僕の一生
三石 警太
僕の一生
気づくと僕は闇に包まれた場所に立っていた。
周りは不気味なほど何も見えない。暑くもなく寒くもなく、というか何も感じない。
そういえば僕は誰で、何をしていて、何歳なのかもわからない。
ただ流れに身を任せていると、小さい子供のような"何か"が僕に近寄ってきた。
「ようこそ、ここは黄泉の国。冥界。あなたは予定通り無事、死亡されました!」
「は?僕が、死んだ?」
理解に苦しむ。そもそもこいつはなんなんだ。よく見るとふわふわと浮いているし、男か女なのかもわからない。
と、僕の足元を見るが、僕には実体すらなかった。
周りを見渡すと、たくさんの死者達が彷徨っていた。
皆、影のようで、半透明でグレーの色に包まれている。彼らはどこに行くでもなく、ただうろうろと路頭に迷っている。そこに一抹の恐怖を感じた。
「否が応でもわかったでしょう。ここは死んだ魂が彷徨うところ。そしてあなたは…と。」
子供のような何かはパラパラとバインダーのようなものをいじっている。
「あらー、勿体ない。自殺なんてなんでしたんですか?命を粗末にするからそんな色の薄い魂になるんですよ?あ、そっか記憶が無いから質問する意味なかったですね。」
と、決まり文句のように自問自答する。
「あなたみたいな亡霊、よくいますよ。大抵の人は今の状況に理解できないんです。まあ、たまにいますけどね。ああ、死んだのかってすぐ悟る人。頭脳明晰って言いますか。信じやすいといいますか。」
よく喋るやつだ。
だんだんと状況を理解してきた。つまり、僕は自殺をして冥界にいるのか。
「で、本当ならここから転生裁判にかけられるんです。現世の行いについて裁判して、地獄に行くか、輪廻転生のサイクルに入れられて、また人として新しい命を一から始めるか。まああなたみたいな自殺だったら、9割形地獄行きでしょうね。しかし、あなたは幸運にもチャンスを獲得いたしました!だから、あなたには償ってもらいます。前世の罪を!」
興奮した様子でまくしたてる。僕は話がよく理解できなかったが、地獄行きは回避できたらしい。しかし、腑に落ちない点がある。
「なんで、僕なんかにチャンスをくれるんですか?」
僕は子供のような"何か"に質問を静かに投げた。
「それは、私にもわからないんです。私はこの冥界のなかの下っ端の下っ端ですからね。冥界には、たくさんの案内人がいて、私はそのなかの1人に過ぎないんです。それらを束ねるのが、仏様。まあ、私も直接お目にかかったことはないんですが、このバインダーでこれからやってくる死者の詳しい情報を教えてくれるんです。それらを使って、転生裁判に臨むのですが、たまにあるのです。仏様の気まぐれでこういうことが。だからあなたは、仏様のご厚意に甘んじて償ってください。」
なるほど。だいたいはわかった。ような気がする。しかし、一番重要な事柄がまだわかっていなかった。
「償うって、どうすれば?」
僕はおどおどした様子で、子供のような"何か"に問いかける。
「犬として、命を全うしてもらいます!」
犬…。
僕はこれから犬になるのか…。普通だったら受け入れられなかっただろうが、状況が状況なだけに、妙に心にストンと落ちてきた。
「犬として立派に生き抜いたあかつきには、輪廻転生のサイクルにまた入れてもらえるでしょう!さあ、拒否権はありません!最後に、質問はありますか?」
急な展開についていけなかったが、なぜか質問がすぐに思い浮かんだ。
「あなたのお名前は?」
「アラタです。」
アラタ、妙に懐かしい…。
その直後、目の前が光に包まれた。うっすらとなる意識のなかで、子供のような"何か"の声がぎんぎんと鳴り響く。
「さあ、あなたには犬に生まれ変わったあとに、ここの記憶を全て消させていただきます!まあ、稀に少し残ることもありますが…。しかし、これだけは消されません。いいですか?あなたは前世で自殺し、犬の命を全うすることで償う権利を獲得した!さあ、犬の命が生まれます!生命が誕生するのです!」
