グレート・オールド・ワン

愛創造

グレート・オールド・ワン

 私の父は今年で※※歳だ。医者から脳味噌の病気だと診断されてから心を閉ざし、数箇月間の引き篭もり生活を送っていた。私は毎々父に食事を運ぶ『係』と成り何度も何度も扉の前に『それ』を置いた。それと記したのには理由が在り、父に対する嫌悪が重なった結果餌を与えるような感覚に陥った――兎角。此処まではよくある話で先が欲在る発芽だ――父が扉を開けたのは数日前だった。痩せ衰えた父は目玉すらも失ってり、何も見えない状態で、哀れとも思えない醜悪。開口一番は確か――助けてくれ。だった。私の顔面に強烈な拳。

 鼻が折れた。もはや限界だと私は精神病院に父を入れる事にした。違う。隔離監禁と説いた方が好ましい。臭いものには蓋をしなければならないのだ。その頃の父は怯えたり怒り狂ったりの反芻で、裸体で騒ぎ出す事も多かった。ああ。私の脳味噌まで可笑しくなりそうだ。突然海に行きたいなどと、何時の話をしているのか。もうじきに迎えが来る。施設へのカウントダウンだ。

 漸く家に静寂が戻ってきた。これで私も数週間は愉快に暮らせるだろう。遠くから父の叫び声が聞こえる。気の所為だ――一晩経てば総ては鎮まる。されど夢はおぞましかった。腐った父が海底から浮上して、私の顔面に死魚じみた臭いを塗りたくるのだ。こっちだ。こっちへこい。こっちは好いぞ――私は父のようにぶん殴ってやった。気分よく目覚めるだろう。私は解放されたのだから。


 覚醒すると、其処は、闇黒だった。


 父の声が聞こえる。叫びが聞こえる。囁きが聞こえる。私の脳味噌を引き摺り出す言の葉だ。畜生。あれは藪医者だったのだ。私の父は最初から狂ってなどいない。最初から『闇黒』の住人だったのだ。夢から覚める事などない。現から逃れる術などない。私は、ただ、脳味噌たましいを摘出されて、父の隣に存在する。総ての海の父が隣で拳を握る。振り下ろされた超越性は、秩序の崩壊。


 判るだろう。解るだろう。

 我々人間の棲む、滑稽こそが監禁地獄だと。

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