滅びの唄

賢者テラ

短編

【注意】

 この作品は性描写に力点を置くような小説ではないので、R18ではなくR15とします。ただし、裏風俗の残酷な世界の様子を描写しているため、読む際は十分注意してください。


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 それじゃあ今日は、あんたにひとつ面白い話をしてやろうかねぇ。

 あ。言っとくとね、あんたがた人間にとって面白いかどうかは保証しないよ?

 そんなこと、知っちゃこっちゃないからねぇ。

 私らにとっちゃ、傑作なハナシなんだけどねぇ。

 ヘヘヘヘヘ……



 あろところに、亮太という子がおった。

 家庭環境が複雑でな。

 ちょっとばかしひねくれた子に育ってしもうてな。

 体つきが大きく、腕っ節が強かったことも災いして、いじめっ子になってしもうたのじゃ。

 今のお前たちの時代でいういじめっ子とは少し違って、隠れてコソコソとかでなくてな。

 それこそ堂々と人を殴ったり喧嘩をしたりする、昔で言う『ガキ大将』に近いところがあった。

 亮太は皆から恐れられ、煙たがられた。



 でもな。

 美保ちゃん、っていう女の子が近くに住んどってな。

 どういうわけか、亮太はその子だけには優しくてな。

 冷やかされても、それとこれとは別とばかりに楽しそうに遊んでおった。

 傍目には不思議でしょうがなかったんじゃが、美保ちゃんの方でも亮太になついてな。

 学校では恐れられているあの亮太が、美保ちゃんにせがまれたらままごとだってやってのけたのじゃからな! それはそれは、皆目を丸くしたものじゃ。

 おまけに、美保ちゃんは病弱でな。

 普通の体調でいるよりは、病気がちで床に伏せている日の方が多いというのが現状じゃった。

 だからなお、鬼のような亮太でも、一層不憫がつのったんじゃろうな。

 亮太は、それからも美保ちゃんを大事にした。



 亮太は、大人になった。

 彼らしいと言えば、まさにその通りなんじゃが、暴力団の事務所に入っての。

 平たく言えば、ヤクザじゃ。

 彼が担当したシノギというのは、売春組織じゃ。

 闇金やってるところが、金を返せん若い女を亮太のところに送りこんでくるわけじゃ。

 その娘たちを脅してな、特別なルートで体を売らせるんだな。たまに、懇意にしている別の風俗業者から女の子を回してくれ、という依頼が舞い込むこともある。



 そういう時にはな、ガッポリお金を頂いて、女の子を売りつけるんじゃ。

 業界用語で言うと、『ソープに沈める』っていう、アレさね。

 私らも悪の化身だけど、生きてる人間ちゅうのは、ときどき私らでも怖くなることがあるよ。

 まぁ、よくもそんな仕打ちができたもんだ。

 娘たちは、警察なんかに駆け込めない。

 だってさ、分かってるから。

 そんなことをして、よりひどい目にあうのは自分だって。

 家族・親戚・彼氏または夫まで調べ上げられていて——

 報復のためなら何だってする常識の通用しないやつらだって、思い知らされているからさ。



 亮太は、情け容赦なかった。

 まともな神経ではやってられない仕事だったが、亮太はこなした。

 それはもう、黙々とな。

 ある子は、精神をズタズタにされて狂人になった。

 言葉を話せなくなった子。膣痙攣で死んだ子。

 子供を産めない体になる子なんて、ざらじゃ。

 なんせ、愛して大事に抱くという感覚がないからの。

 モノ同然じゃ。扱いも、荒くたかった。

 亮太自身も、元締めの特権で初物の子は体を味見した。

 彼に体を好きにされながら、抱かれる女の眼はガラス玉かビー玉のように、無機質化していく。

 目から、だんだんと死んでいく。

 絶望のあまり自殺を図った子の死体は、内々に処理したんだと——



 そんなある夜のこと。

 まだ男を知らない娘に、情け容赦ない性的暴行を加えた亮太は、膣からの出血にビックリして泣き叫んでいる娘っ子に眉ひとつ動かさず、平然として服をまとうとその部屋をあとにした。

 泣き叫ぶのは元気がある証拠。まだまだ使える——

 亮太には、その程度の認識しかなかった。

 これが消費期限近くになると、女は何をしてもボウッとして反応しなくなり、抱きがいがなくなるのさ。そうしたら、臓器とか眼球を売ることを考える段階に入る。ま、どっちにしても地獄には変わりないのぅ。