意識が魂と乖離し、理解できない出来事が立て続けに起こった。
まるで、映画を見ているように、理解できないことを受け入れることができた。
僕はこれから新しい命を生きる。
前世の罪を償うために。
命とは何か。
生きるとは何か。
それをこれから学んでいく。
アラタな命の旅路に発った。
*
僕はノラ犬の親子の間に生まれた。
周りは河川敷で、近くにはちょろちょろと生き絶えそうなほど細い川が流れていた。
周りは茂みに覆われており、人の気配はあまりしない。
父犬と母犬は同じ毛並みや身体的特徴があり、どちらも柴犬であった。耳はピンとはね、ベージュの毛に覆われ、凛々しい四肢が地面にしっかりと根を張っている。それとは対照的にクルンと不規則に上に丸まっている尻尾。唯一父犬と母犬の違うところは父犬だけ左耳が切れていること。それ以外はまるで瓜二つ、双子。その夫婦に生まれた僕。つまり、僕も柴犬の子犬。
僕が生まれた瞬間、冥界での記憶は朧げになった。辛うじて覚えているのは、あそこの禍々しく、しかしどこか寂しい雰囲気と子供のような、冥界の住人。
名前までは思い出せなかった。いや、名前なんて最初からないのかもしれない。冥界においての名前なんてたいした意味を持たないであろう。
しかし、一つだけはっきり覚えていることがあった。なぜか、頭にこびりついて離れない、まるで刻印を押されているかのような、錯覚に陥りさえしそうなほどしっかりと。
僕は前世で自殺をし、その償いをしなければいけない、ということ。
画して僕は徐々に柴犬に順応していった。
父犬は、昼間にどこかに行き餌をもらってくる。どこかに親切な家でもあるのだろうか?
その間、母犬は僕の面倒を見てくれる。
母犬の乳を吸い、ぷくぷくと寝ている毎日がずっと続くと思っていたが、そんな毎日は突如として崩れ去っていった。
ある日、いつも通り父犬が餌をもらいに行ったきり、帰ってこなくなった。
僕と母犬は、2人だけで夜を明かし、朝を迎え、尚帰ってこない父犬に、何かを悟った。
動物の勘というやつだ。
父犬は、もう帰ってこない。
父犬は、保健所の社員に捕まっていた。
昼間のそのそと食べ物を咥え、神出鬼没の如く、どこかに行ってしまう犬がいる。噛まれたら怖いので捕まえてほしい、と近所の住人から苦情が入った。
そこで、現場付近の聞き込みをしたところ、一人暮らしの老人の方が、昼時やってくる野良犬の柴犬にパン屑を与えていることがわかり、保健所で預かればもっと安全な暮らしができるとその老人を諭し、野良犬の柴犬を捕獲した。
「じゃから、柴犬を捕まえる必要などなかろう。自然が一番なんじゃ。」
「ですから、保健所で預かるのが、衛生面などにおいても一番犬のためなんですよ!」
「保健所で犬がたくさん殺されてるの、わしは知っとるんじゃからな」
「とにかく、野良犬は捕まえます。それが仕事なので。犬のためにも。」
その犬に家族がいるなど露も知らずに。
そうして、僕らは2人家族になった。
僕が生まれて一年とちょっとが過ぎた頃だった。
犬の一歳は人間でいう17歳ほどなので、もう自立もできなくはない。
残酷ではあるが、親犬が捕まったことで自立を余儀なくされたのである。
そんなときまたしても、悲劇が襲った。
僕は母犬と生き絶えそうな細い川をなぞり散歩していた。すると食欲そそる匂いが漂ってきていた。
"チーズかな?"
僕らは欲に駆られ、その匂いのもとを辿って行った。
そこにはハンバーガーの紙くずが捨てられており、中にはまだ少し残っていた。
ゴミはよく川に捨てられている。そこに残った食べ物を漁るのも僕らの食の綱になっている。
ゴミは環境を汚すものだが、その反面僕らの命をつなぐものともなっている。
物事は常に多面的に存在しているのだ。
そのゴミを貪り食っていると、またしても保健所の社員に見つかってしまった。
罠だったのだ。
あの社員は、父を捕まえた社員なのか?憎しみとも怯えともつかない心境に襲われていると、母犬が叫んだ。
"わおんっ!"
