ほしぞらのしたで
TETSU
ほしぞらのしたで
なにをするにもセンスというのは大事である。運動でも道具選びにしても、絵を描いたり人づきあいをするのにだって、センスというのはある。そうなると必然言葉選びのセンスだって存在するだろう。
かの夏目漱石は「月が綺麗ですね」という言葉を愛の告白だとしたという。なんという、壊滅的なセンスの無さ、そんなので自分の気持ちが伝わる訳ないだろう。いくらなんでも遠まわしに言い過ぎだ。
十月、神無月。星と月の光るのをぼーっと眺めながら僕はそんなことを考えていた。
「まだ虫が多いなあ」
腕についた蚊を振り払う。周りは木に囲まれているため当然といえば当然だった。
リンゴンリンゴン鐘の音が鳴る。もう午後の十一時だ。アラームを止めて立ち上がる。もう帰らないと親も心配するだろう。木々をかきわけて路地に出る、停めておいた自転車に乗って走り出した。
家に帰ると母が出迎えてくれた。父は晩酌をしているようだ。
「また星空?」
「うん、お風呂入るね」
「よく飽きないわよねえ。まったく、誰に似たんだか」
母は僕が夜遅くまで星空を眺めに行くことに対しては別に咎めるでもなく肯定するでもなかった。父の影響で幼いころから星の魅力にとりつかれた僕にとって、ありがたいことである。でもさすがに、僕の夢を言うことはできていない。
「ほどほどにしときなさいよ。寝る前に宿題も終わらせること」
「うん、わかってる」
バスタオルを受け取り浴室へ向かう。お湯を浴びて浴槽に浸かる。目を閉じるとさっきまで見ていた景色が浮かんでくる。その空想の中で僕は火星や月、果てはアンドロメダにだって飛んでいく。
宇宙飛行士というものを、僕は夢見ていた。
「ほんと、誰に似たんだか、だよなあ」
○✕市フォトコンテスト開催
最高の瞬間を切り取ろう!
テーマ、対象は自由
十月二十日〆切、十一月三日発表
ある日学校の掲示板にこんなものが貼られていた。特に変哲の無い、市が主催のフォトコンテストのポスターだ。とはいっても規模は意外と大きく、毎年数千単位の応募がきているようだ。とは言っても写真に興味はないし学校の掲示板でふと見かけたその時は特に気にも留めていなかった。
「なーにしてんだよ」
「うおうっ」
いきなり肩に手を置かれて思わず変な声を出してしまった。
「なんだ、ケータか。ちょっと職員室に用事があってさ」
「ふーん。ま、いいや。帰ろうぜ」
帰り道、小腹が空いたということでファストフードの店に入った。最近は二人で駄弁る機会が増えている。
ケータは高校に入ってからの付き合いで、仲の良い部類に入ると思う。とは言っても僕と違って野球部で部活漬けの毎日だったために今まであまり遊べていなかったのだ。引退してからはケータも暇なようで、よくこうして駄弁るようになった。
「せっかく引退したと思ったらもう高三で進路決めないといけないなんて、かったりーよなー」
「そりゃ引退まで部活やったらそうなるでしょ」
「まあ、そうだよな」
ハンバーガーを食べ終えたケータはちびちびとポテトをつまみながら口を尖らせる。進路なんてよくわかんねーよ、と、まあそれはわかる。僕だって漠然としか決まってない。「マモルはどうすんの?」
「僕は……。普通に大学かな」
「まあそうだよなあ」
「ケータは野球続けないの?上手いんだし」
「んあ?んー」
ズゴゴゴゴとアイスティーを飲み干す。いつの間にかポテトも無くなっていた。
「俺なんかよりセンスあるやつなんてザラにいるからな。それでメシ食えるわけでもないし」
「でも好きなんだろ、野球」
「好きなだけで続けられるほど甘くねーよ」
ケータはそう言って立ち上がり、ゴミ箱に包みを捨てに行った。
「センス、か……」
結局、そういうことだ。好きなことでもそれを貫けるヤツとできないヤツがいる。そして大半のできないヤツはどこかでそれを諦める。ケータの場合はここ。父の場合は最近。それだけのことだ。「好き」だけでなんでもかんでもできるほど甘くない。
ケータと別れた後は家に帰り、辺りが暗くなってから星を見に出かける。夜に勉強をやるのは効率が悪い、だったらリラックスタイムに当てた方がいい、勉強は朝と夕方にやってる、などとそれらしい理屈を並べて僕は受験生のくせにこうして毎日あの場所で空をぼーっと眺めている。路地に面した森、というか雑木林を少し進んだ先にちょうどよく木の枝が被さっていないところがあり、光がまったくないこともあって星がよく見えるのだ。光を外に向けて置いておけば虫は寄り付かない。そこは僕にとって夢のような場所だった。
星を眺めているときはいろいろなことを考える。勉強のこと、将来のこと。でもどんなに考えてもそれはそのときだけのもので、家に帰るころにはもう忘れてしまう。
今日はフォトコンテストのことを考えていた。あれに応募する人はきっと写真が好きなんだろう、でもどれだけの人がそれを続けられるのだろう……。
時間が来て、いつものように家に帰ろうと自転車にまたがる。
「こら、待ちなさーい」
ペダルを漕ぎだそうとした瞬間、後ろから野太い声が聞こえてきた。まずい、警察だ。こんな時間に出歩いている高校生は絶好の補導対象だ。
しかし幸いまだ距離はあるようだ。今から全力で逃げればなんとかな……
「待って、待って」
すぐ後ろから今度は女性の声。ギョッとして振り返るとそこには僕の通う高校の制服を着た女の子がいた。
「乗せて!」
