第5話 道化

「ふざけんなッ!」

その一言と共にボサボサとした赤い髪の女が放った拳が大木を穿つ、その威力は大木に残った焦げ跡が物語っていた。

「これから先死ぬまでこの身体のままだって?そんなの死んでも御免だ!今すぐに戻せッ!」

外見からすると17.8くらいの年齢だろう、しかしその外見からはあり得ない程恐ろしい形相で眼前の異形を睨む

「いやー...そう出来るのならそうしたいんですけど...そればっかりは『雇い主』に頼むしか...」

そう言って異形は困った様に目を逸らす

「ならそいつを連れて来い!今すぐ!」

「ですから...その『雇い主』が現状行方不明でして...なので現状貴女達を戻す方法は...」

「そんな...もう戻れない...?なんの冗談だよ畜生ッ...!こんな身体じゃもう『...」

最後の方はあまりにも小さい呟きで聞き取る事は出来なかった。相当ショックだったようで今にも泣きそうな声色であった。

1人の少女がその様子を見ていた、銀色の髪、白を基調とした服、そして透き通った緑色をした1本の槍を持つ少女、...もっともその少女も先程までは『少女』では無かったのだが...が口を開いた

「...そもそもこの白刃をなぜそこまで欲するんだ?それに先程の腕といいお前は一体...?」

赤い髪の少女は唐突な質問に一瞬聞き流そうとしたが質問の主が誰なのかを理解した瞬間少し考えこみ、次の瞬間には先程までの鬼のような形相では無く満面の笑みを浮かべながら嬉しそうに話し始めた

「いやーそれがね?実は俺金欠になっちゃってさ?大変だーこのままじゃ人生終わっちゃう〜ってしょげてた時にこの森の伝承、つまり『白刃』の存在を思い出したのよ、そんでそれを見つけて売り払えば一獲千金!将来安泰人生勝ち組ィ!ってわけで食料もってレッツトレジャーハント!しに来たのは良いんだけどまぁ伝説上の存在の刀がそんな簡単に見つかる訳もなく...持ってきた食料も無くなってそろそろ帰ろっかなー真面目に働くしか無いかなぁー!ってぼやいてたてたまさにその時!君が伝承にある『白刃』と瓜二つの刀を持ってたのさ!さっきはごめんねー?痛くなかった?俺自暴自棄になっててさ、つーい手が出ちゃった...あっさっきの腕は最近流行りの厨二ハンドって商品だよ?オレニトクベツナチカラガアルワケジャナイヨーホントダヨー」

...流石に見苦しすぎただろうか?こんなその場凌ぎで頭に浮かんだ言い訳繋げただけの嘘じゃ満足しないだろうな...それに女にされたせいなのか『炎』すら出せねぇ...もしこれ以上質問されたらまず...

「そうか、そういう訳か。了解した。」

「そうだよねー怪し過ぎるよn...へ?」

「へー今の人間って変なもん作りますねー。所で...厨二ってどう言う意味なんですか?」

「......」

信じるのかよ

いや普通自分の腕焼いた奴を、鬼のような形相で喚いてた奴をそんなアッサリと信用するか?まさか信じたフリをしてこの後俺を...

「それよりお前に一つ頼みがあるんだが」

「...なんだい?」

さて、何を頼むつもりだろうか...少なくともタダでは済まないだろう、最悪命に関わる頼みかもしれない...待てよ、今の俺って女にされてるんだしそのまま売り飛ばされて...

「ここから都市まで案内して貰えないか?私はこの森から出る道を知らなくてな...」

「...へ?そんな事で良いの?ホントに?」

「...?あぁ、今私がお前に頼みたいのはそれだけだ。何か問題でもあるか?」

...表情から察するにどうやら本当にそれだけのようだ、こちらとしては都合が良いが...ここまで来ると逆に心配になってきたな...