逃げろ、と叫んでいた。
僕は母犬を置いて逃げることは容易ではなかった。母犬を見捨てるような真似はできなかった。
しかし、母犬の澄んだ落ち着いた、それでいてどことなく悲しいような目を見て、僕は悟った。
"逃げなきゃ、母のためにも、逃げなきゃ"
そして僕は懸命に走り始めた、背後で母犬の"きゃいんっ!"と叫ぶ声に胸が締め付けられた。
"いつまでもここにいるわけにはいかない、またあいつらに捕まってしまう。"
そんな思いに駆られ、僕はこの地を後にした。
なるべく遠く、人目につかない土地に。
ひたすらにそんな思いを胸にし、一心不乱に歩き続けた。
細く生き絶えそうな川はもう見えなくなり、次第にコンビニなどの店も無くなっていった。
気づけばここがどこなのかもわからず、未知の場所にいるという不安と戦うことになった。だからといって、あの河川敷に戻るわけにはいかない。父と母を奪われたあの河川敷にはもう戻らないと心に決めた。
お腹もすき、もう限界だと思いはじめたとき、ふと思ってしまった。
こんな過酷な世の中、死んでしまったほうが楽なのではないか?
なんの罪もない僕らはなぜ人間から逃げなければいけないのだ?
夜になれば、近くの縄張りの犬やら猫やらが警戒心を剥き出しにして、僕を追い返す。 僕が何をしたっていうんだ?
みんな誰だって生きるために必死なのだ。それ故に自己中心的になってしまうことはいたしかたないことなのかもしれない。
互いを牽制しあって、しがみついて生きるこの世の中にいったい何があるというんだ?
いつしか、そう悲観的に考えるようになってしまっていた。
人間だった僕ならきっと今頃自殺している。その気持ちも分からなくはないが、今の自分は犬なのだ。自ら命を絶つことはできない。
この世界の不条理さに打ちひしがれていながら、安泰の地を探す旅にも終わりが来た。
生きていくのに程よい場所を見つけたのだ。
この場所に決めた理由は、川があったから。
僕の生まれ育った川とは形も、大きさも、周りの風景も違ったが、一つだけ同じところがあった。
細くて生き絶えそうになりながらも、必死に、運命に抗おうとしながら、流れを絶やさない、川の生き様に、父と母の影を見た。僕の故郷を見た。
直感的にここだと思った。
近くに幼稚園があり、朝方は子供が多いが、しかたない。
僕は、ここに居心地の良さを感じていた。
少し小さい幼稚園は、錆びれた黄色い門をくぐると小さい校庭があり、二階建ての教室には子供たちがはしゃぐ姿が日中見ることができる。
その向かいには、その幼稚園に左肩を向けるように設置された駐車場があるのだが、あまり使用者はいない。
なので日中はここで日向ぼっこを楽しんでいる。
それ以外は閑静な住宅街が広がっており、幼稚園目的の人以外は滅多にこの地に踏み入らない。
保健所の社員たちもここまでは来まい。
その頃僕は3歳になっていた。
夜は駐車場の裏の森で朝を待った。森と言っても森林公園のようなものではなく、まさしく森という表現がぴったり当てはまるような森だ。
食料は、近くで廃棄される残飯を漁って食べたりした。なんとか生き抜くことができている。
そんな日常に慣れていくなか、小さな変化が起きた。
年が一つ増え、花が舞い散る春、新入生として幼稚園に入園した児童の中で、車で来ていて、日向ぼっこをする駐車場を利用する家族が増えた。
その子供はいつも、帰る時間になり、親がママ友と会話に花を咲かせている間、車と駐車場の間にポツンと佇み親の帰りを待っていた。
そこは僕の場所なのに。と、最初は警戒し、森の切れ間から様子を伺っていた。
それを繰り返しているうちに、その子供に見つかってしまい、その時子供が持っていた、"ビーフジャーキー"につられのこのこと出て行ってしまったことをきっかけに、僕らは仲良くなった。
「僕はシゲオ、君は?」
わんっ!
