らを生きづらそうにしていました。


 それでも未来の果てにはすべてが良くなるはずだと、信じていました。その後の何千年かで、違和感は不安に、不安は失望に変わっていきました。今、失望は確信に変わりつつあります。




 これを読んでいる方にお聞きします。あなたは、この史上最良のはずの世界に満足していますか。一度でも、ここではないどこかへ、異なる世界へ移ってみたいと思ったことはありませんか。死にたいとも消えたいとも感じたことはないですか。


 私は、憎んですらいたあの元の世界の苦痛と絶望とを、この世界で再現させてしまったのです。


 元の世界の知識は、もう全てこの世界に実現させました。私にはもう、この世界をより良くする方法が分からないのです。私には、この失敗を取り消す方法すら分かりません。平和はあっても平穏は無く、安定はしていても安寧は無い。この世界は、人工の袋小路にあるのです。


 私は、償わなければいけません。あなた方一人ひとりの痛みを。この世界の苦しみを。


 私は、失敗した世界を止める責任があります。私は、世界を元に戻すための試みを始めます。


 もしこれを読んでいる貴方が、今生きているこの命を少しでも厭わっているのなら、どうか少しだけ待っていてください。


 私は、どんな犠牲を払っても、この世界を、破壊して見せます。

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