「そういうことならまかせてまかせて!帰りの為に目印があるから!」

「目印?...まぁいい、案内してくれ。」

そうして共に今来た道を歩いて行く、奴の言う目印とはまさか...

「ほらコレ!わかりやすいでs」

言い終わらない内に頭をとてつもない力で掴まれると共に足が地から離れ宙吊りになる

「貴方でしたか、この焼け跡の犯人は。」

相当お怒りなようで、にっこりと微笑むその顔とは裏腹に頭を掴む指にはギリギリと力が込められてゆく、めちゃくちゃ痛い、あまりの痛さにもがく事すらできずにブランと脱力したように吊り下げられる。もがいたらむしろ悪化する部類の痛さだ。だがそれで済んでいるだけまだマシなのだろう。

「ごめんなさいは?(ニコッ)」

「...ごべんなざい。」

「結構。」

その言葉と共に頭を掴む指が離されドサっと倒れ込む。離されて尚痛い、アレ絶対食い込んでた、絶対。余りの痛みに謝罪の声がおかしくなったが泣いていない、痛みでまだ動けないけど泣いてないもん。

「...まぁ、今回ばかりはコイツのお陰でこの森を出られるんだ、許してやってくれ。」

「ハハハ、そうじゃなければ謝罪だけで済ませていませんよ。」

そう言った異形は悪戯っぽく笑ったのであろう、しかし目が笑っていない事は元機械の主人公にですら理解できた。

しばらくしたが赤い髪の少女は身動き一つ取らずに突っ伏している。死んでしまったのだろうか?とすら思いかけた時ゆっくりと、ふらつきながら立ち上がり三度目を擦った後ぎこちない笑顔で振り向いた。

「...よし(ボソッ)...さ、それじゃあ案内するからついて来てねー。」

「...」

赤い髪の少女が精一杯の元気を振り絞って出したその声は何処か弱々しく、とても震えていた。

そんなこんなで焼けたトンネルを2人と1体で歩いていく。この焼け跡も時間をかければ森の木々が修復するのであろうが、一応通った道を修復しておくよう蜂へと指示を出す。暫くは黙々と歩いているだけであったが先ほどのショックから完全に立ち直ったのか赤い髪の少女が口を開いた

「そう言えば!君の名前まだ聞いてなかったね、教えてもらっても良いかい?」

「私の名前はW、以上だ。」

「え?...君のような可愛い女の子の名前そんな殺風景なの?それじゃ流石にかわいそうだよ...他に呼び名とかあだ名とかさ!そういうのは無いの?」

「あぁ、別の名など存在しない。そもそも必要が無いだろう。」

「そんなぁ...じゃあさ、俺が可愛い名前考えてあげるから!それが君の名前って事でさ!良いかな...?」

「なぜお前がそこまで私の名前にこだわるのか理解に苦しむが...まぁ好きな名で呼ぶといい。」

「ヤッター!それじゃあどうしよっかなー...君に似合う可愛い名前...可愛い名前...よし!決まった!」

そう言って赤い髪の少女は足を止め振り向きとても嬉しそうに笑いながらその名を告げた。

「君は今日から『ヴィレア』、ヴィレアちゃん!どう?気に入った?ねぇねぇ!」

「お前が私をどう呼ぼうと私には関係ない、お前にとって私はヴィレアという名である、それだけだろう?」

「わぁ思った以上にドライな反応でもこれはこれで...」

私の名称はWだ。コイツがなんと呼ぼうが関係は無い。無いのだが...まぁ、

その時見たヴィレアちゃんの顔は今でも覚えている。それまで呆れた表情や本気の顔を少し見たりはしたが基本無表情と呼べる表情ばかりであった。だが、その時彼女は初めて...