「わんちゃんか!よろしく!」
コミュニケーションとは難しいものだ。
*
シゲオと交流を深めるにつれてわかったことがいくつかある。
・シゲオには友達がいなく、お母さん達が話している間はここしか居場所がないこと。
・父は、早々に死んでしまったこと。
・園長先生とお母さんが親しいこと。
・母に暴力を振るわれること。
「今日はね、絵を描いたんだ!見て、これ、すごいでしょう!どう?」
わんっ!
「でしょう!褒めてくれるのはわんちゃんだけだよ。」
そんな、悲しい事言うなよ。僕には、もう父も母もいないんだ。
そこで僕はシゲオと何か縁を感じた。
僕らは互いにひとりぼっちだ。
だんだん蒸し暑くなっていき、虫の声が聞こえるようになっていった。
昼間には蝉の鳴く音が耳障りに夏の到着を知らせ、夜間には鈴虫が月の訪れに祝宴を催していた。
シゲオはハーフパンツにTシャツという簡易的なものしか身にまとっていなかった。
毎日同じ服。
「今日はね、スイカを食べたんだよ!美味しかったな、お腹いっぱい食べれた。一番お腹が膨れたよ。また、お腹いっぱい食べたいな。」
この子はまともにご飯も食べさせてもらえないのか…?
と、僕はこの子の身を案じた。
僕なんかよりも、よっぽどこの子の方が過酷な日々を送っている。にも関わらずこんなに光り輝く笑顔を撒き散らしている。
シゲオ、お前ってやつは眩しいよ。
何もできない自分に苛立ちが募った。
僕にできることはただ一つ。この子と触れ合うこと。それで胸に開いた穴が埋まるのなら、僕はいつまででも君と…。
そして季節は移ろい、木々は葉を落とし、黄色く染まっていった。
秋になり、園児にも長袖が目立つようになっていった。
今日はシゲオは元気がない。よく見ると、顔が少し腫れているような…。
「友達にいじめられてるんだ、お前の母ちゃん不倫ヤローって、フリンって何?わんちゃん、園長先生と仲良くするのがいけないことなの?でもね、俺辛くないよ、わんちゃんがいるもん。わんちゃんがただ1人の友達なんだ。」
この子は、シゲオはせめて僕だけでも大切に守らなきゃ、可哀想だ、と同情の念を抱くようになっていった。
この頃になり、僕はなぜ前世で自殺をしたかわかったような気がする。
この世は残酷で、自分勝手な人間たちがうようよと生きている。そんな腐った世の中に嫌気がさしたのではないだろうか。
しかし、みんながみんなそうなわけではない、誰だって心にはダイヤの原石が眠っている。それを磨かず、少し汚れてしまっているだけなんだ。みんなシゲオのように澄んだ心を持っている。
この子だけでもその澄んだ心を大事にしてほしいと、願った。
そして、無情にも時は流れシゲオはこの幼稚園を離れ小学生になり、別れを告げた。
「わんちゃん、お母さん、ここの近くの小学校じゃダメって言うんだ。ここにはいられないんだって。だから、遠くの学校に行く。わんちゃんとは、もう、会えない。またね。いつか、また会えたらいいな。」
シゲオは泣いていた。大きなまつげをたくさん蓄えた大きな目から大雨が降っていた。
僕も悲しくて、でも泣けなくて、ただ、シゲオを見つめることしかできなくて。また、いつか絶対にシゲオに会いに行く。待っててね、シゲオ。
そして、シゲオとは会えなくなった。シゲオのいない駐車場はなんだか、味気なくて、まるで泥舟。
沈みかけた泥舟のようにひんやりとしていて、モノクロの世界のように鮮やかさが居なくなってしまった。
そして僕もこの世に別れを告げる時が来た。
死期というのは案外わかるもので、ああ、死ぬなとわかった。
これで償うことができたのかな?と心配になったが、1人の少年の人生に少しだけ寄り添えたことが僕には嬉しかった。
だけど、それだけが心残りだった。
学校に行って、ひとりぼっちになって、僕のように自殺なんかしないだろうか?それだけは、ヤダ。絶対に。命とはそんなに軽いものではない。
そんな思いに駆られながら、僕は寿命を全うし、生き絶えた。川は尚も細く、されど強く流れ続けていた。
*
「お帰りなさい!償うことができたみたいですね!」
子供のような"何か"にそう話しかけられ、どこか懐かしかった。
