第1話 黒城アゲハという女 エピソード1
「雪代!!」つんざくような怒鳴り声が部屋に響き渡る
(あぁ、また父親か…)
ゆっくりと瞼を開ける。
雪代に向かって怒鳴り散らす存在など父親以外存在しないのだから、当然の判断であり、むしろ彼にとって怒鳴り声で起こされることなど日常茶飯事であった。
引きちぎられビリビリになったカーテンから朝日が差し込む。かちりかちりと秒を刻む時計に目をやると、長針は6時少し前を指していた。
(やれやれ…また父親の気に障る何かをしたのか俺は…)目覚まし機能を止め、投げつけられたままのクッションを床から拾い上げる(随分汚れちまったな…)表面をぱたぱたと叩きベッドの上に戻す。割れた花瓶の水で濡れたせいか、少し変色している。
「まぁいいか」雪代はボタンに手をかけながら呟いた。「どうせまた汚れるんだから」
しゃっ、とカーテンを引くと、壊れかけたフックが限界を迎え、バサリと音を立てずり落ちた。またか…と床に落ちた布切れを蹴飛ばし、窓を少し開ける。ひゅうっと風が部屋に迎え入れられ、雪代の前髪を揺らした。
心地の良い風だと、雪代はゆっくり目を閉じた。
ばん、
窓ガラスが少しビビる。
父さんの壁を殴った音だ、雪代は直ぐに気づいた。カーテンを拾い上げ立ち上がると、割れた花瓶から無残にも撒き散らさた花々を掻き集め始める。ちらばった破片が指を血で濡らしてゆくが、雪代は気にも止めなかった。やがて花を全て集め終わると花を抱えたまま彼はノブを引く。
「雪代」
目の前の父親は車椅子に座ったまま雪代を睨みつけていた。「はい、父…おとうさま」頭を深々とさげた。
「お前、これは一体どう言うことだ」
雪代の前にボロボロになったウサギのぬいぐるみが突き出された。
「…」
「これは昨日、私が捨てたはずだが?」
何も答えなかった
「貴様だな?」
雪代はぐっと拳を握った「…はい」
バチン!
頬が強烈に熱く感じた。
「何故そんなことをした?」
「…これは、朝子の大切なぬいぐるみだからです」
バチン!
また頬が熱くなった。
「余計なことをするなと、何度も言っているはずだ」ウサギの顔がグニャリと歪む。
「朝子の大切なぬいぐるみ?」ふんと鼻を鳴らした。「くだらん。執着など、無価値。感情もだ、馬鹿馬鹿しい」とポケットを漁り、小さな鉄の箱を取り出す。
カチンと蓋を弾き、親指で勢いよくホイールを回す。しゅぼっと炎が上がり、頭上のぬいぐるみに燃え広がってゆく。
「物事は全て利益、損得。感情など不要、貴様も理解することだな」燃え上がるウサギの耳を摘み、半開きの窓の前へ移動すると、腕を突き出し、ぱっとその手を離した。
(!!)雪代はサッと青ざめる。その窓の真下は花壇。満足そうに去ってゆく父親を黙ったまま見送り、急いで階段を下って行った。
テンカウント・ラブ 軌条盈 @19991122
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