21の4話  二人。』

◇◇◇




 数週間後、初めて足を踏み入れる教会という空間。

 チャペルへと続く大きな扉の前で、僕は緊張していた。


 身を包んでいるのは、銀にも似たグレーのタキシード。

 柄にもなくヘアワックスで整えられた頭髪も、自分じゃないみたいだ。


「だ、大丈夫よ一瑠いちる、こういうのは構えずに普段通りにいくのがせ、セオリーみたいなもので……」

「いや、母さんこそ大丈夫ッ!?」

「なな、なに言うの、知り合いのツテで用意した、手作りの結婚式よッ、こんなの大丈夫に決まってッ」


「お時間です」

「はひッ!?」


 扉が左右に開き、礼拝堂の赤じゅうたんの上を、僕は母をエスコートして歩く。

 会場を見渡すと、社員さんがなぜかハンカチを噛んでいる姿が見え、その隣で長良さんとチームの二人が手を振っている。見回すと、山田さんや近所の方々もいて。


「ふ」


 主役を食わんとばかりに派手で華やかな二人組を見つけ、思わず笑ってしまう。

 さすが、ホストと姫系は違いますね。

 さらに進むと、ニコニコ笑顔の小豆あずきちゃんと、にやにやよからぬ笑顔の米華まいかちゃん、底知れぬ笑みをたたえたお義母かあさん。


 そして、兄さんが目元をおさえて嗚咽しているのが見えて、僕らは思わず涙ぐむ。


 『……仲直りできたら、絶対しようと思っていたの』


 苺途いちずさんが言った言葉が蘇り、


「……大丈夫?」

「……ッええ、……ッ」


 涙を流す母さんの手を、僕は優しく握った。




 母さんと分かれ、定位置についた僕。


「続きまして、新婦が入場します」


 扉が宮殿のように開き、

 ステンドグラスの光を反射する眩しい白が僕の目に入る。


「……ッ」


 天使がいるなら、きっとこういう外見なんだろうと、本気で思う。


 一歩、また一歩と、その細い肢体で、ひらひらとした布地をひらめかせながら、僕に近づく。

 隣に寄り添うお義理父さんは、石化しながらも歩いていて、笑いを誘う。


 そして、僕らは向かい合う。


 薄く繊細な布地が彼女を包み込み、世界中の全ての汚れたものなど、一瞬で忘れてしまえるような、純真、潔白、……そして。


 苺途さんが、少し頬をピンクにして視線を逸らす。




 ……世界一可愛い、ツンデレ。




◇◇◇




 その日の夜。


 改めて引っ越し直したせいで、少しだけ間取りが変わった僕らの部屋で。

 何だかんだ祝賀会やら二次会やらで、ずっと出ずっぱりだった僕は、ソファに倒れこむ。


「疲れたの、一瑠いちるくん?」


 いつものジャージに着替えた苺途さんが、そっと僕の隣に腰掛ける。


「……さすがにねー、苺途さんは疲れてないの?」

「……疲れたは疲れたけど、その……」


 彼女はふいに微笑み、


「……とっても幸せだったから」

「……そうだね」


 僕も笑顔になる。

 実は、編入試験を蹴って告白したあの日から、断片的な記憶を思い出すことが増えてきている。カウンセリングの度に『経過良好』と担当医には言われているし、本当に幸せなことばかりだ。


