最終話【携行型監視カメラ】

「この度十一郎が退学となった」担任が告げた。

 あの日以来十一郎の姿を校内で見なくなったため誰もが薄々と〝そうなんじゃないか〟とは感じていた。それが正式に一般生徒に通告された。

「退学は誠に残念だ」再び担任が口を開いた。

 本当に残念がっているのかそれともさほどでもないのか、どちらともとれる奇妙なトーンだった。

「だが先生は君たちに感謝している」担任はなぜだか感謝のことばを述べた。担任の不可思議な独演はなおも続いていく。

「校内に監視カメラなど付けられない。それが絶対の建前だ」


「——しかし、その代わりは既に君たちそれぞれの手の中にある。そう、スマホだ」


「——これで撮った動画をSNSを通じネット上にupすることでもう証拠が握りつぶされることもない」


 担任はここで間を取った。


「——とは言え懸念もある」


「——ひとつはいわゆる『プライバシーの権利』。動画upについてこれを持ち出されることがある」


「——しかし、だ。イジメ問題という人の命が懸かっているような場合にはどちらが重い価値観かは言わずもがな。人の命を守ること、これは究極の人権です。これに比べればプライバシーの権利など当然軽い。いろいろ言う者は確かにいる。しかし惑わされ間違った判断をしないで欲しい。これまでそうした〝躊躇〟がどれほど取り返しのつかない結果を生んできたことか。人を躊躇させるためのもっともらしい理屈に左右されることなく、今回のように正しい価値観の方を選んで欲しい」


 担任がくるりと教室中を見廻した。


「——今ひとつの懸念はいわゆる〝ヤラセ動画〟で他者を陥れようとする者が出るかもしれないということ。非常に残念だが人間にはそういうこともあり得る」


「——そんな時はその悪い企みの打ち合わせの段階から動画を撮影しておいてもらいたい。動画撮影は撮る人と撮られる人、複数人がいないと成り立たない。皆も『』という緊張感を常に持ち己の行動を律してもらいたい」


「——学校としてはがあれば何ごとも非常にスムーズに対応できる」


 担任は教卓の上に両手をつきいよいよ前のめりになる。


「——いろいろ注意はしたが今回の一件、君たちは正しいことをした」


 教室の中はなおシンと静まりかえっている。


「——君たち生徒各人が手にしているパーソナルな監視カメラで監視し合い、生徒たちの自治によって校内の治安を守る。本当に素晴らしい。君たちは誇りの生徒たちです」


                                                      (『恐怖はSNSからはじまった』了)

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恐怖はSNSからはじまった(敢えてそのまんまのタイトルで勝負!) 齋藤 龍彦 @TTT-SSS

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