「悪くは無いのかもしれないな、その名も。」

微笑んでいた。

その時のヴィレアを見て赤い髪の少女は初めて彼女に出会った時と同じ状態になった。頭が真っ白になりただ呆然とその顔を見つめていたのだ。永遠とも思える数秒間の後、ハッとし慌てて先程の調子で話し始める。

「そうだ!俺の名前まだヴィレアちゃん知らないんだった!」

「ん?そういえばそうだったな...だがそこまで名前というのは重要なのか?」

「当然だよ!そうだねー...俺の名前はねー...『ザフィラ』、ザフィラだよ!覚えた?」

「あぁ、了解した。それじゃあ進むぞ。」

そう言うとヴィレアちゃんは無慈悲にスタスタと歩き始めた

「待って待って待ってよ!?えっ今俺名乗ったよね?名乗ったんだよ!?」

必死に足に飛びつきズルズルと引きずられるようにしてヴィレアちゃんを呼び止める。だがヴィレアちゃんはこちらを見ることすらせず歩き続ける

「あぁ、確かにお前は名乗っていたぞ。それがどうかしたか?」

「いや、呼んでよ!名前ッ!」

「それに意味があるのか?」

「大有りだよ!?せっかく教えた俺の名前だよ!?呼んでよ!せめてあだ名でもいいからさぁ、ねぇーお願いお願いお願い...」

「...何をしてるんですか?貴女は...」

その時忘れていた存在が哀れみのこもった声で後ろから歩いてきた。そういえば居たな、コイツ...

「...お二人の為に寄ってきた悪霊共を一掃していたら無慈悲に修復される木々にいつの間にやら飲み込まれ、無事かどうか心配しながらやっと戻ってきてみれば...いい年した元男が何をしているんですか?」

全く会話に参加してこないなと思ってたらそういうことだったか、正直戻ってこなくてよかったのn

「...何考えてるのか、顔に出てますよ?」

そう言って籠手をコキコキと鳴らし始めニッコリと笑う。

その笑顔と手の動きが先ほどのトラウマを否が応でも思い出させる。

「アッハイ、サッセン。」

気づけば俺は立ち上がり腰を直角に折り曲げ謝罪をしていた。

そこから先は特に話す事もできず、結局ヴィレアちゃんに俺の名前を呼んでもらうことは出来なかった。そして黙々と歩き続けてしばらく、

「おっと、」

突然異形が足を止めた

「すみません、この辺りで限界ですね。」

見ると異形の大太刀が異様に蠢き、微かに声のようなモノすら聞こえてくる。一体ナニで作られてるんだろうか、アレ...

「そういえば人の多い場所に近づくと暴走するから途中までだったな、短い間だが世話に...むしろ酷い目にあったがな。」

ヴィレアちゃんは自分の体を見回した後責めるような目で異形の目を見た。

「アハハ...すみませんねホント...『雇い主』の捜索は自分に出来る範囲で全力を尽くしますので...ですがそれだけでは詫びとして不十分でしょう、ですのでコレをどうぞ。」

そういうと具足の隙間から器用にとても古ぼけた両面が黒く塗られた丸い板のような物を取り出しヴィレアへと手渡した。

「これは?」

「それは自分を呼ぶための鏡です、磨いて光さえ当てて頂ければ何処へでも即座に駆けつけますので!困った時にお使いください。あっなるべく人の多い場所で使用しないでくださいね?呼ばれて飛び出た瞬間暴走とかシャレになりませんので...」

「なるほど、使う事は無いと思うが...まぁ持っていて損は無いか。」

「それではまた、願わくばこの森で会えますよう。」

「私がこの鏡を使うような状態に陥ることは無い、心配は無用だ。次に会う時までに『雇い主』の手がかりが見つかっている事を願う。」

そうしてカブトムシと別れようとしたのだが

「あぁそうだ、ザフィラさんに一つ言いたい事が。」

そう言って耳元に小さな声で

「あの方に手を出したら頭砕く程度で済むと思わないでくださいね...?」

と冷ややかに警告し

「それではまたー!」

とだけ言い残し消えるようにして立ち去った。

「酷い目にあったが、それ以上に奴には世話になったのかもしれないな。...?どうかしたのか?」

「ドウモシナイヨーダイジョウブダヨー?」

異形が最後に言い残した警告はザフィラに深く突き刺さっていた。

そうして異形は去ってしまったが前に感じた気配のような物はすでに感じられなかった。やはり蟲骸への恩はとても大きかったようだ。

その後は俺の名前をヴィレアちゃんに呼んでもらおうと色々話しながら歩き続けていた。そうして街の近くにまでやって来たのだが...