「……ねぇ、一瑠くん、今日も何か思いだした?」

「うん。僕がトイレの扉を開けると、トイレの鍵がかかってなくて、それで……」

「それは思い出さなくていいからっ!!」


 彼女が慌てたように、僕の口を遮る。

 僕は、想起したその後の光景と、突然襲った彼女の柔らかい手の感触に、思わずドキッとして。


 二人して、もじもじしてしまう。

 しばらくの間、緊張感のある沈黙がその場を包み。




「……ませんか……」

「え?」


 沈黙を破った苺途さんはもごもごと、


「……りしませんか?」


 その顔を真っ赤にして、前を向いてこちらを見ないまま。



「……子作り、しませんか?」



「……ッ!?」


 意味を理解した僕の思考が、瞬時に沸騰する。


「な、だ、だだってそれはそつ、卒業まで禁止されてッ!?」


「……にゅう、しなければ、いいって……」

「そそ、そうなのっ!? いいのッ!? ……そんないきなりッ!?」


 全身が焼き切れるほど熱を帯びた僕が、冷静さを失ってわたわたするも、


「……いきなり、じゃないわ……」

「……え?」


 彼女は、きゅっと僕の服のすそを掴み、



「……、じつは、……ずっとまえから、……したいとおもってた……」


「……ッ!」


 彼女と、目が合う。

 潤んだ瞳が、僕を捉えて離さず、紅潮した頬も、震える口元も、少しだけ落ちた肩の布地も、全てが魅力的に見えて。


 ……僕は。


 胸が高鳴り、息が苦しくなる。


 ……僕はキミが、


 その苦しさを紛らわせるように、僕らはそっと顔を近づけて。




「……じゃあ、まずは、深いヤツ、……」



「だああああああああああああああああああああすううううううッッッ!!!!!」



 押し入れの襖がバタンと倒れ、お義父とうさんとお義母かあさん。米華まいかちゃんと小豆あずきちゃんと、……ちょっと待て、なんで母さんと、兄さんまで!?


「まま、まさかホントにしようとするなんてっ!? 何考えてるのお姉ちゃんっ!? パパが生きたまま昇天するところだったわっ!?」

「な、……米華っ!? それにみんなもっ!? 何してるのよ一体っ!?」


 真っ赤な顔で抗議する苺途さんに、お義母さんが、


「気になるに決まってるじゃない。……まぁでも、まだ幼い小豆には刺激の強い内容になりそうだったから、仕方なくね? ごめんなさいね、お邪魔して」


 ほほほ、とお義母さんが笑う。

 ……やっぱりこの人、鬼神だ。


 お義父さんと母さんに限っては、もう生きてるのかすら疑うくらいだ。兄さんと小豆ちゃんに介抱されている姿に、なら何で来るんだよ、とだいぶツッコミを入れたくなる。


 僕はそれくらいの心情だったのだが。


「~~~~あ、な、た、た、ちーーーーーっっっ!!!」


 ふるふる震え、顔を真っ赤にして涙目になる苺途さん。


「……いーかげんに、してええええ!!! 特に米華ーーーっ!!」

「お姉ちゃんが怒ったああっ!? ってなんで米華だけぇ!?」

「うるさいっ! どうせあなたのたくらみなんでしょっ!? みなさんもいい大人が何してるんですかっ!」


 そのまま、部屋全体が、わーわーなって。


 周りが騒がしくなる中、僕は一人。



 まぁ、いいですけど、どうしてくれるんですか、この生理的にマズい状況。


 一人、寸止めされたせいで荒れ狂う、己の欲望と必死な闘いを繰り広げ。



 ……結局、こうなるのか。まぁ、いつものことだけど。



 ん?



「……あッ」



 騒がしい空間で。

 僕は、一人、天啓のごとく与えられた完全な記憶に、立ち尽くし。




「どうしたの?」

「ううん、なんでもない」


 一応悟られないように平静を装った。


 ……だってこんなくだらないことで記憶が戻ったとか。

 悔しいから、まだ少し秘密にしておこう。



 僕は一人、彼女と暮らす部屋を見つめる。


 過去は、思い出せたけど。

 未来のことは、これからもわからない。

 

 だからきっとこの先もいろいろあって、また傷つけあうこともあるかもしれない。


 ……でも。




「ねぇ、ところで苺途さん」


 僕は爽やかな笑みをたたえて、彼女を呼び、


「深いヤツって、なんのこと?」


「……っ」



 途端に赤く染まる僕の嫁。その様子が、あまりに可愛すぎて辛いので、


 きっとまた、別居でも、必要になるのかもしれない。



 だって。



 僕の嫁は、ツンデレで、世界一の美少女で、



 今日も、明日も、……僕は、ずっと。




――僕の嫁を、好きすぎてツラいのだから。








              〈了〉

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僕の嫁はツンデレ美少女。……のはずが〇〇すぎてツラいので、お隣へ別居します 或木あんた @anntas

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