賞はとれなくても

無月弟(無月蒼)

『面白い』の一言が嬉しいから、私は小説を書き続ける

 四時間目授業の終わりを告げるチャイムが鳴って、昼休み。

 私はお弁当を持って、二つ隣のクラスにいる、ミカに会いに行く。


 ミカとは高校に入ってすぐに友達になった、同じ文芸部の同級生。

 二人とも小説を書いては、投稿サイトの『カクヨム』に投稿していて。互いに作品を読み合って、意見し合って、共に頑張っている仲間なのだ。



 さて、そんなミカのクラスにやってきたけど、ミカってば昼休みなのに、お弁当の用意をするでもなく、購買に買いに行くでもなく、席に着いたまま難しい顔をして、スマホとにらめっこしている。

 もう、いくら昼休みが長いからって、モタモタしていたらすぐに終わっちゃうよ。


「ミーカ、お弁当食べよう♡」


 元気よく声をかけて、ミカの両肩に手を置いてみる。するとミカはこっちをふり返ってきたけど、なんだか浮かない表情。


「どうしたのミカ? 小テストの結果でも悪かった?」

「リカ……そう言うわけじゃないんだけど、ちょっとね」

「ちょっと、何? 何か悩みでもあるの?」


 なんだか元気の無い様子を見て、心配になってしまう。するとミカはため息をつきながら、体をこっちへと向ける。


「悩みと言うか、ね。何かあったのはアタシじゃなくてリカ、アンタの方」

「私? ええと、何かしたっけ?」


 少し考えてみたけど、何を言おうとしているのかさっぱり分からない。


「実はちょっと、アンタに悪い知らせがあってね」

「悪い知らせって、それはいったい? まさか、田舎のおばあちゃんが亡くなったとか⁉」

「アホ。だったらどうしてアンタより先に、アタシが知ってるのさ? そうじゃなくてね、アンタ少し前に、○○文庫の賞に応募してたでしょう」

「ああ、春先に応募した、アレだね」


 ミカが言っているのは有名文庫の、誰でも参加可能な新人発掘のための小説大賞。十万字から十五万文字の小説を募集して、大賞や特別賞を取った作品は書籍化もあり得ると言う、大きな賞だ。

 私も文芸部員のはしくれとして、何カ月もかけて小説を一本書き上げて、エントリーしていたのだけれど、それがどうしたの?


「今さっきスマホを見てたら、それの一次選考の結果発表があったんだけどね」

「えっ? 結果、もう出てたんだ⁉」


 発表がいつかなんて全然知らなかった私は、思わず声を上げた。何となくだけど、もう少し後だと思っていたから。

 結果は、どうだったんだろう? 一次選考なら、もしかしたら運が良ければ、通過しているかも……って、あれ?


 ここで私は、ハタと気づいた。ミカは最初、なんて言ってたっけ。たしか、『悪い知らせがある』って言っていたよね。という事は……。


「残念だったね。リカの書いた話、アタシは好きだったのに」


 その言葉で、確信を持った。そっか、あの小説、落ちちゃったんだ。

 とたんに、まるで胸の奥が氷がはったみたいに冷たくなる。


 投稿した時は、運が良ければ一次選考は通過できるかもなんて思っていたけど、そんな事はなかった。

 やっぱり世の中、そんなに甘くはなかったんだ。


「それで、その……リカ、大丈夫か?」

「大丈夫って、何が? 私は全然平気だよー。落ちるのなんて慣れてるし」


 ハハハと声を上げながら、笑顔を作ってみせる。本当、落ちるのにはすっかり慣れっこなのだ。


 本が好きで、拙い文章で小説を書き始めたのが小学生の頃。中学に上がってからは今回のように、書いた小説を色んな賞に応募していた。


 結果は二回ほど、一次選考を通過したことはあったけど、二次選考通過作品に名前が挙がる事はなくて。それ以外は、一次選考すら通過しなかったものばかり。


 そして今回もそんな一次選考落ちに、一作品が加わったと言うだけの話だ。

 だから全然、ショックなんかじゃない……そのはずなのに……。


「私ちょっと、飲み物買ってくるから。お弁当、ここに置かせてもらうね」

「あ、ああ」


 踵を返した私は、そのまま教室を飛び出していく。

 そしてしばらく行ったところで、廊下の壁にもたれ掛かって、スカートのポケットからスマホを取り出すと、ミカの言っていた結果発表の乗っているページにアクセスしてみた。


 ミカの言った事を疑っているわけじゃないけど、もしかしたら。もしかしたら、見落としがあったのかもしれない。

 そんな僅かな期待を胸に、一次選考の通過作品をみてみたけど。最後の一作品まで目を通してみても、私の書いた小説の名前はなかった。


「ああ、うん。そうだよね、分かってたよ」


 思わず口から、独り言がもれる。

 何も賞を取って、書籍化できるなんて大それたことを考えていたわけじゃない。書くのが楽しいから書いて、賞に出せそうだから出してみた。それだけなんだ。


 世の中には私のように、軽い気持ちで応募したんじゃなくて、プロになりたくて、真剣に書いて賞に臨んだ人だっている。そんな人達の作品を差し置いて、遊び半分で書いた私の小説が、残るはず無いのだ。