どことなく、シゲオに似ているような気がした。
「償うことが、できたのかな?」
「生きるって大変だけど、素晴らしいことでしょう?そう感じませんか?」
「そうだね、世の中捨てたもんじゃないって思えたよ。生きるって奇跡だなって。命ってかけがえのないものだなって感じた。今の僕なら全てを愛して包み込むことができるような気がするよ。」
「その思いが大事なんです!何ごとも小さな一歩から!ところで、輪廻転生の件ですが、おめでとうございます!あなたは、犬の一生を通して、輪廻転生の許可が下りました!」
「また、自殺しないかな?人生を歩んでいけるかな?」
「今のあなたには、生き抜く力があるはずです!自分に自信を持って!では、転生しますが、よろしいですか?」
いきなり、転生するんだ。正直、うまくやっていける自信はない。そして、直感的にシゲオの顔が思い浮かんだ。
「ちょ、ちょっと待って。」
子供のような"何か"は訝しげにこちらを覗く。
「そのバインダーって死者の情報が載ってるんだよね?」
?が頭の上からあからさまに見てとれる顔をした。
「はい、見れますが…。」
「例えば、過去とか未来とか、死んだ人とか死ぬ人の情報ってわかるの?」
「わかりますよ、オンラインに接続すればなんでも見れます。」
「なら、シゲオはまだ、死んでない…?それだけが心残りなんだ。」
合点がいった顔をして、バインダーを覗きこむ。
「こういう個人情報は言えない取り決めになっているんですが、大丈夫、きっと分かりますよ。では、時間です。転生のご準備をッ!」
え、そんな無理やり。
シゲオ…。死なないでいてくれ…。せめて、自殺だけは…。
「心配そうな顔をしていますね、そんなあなたに魔法の呪文を教えてあげます。私の名前はアラタ。この名前があなたに力を与えてくれます!それでは頑張って!冥界から応援してます!」
アラタか、思い出したよ。
そして、僕は魂と剥離する。
あ、知ってるこの感じー…。
*
「ほんとかっ!今すぐ行く!」
青年は、走る。ただひたすら走る。
妻のシンコは、出産予定日を少し遅れて、お産になった。
その日は、ちょうど仕事が少なく、早めに帰宅できる日だった。
その時、急にスマートフォンが鳴り出し、赤ちゃんが生まれるというのだから、言葉がでなかった。ただそこに突っ立っていた。
思えば、シンコとの出会いは必然であったのかもしれない。
青年はずっとひとりぼっちで生きてきた。友達もできず、幼稚園時代には母の不倫でいじめられた。
その時心の支えにしていたのが、近所の野良犬だった。
その柴犬は駐車場の日の当たる場所でいつも日向ぼっこをしていた。
青年はその犬と、何か通じ合うものを感じ、いつも話しかけていた。
いつの日か、母の都合で遠くの小学校に行かなくてはならなくなった。
柴犬に別れを告げたとき、柴犬は一心不乱に青年を見つめた。澄んだ美しい瞳。大学に入り、その瞳ををシンコの眼に見た。シンコと付き合うようになり、家を訪ねるとあの時の柴犬のような犬を飼っていた。
運命的な何かを感じ取ることができ、シンコは運命の人だと、確信した。
そして今日に至る…。
病室のドアを開け、シンコを見つける。
「元気な男の子ですよ。」
青年は生命の誕生を目にした。
そして崩れ落ち、わんわんと泣いた。
*
転生はうまくいったのか?
また、この感じだ。冥界のことが朧げになっていく。
そして光をいっぱいに受け、僕は生まれた。
僕は最初に左足を出して、この世界に一歩を踏み出した。
ギャーギャーと泣き、母親に抱き抱えられた。
僕は命の尊さを知った。生きるとは何かを知った。だから、もう、命を粗末になんかしない。と誓った。
脳裏にシゲオと木霊していた。
母親に抱き抱えられていると少しして、父親がやってきた。
僕を見るなりわんわんと泣きはじめた、らしい。
僕はその声を聞き何故か安心した。そして、涙が溢れ出てきた。
母親の名はシンコ、父親の名はシゲオ。
そして、僕の名は、アラタだ。
僕の一生 三石 警太 @3214keita
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