「...そろそろ街に着くんだけどさ、ヴィレアちゃん、」

「やっと着くのか...どうした?何か問題でもあるのか?」

「...実はこれから君を連れて街ってさ、とある企業のお陰で物凄く発展した街なのさ。それも国の中央部と呼べるくらいのものでね...よくこの街は治安も衛生環境も最高で老若男女が楽しめると謳われるレジャースポットもあったりで住みたい都市No1に何度も選ばれたりしてるんだ。確かにこの街は発達してる、いくつもある高層ビルは全て部屋が埋まっているしホテルはいつでも予約が取れない程のまさしく誰もが羨む街なのさ、表向きは。」

そう言うと珍しくザフィラの顔から笑顔が消えた。

「でもそれはあくまで表向きで、隠れた面は見れたもんじゃ無い...その企業を中心に汚職、違法取引、人身売買、が毎日のように行われてて...そういえば、最近は企業が秘密裏に兵器を開発してるってネットの噂がいつの間にか抹消されたりしてたっけ?...まぁとにかく世の汚点全てを揃えたおぞましい場所さ。だから街に着いたらすぐどこか遠い場所に移動するべきだ。この街に...というよりはあの企業には関わらない方が...」

「いや、」

そこまで言った所で話が遮られた。

「むしろ好都合だ。」

「...は?」

「私はそもそも世界の悪を滅するために存在している、汚点の根幹がある場所に最初から行けるのならばむしろ都合がいい。」

...この子は冗談でも言っているのであろうか、この街の汚点、すなわち企業を潰す...か。

「それができれば楽なんだけどね...やめておいた方がいいよ、警察も軍隊も、全部奴らの言いなりになってる。」

自分でも驚くほど真面目な顔で警告する、あの企業に関わった連中がどうなったのかいくら調べてもわからなかったんだ、大体の察しは付く、ヴィレアちゃんにはそんな目にあって欲しくは無かった。だが

「そんな物私の知った事では無い。どんなモノが相手であれ悪は滅する、それだけだ。」

俺の警告はアッサリと一蹴された。

彼女の顔はとても冗談を言っているようには見えず、それどころか表情の変化すら無かった。

「...そこまで真面目に言われちゃ止めようが無いね...ならこの街の案内は俺に任せてね!色んなところ歩き回ってたから!」

「そうか、なら任せた。」

「任されましたとも!」

そしてついに森を抜けて街が見えた。ここからまだ少し距離はあるがそれも少しであった。そうして街へとたどり着いたのだが...町と森への道を隔てるあからさまな立ち入り禁止のバリケード等が焼け爛れているのは気にしたら負けだ。いいね?

「やっと街に着いたねーヴィレアちゃん!」

「そうだな、なら早速この世界における汚点を排除して...」

「待って、ヴィレアちゃん、」

「どうかしたか?」

「その前に一つやらなきゃいけない事があるんだよ、とっても大事な事が...」

そう言ったザフィラの顔は先程のように真面目な顔であった。

「一体なんだ?その大事な事というのは...」彼女から笑みが消えたと言うことはよほど大切な事なのだろう。

「それはね...ヴィレアちゃん...」

結論を言うまでに多少間が空く、その間によりその場の緊張感が増してゆく

「それは...」

その緊張感の中ついにザフィラは結論を出した

「『食事』だよ!」

結論と共にザフィラがその場にブッ倒れた直後盛大に腹が唸りを上げる

そう、何を隠そう彼女はここ暫く

何も食べていなかったのである。

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