 だから全然、悔しくなんか……


「あー、違うや。やっぱりちょっと、悔しいや」


 意味のない強がりを止めて、素直に弱音を吐いてみる。

 私の実力じゃ、受賞なんてできないって分かってる。賞に出そうと思ったのも、ほんの思いつき。それは間違いない。

 だけど決して、遊び半分なんかじゃなかった。


 私だってちゃんと、真剣だったんだ。そりゃ一心不乱に、賞を取る事だけを目標としている人からすれば、遊びと思われちゃうかもしれないけど。

 だけどいい加減な気持ちで、十万文字を超える小説なんて、書けるわけがない。


 毎日勉強の合間に、少しずつ書き進めていって。

 どうやったらもっと面白くなるか。どうやったら読んでくれた人に、気持ちが伝わるか。試行錯誤を繰り返しながら、ようやく完成させた私だけの小説。

 それはもう、我が子を育てる親のような気持ちで、向き合って書いていた。


 書き上げた時は面白く書けたって。これならもしかしたら一次……ううん、二次選考は突破できるんじゃないかって、密かに思ってた。


 自信があった訳じゃないけど、全く期待していなかったわけでもなくて。

 なのに、良い結果が出なかったのだ。悔しいに決まっている。


 悔しくないなんて思うのは、自分を誤魔化しているだけ。

 頑張った自分も、足りなかった実力も、悔しい気持ちも、全部受け入れないと、きっとそこで成長は止まってしまうのだ。


 私は壁に背を預けたままスマホを操作して、今度はカクヨムのページを開く。

 今回の賞は、カクヨムから応募する事ができるものだったから。応募した小説は、カクヨムに投稿されている。その小説のページを開いて、タイトルを目に映す。


「ごめんね、面白くさせてあげられなくて」


 画面に映る自信作その子に、ぺこりと頭を下げる。

 傍から見れば絶対に変な人だと思われるだろうけど、私が不甲斐無かったから、結果を出す事が出来なかったんだ。一緒に頑張ってくれたこの小説に、ちゃんと謝っておきたかった。


 ーーさあ、落ち込むのはここまでだ。

 私は顔を上げると、大きく行きを吸い込んで、気持ちを切り替える。


 ちゃんと悔しいって思ったんだから、せめて次に書く小説は、もっと面白くしなくちゃ。

 その為には落ち込むこと、ショックを受けることも必要だけど、それを長引かせるのはよくない。


 本当はすぐにでもいい点と悪い点を挙げて、反省会もしたいところだけど、今はミカの事を待たせているから、後回し。

 飲み物を買いに来ただけなのに、時間が掛かっていたら、心配かけちゃうものね。


 早くいかなくちゃ。そう思いながらスマホをポケットにしまおうとしたけど。その瞬間、そのスマホがブルッと震えた。

 どうやら、メールを受信したらしい。


「誰だろう? 遅くなってるから、ミカがメールしてきたのかな?」


 そう思ったけど、それは違っていた。画面に映し出されたのは、『新しい応援コメントが一件あります』の文字。しかもこの作品は……。


 慌ててスマホを指でタップすると、画面が切り替わって、カクヨムのページが表示された。

 そこにあったのは、ついさっきまで見ていた賞に応募したあの小説。それの最終話に、コメントが来ていたのだ。

 そしてその内容は……。


『とても面白くて、一気に最後まで読んでしまいました。特に最後の展開には、とてもワクワクさせられました。素敵な物語を、ありがとうございます』


 ……そっか。この小説を面白いって思ってくれる人、ちゃんといたんだ。


 じっとコメントを見ていたら、自然と口角が上がっていく。

 一次選考も通過できなかった作品だけど、このコメントを書いてくれた人は、面白いって言ってくれた。その事がとても嬉しくて、たった一件のコメントをもらっただけなのに、とても幸せな気持ちになる。


 『面白い』。その一言が欲しくて、私は何ヵ月もかけて、この小説を作ってきたのだ。

 だからこうして暖かいコメントをもらえて、書いてよかったって思えた。


 落ち込んだと思ったら笑って。廊下を行き交う生徒の何人かは、そんな私を怪訝そうに見ているけど、あんまり気にならない。


 そうしている間に、もう一度スマホが震える。コメントをくれた人が、今度はレビューを書いてくれたのだ。それはもう、素敵なレビューを。

 さっきまで落選して気落ちしていたのに、なんてグッドタイミング。もらったコメントやレビューのおかげで、元気が出てきた。


 賞の結果は満足のいくものじゃなかったけれど、それが全てじゃない。こうして面白いって言ってくれる人がいてくれたのも、一つの結果なんだ。

 それだけでも、この小説を書いて良かったって、心から思える。


 すぐにコメントの返事とレビューのお礼を書いたけど……いけない、ミカのこと待たせたままだった。


「急がなきゃ、昼休み終わっちゃう」


 早く戻ってお昼を食べないと、力が出ないものね。放課後にはまた、部活で小説を書かなきゃいけないのだから、しっかり食べておかないと。


 今度こそポケットにスマホをしまって、廊下を歩いていく。

 そんな私の心は、教室を出た時よりも晴れやかだった。

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