 夜中の二時半。

 亮太は、組員のいなくなった事務所の廊下を歩く。



 カツーン、カツーン



 リノリウムの固い床に、彼の歩く革靴の音だけが響く。



 この時じゃ。

 亮太はの、動物的な野生の勘から異変を感じ取った。

 何かが、おかしい。

 殺気だ。

 長いことヤクザをやって命のやり取りをくぐりぬけてきた者には、それが敏感に察知できるんじゃな。自分を殺そうと狙う何者かがいる、と——。

 しかしな、ここに大きな問題があったんじゃ。

 相手が人間ならの、亮太も怖くはない。

 弱ければ勝てる。相手の方が強ければこちらが死ぬ。ただそれだけのこと。

 こういう稼業をやっていれば、いつかは自分がより強い者にやられる日もあるだろう——

 日頃から、そう覚悟していたからな。



 でもな。

 今亮太が感じているのは、普通の殺意とは異質のものじゃった。

 殺意の波動の強さが、桁違いじゃ。



 ……何なんだ、これは——



 あの子はだぁれ

 私はだぁれ

 当ててごらん、当ててごらん

 あなたが好きよ

 殺したいくらい

 血をすすりたいくらい

 臓器を引きずり出したいくらい

 ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ



 人形じゃ。

 亮太は、最初子どもかと思うた。

 しかし、子どもにしたって背が低すぎる。

 それに、歩くのに足を動かしていない。

 音もなく、スーッと進んでくる。

 おおよそ5体の人形が、一列に進んでくる。

 皆一様に、人形らしい可愛い顔ではなくてな。

 恨みを宿した、それはそれは身の毛もよだつ形相をしていたんじゃー。



 コロシタロ コロシタロ

 コロスダケジャオモシロクナイヨ

 マタサキカ

 ツメゼンブハイデカラ ユビヲゼンブオロウ

 テアシゼンブモイデ ダンゴムシダネ

 サイゴニクビモチョンギッテ ニクダンゴニクダンゴ



 5体の人形は、一度亮太の1メートルほど手前でピッタリと止まった。

 数秒の間のあと、何の前触れもなく耳をつんざくような叫び声が上がった。

それまで、まるで歌遊びでもするような楽し気な声だったのが一転して、耳をふさぎたくなるような怒りの声に変ったんじゃ。



 首もいだろかああ! 

 目玉えぐろか!?



「やめてくれえええええっ」

 生まれて初めて、亮太は恐怖というもんを感じた。

 相手は、人間やない。

 ま、厳密にはもと人間なんやけどな。

 亮太には、分かった。

 人形やけど、声に聞き覚えがあった。

 体無茶苦茶にしたって、自殺しよったヤツらやー。



 アタイラノウラミ ウケテミイイイイイイイイ!



 すべての人形が、手に刃物を握り締めていた。

 それを逆手に振りかざして、次々に襲いかかってきた。

 亮太も素早い身のこなしでよけ、応戦するが——

 5体の人形は、現実にはありえない素早い動きで刃物を突き立ててくる。

 よけてもキリがない。

 事務所に飾ってあった日本刀で、人形たちに反撃してみても——

 この世のものではない彼女らに、ダメージはまったく与えられない。

 ついに、現実の肉体を持つ亮太は体力を消耗した。



 ……次に襲いかかられたら、オレはもうよけきれない。



 死ねやああああ!



 亮太は、観念した。

 思えば、確かにひどいことをしてきた。

 環境のせいや、世の中がオレをこないにしたんや、という開き直りは確かにあった。

 でも、今こうして自殺に追い込んだ娘たちの絞り出すような恨み声を生で聞いてしまうとな。

 そこはやっぱり、亮太も最後の最後で人間やった。

 申し訳ない、いう気持ちが湧いてきたんやな。

 だから、もう亮太は逃げんと、座り込んだ。

 気が済むのなら、オレの体をどうにでもせぇと。

 今更やけどな、それが亮太の精一杯の謝罪やった。

 人形は人形でな、そんなことくらいで気の済むわけがあらへん。

 殺意をゆるめもせずに、一斉に亮太の体めがけて躍りかかったさ。



 亮太は、目を閉じた。

 これまでや、と。

 しかしや。

 何にも起こらへん。

 身体も、刺されてない。痛くあらへん。

 亮太は、恐る恐る目を開けてみた……



 5体の人形たちは投げ飛ばされ、壁に激突していた。

 そして、一体の別の人形が、亮太をかばうようにして立ちふさがっていた。

 殺意あふれる人形とは違い、穏やかな慈愛に満ちた眼差しを浮かべていた。



 ジャマヲスルナ 


 

 呪いの人形たちは、ゆっくりと立ち上がった。



 リョウチャン、ダイジョウブ?



 えっ?

 亮太は、その声に聴き覚えがあった。

「美保……ちゃん?」



 そうなのさ。

 その声は、まぎれもなく小学生の頃に唯一心をゆるしたことのある少女、美保のものじゃった。

 父親の仕事の都合で引っ越しを余儀なくされた亮太は、それっきり美保のことは忘れてしまい、より荒んだ生活に身を投じていってしまっていたのさ。

 美保の声でしゃべる人形は、告白した。

 亮太と別れ別れになって、中学に上がる前に病死したのだ、と。

「そうか。お前か——」

 亮太は、実に久しぶりに心からの笑みを浮かべた。

「ありがとな。でも、もういいんだ」



 ワタシラワァ ソノオトコヲキリキザマナイト キガスマナインダ



 美保は、五体の悪霊に対峙した。

 そして、悲しげな表情をした。



 ワカル ワカルヨ アンタタチノクルシミガ クヤシサガ ムネンガ——



 美保人形は、涙を流した。

 霊同士じゃからな。お互い、胸のうちは手に取るように分かったじゃろ。

 悪霊たちがされたひどい仕打ちと恨みを知っただけに、苦しんだ。

 亮太は守りたいが、だからといって無条件で亮太の殺害をあきらめさせるだけでは、悪霊を納得させることはできない。それだけ、命を追い込まれた女たちの怨念はすさまじかった。



 長い沈黙が流れた。

 対峙する、美保の霊と女たちの怨霊。

 無言の会話が、さぞ交わされたことじゃろう。

 一つの結論が出たのか、美保はゆっくり亮太に向きなおった。

 その右手には、刃物が光っていた。



 リョウチャン シンデクレル?



 美保は、泣いていた。



 ワカッテクレルカナ

 ホントハタスケタイ モットイキテモライタイ

 デモ

 アナタハ トリカエシノツカナイコトヲシタ

 ワタシハ コノコラトオナジ シンダモノトシテネ 

 カノジョラノキモチヲ ムシデキナイノ

 ダカラ

 イッショニシノウ?

 ワタシガ サシタゲル

 リョウチャンダッテ コノコラニコロサレルヨリ

 ワタシニテヲカケラレルホウガイイデショ?



 ソシテ シンダラ アッチノセカイデ イッショニツグナオウヨ

 ナンビャクネン ナンゼンネンカカルカワカラナイケド

 ワタシガツイテル



 ワタシ アナタノコトアイシテル

 ダイスキ

 ワタシノ ダイジナ リョウチャン

 イッショニ イコ



 呪いの人形たちは、口を開いた。



 オマエハ テンジョウカイデクラスケンリヲ ワレラニユズルトイッタナ

 ホントウカ?

 ホントウニ ソンナコトヲシテモイイノカ

 コウカイハナイノカ?



 エエ アナナタチニハ スマナイコトデシタ

 ジゴクダロウガ ワタシハリョウチャントイレレバ シアワセナノデス

 ドンナニナガクカカッテモ

 ワタシハリョウチャントイッショニ テンゴクニイクンダカラ



 ワカッタ

 カンシャスル 

 オマエガソウスルノナラ

 ワレラハ ウラミヲトイテ テンニノボルコトニスル



 すると、見よ。

 それまで恐ろしい顔形だった人形たちが消えた。

 そして、風俗に身売りされてくる前の、元気で笑顔さえ浮かべていた頃の女たちの姿になった。

 天使のようないでたちになった5人の女は、窓を抜けると天高く空を飛んで消えていってしまった。

「お前のこと、忘れなきゃよかったぜ」

 ポツリと、亮太は言った。



 ゴメンネ コンナコトニナルマデタスケラレナクテ

 ジャアリョウチャン イッショニイコ



 亮太は、人形の美保を腕に抱いた。

 美保は、抱かれながら右手に持っていた刃物に力を込めた。



 ……ズブリ



 刃先は、亮太の心臓にまで到達した。

 一瞬うめき声を上げたが、亮太の表情は安らかだった。



 コレカラハ フタリ ズットイッショ



 次の日。

 ヤクザの事務所で、亮太の変死体が発見された。

 そばで凶器も発見されたが、犯人は検挙されずじまい。

 死体のそばに一体の人形が転がっていたが、誰も刺した張本人だなんて思わなかったらしいよ。

 まぁ、当然さぁね。



 エッ

 こんな話聞かなきゃよかったって?

 もう遅いわい!

 最初に言っといたろ?

 人間どもにとって面白いかは保証しないよって——



 なになに?

 じゃあ、せめて今亮太と美保が幸せなのかどうかだけでも教えろ、って?

 あのねぇ

 私らはそんな親切にするようにゃ、できちゃいないの!

 うう しょうがないねぇ。

 これはサービスだよ、サービス!



 地獄だからねぇ。毎日つらそうだけどね、それでも元気にやってるみたいだよ。

 愛ってのは、すごいねぇ。

 私らにゃ、分からない世界だぁね……



 この話は、どうやって知ったのかって?

 あんたも、根掘り葉掘り聞きたがる人だねぇ!

 人形の怨霊だった、あの5人の娘たちから聞いたのさ。



 ヘッヘッヘッ……

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