「はあ?なにさいきなり……」
「いいから!」
後ろを指さし、来ちゃうからと急かされて何が何だかわからないまま僕はその女の子を後ろに乗せて力強くペダルを踏みこんだ。
しばらく漕いでいるといつの間にか警察の声が聞こえなくなったため、とりあえず公園で休むことにした。
「いやあ危なかった。ありがとね」
ほい、と缶コーヒーを手渡してくる。正直水かお茶が飲みたい。しかもこれブラックだし。
「あれ、ダメだった?お父さんはいつもこれだったから男の人はみんなそうなのかと思った」
なにを言ってるんだこいつは。だいたいこいつは何をしていたんだ。いやそれよりその服装はどうした。こんな時間に制服を着てるなんて。
「写真撮ってたらいつの間にかこんな暗くなっちゃってさ、警察の人に補導されそうになって、キミがいて助かったよ」
「……それはどういたしまして」
どうやらこの女の子は制服にカメラを携えて、今の今まで夢中に写真を撮っていたらしい。普通に考えれば変なヤツだ。しかし僕はフォトコンテストのことを連想したので、すぐに立ち去ることはなかった。
「もしかして、フォトコンテスト用の写真を撮ってたの?」
「おお、よくわかったね。ていうか、キミはなにをしていたのさ」
「星を眺めてたんだよ。趣味でさ」
「……それだ」
「え」
「それって明日も行くの?」
「まあ」
「そっかそっか、わかった」
「なにがわかったのかわからないんだけど」
「いいからいいから。じゃあわたし帰るね。バイバーイ」
彼女は手をふって駆けて行った。
翌日僕はケータに彼女のことを話した。一体彼女は何者なのか。なぜだか無性に気になった。
「お前それ、あのカメラ女か?」
「カメラ女?」
「最近引っ越して来たやつでさ、いっつもでかいカメラ抱えてるやつだよ。名前は、えーと、なんとかリョーコだ」
「ふうん」
「なんでそんなこと訊くんだ?」
「いや、ちょっとな」
ケータは特別興味はないようで、それよりも宿題を忘れたことを嘆いていた。
「……リョーコってやつは、よっぽど写真がすきなんだな」
「なんか言ったか?」
「いや。それよりほら、宿題写していいぞ」
「お、サンキュ」
それにしてもカメラ女、なんて変な異名を持っているあたり、やはり変な女には違いなさそうだ。
もう関わってこないといいのにと思ったが、それが叶うことはなかった。
その夜、なんと彼女はいつも僕が自転車を停めているところに立っていた。当然のように首からはカメラがかかっている。
やっぱりいるよねそりゃ。面倒なことにならないといいけど。
「案内してよ。星、撮りたいんだ」
「それならそうと昨日言ってくれればよかったのに」
「だってそしたらキミは嫌がるでしょう?もしかしたら、時間やこの林に入る場所を変えちゃうかも」
それは正しかった。僕も嫌な予感がするというだけで時間や場所を変えるのは流石にできない。もうこうなったら諦めて案内することにした。
「こっちだよ」
「おじゃましまーす」
いつもの場所につくと後ろからおおおと感嘆の声が聞こえてきた。そんなに驚かれるとこっちもなんだか嬉しくなる。
「すごいだろ、ここ」
「すごいよ、ありがとう」
「そうだろ。じゃあ僕は空を眺めてるから、適当に終わったら声かけて」
夢中になって空にカメラを向けるリョーコにそう言って木の根元に腰掛ける。自分の好きなものが褒められるのは悪い気分ではなかった。
しばらくぼーっとしていると下から写真を撮られる。
「ん、おっけー」
どうやら撮り終わったらしい。びっくりしたけど幸い腰を抜かす程ではなかったので立ち上がれそうだ。
「じゃあ、帰ろうか」
「ちょっと待った」
彼女は立ち上がろうとする僕の袖をつかむ。
「せっかくだからさ、ゆっくりさせてよ」
「まあ、いいけど」
どうせ今日だけだ、と僕は彼女の誘いに乗った。した話は昨日のバラエティー番組についてだとか、好きな人の話とか、そんな他愛のないものばかりしていた。僕が彼女の名前を知っていたことには不思議と驚いてはいなかった。
「写真、好きなの?」
「うん、とっても。キミが星を好きなのと一緒だよ」
「じゃあ、将来はカメラマンとか?」
「うん。だから今度のコンクールで入賞したいんだ」
そう答えるときだけ、リョーコの顔は妙に子どもっぽく見えた。
「まあ、いままで何の賞もとれてないんだけどね」
「ふうん」
そういえば、随分昔に今と似たような感じで誰かと話した気がする。
宇宙飛行士になりたい、と思ったのはまだ幼いころ、5歳か6歳位の頃だったか。父と母に連れられてキャンプに行った夜、僕はすぐに星空の虜になった。普段あまり会うことのない父の両腕に抱えられながら、まっくろな空にきらきらと輝く星々を夢中で眺めていた。
「見えるか、あれ。あれが火星だ」
「かせい?」
「ああ。父さんはあそこに行くためにがんばってるんだ。世界ではじめて火星に行った人になりたいんだよ」
難しいことはよくわからなかったが、それを話すときの父はちょうど彼女と同じように子どもっぽい顔をしていた。
少し経ってテントに戻った後、僕はもう一度だけ星が見たくなって一人で外に出た。相変わらず吸い込まれそうな夜空を見上げているといつまでだってそうしていられる気がした。
「こんばんは」
「こんばんは……?」
「ほし、きれいだね」
いきなり話しかけてきたのは女の子だった。夜空を眺めているようだったが、なにやら両手の親指と人差し指で妙なことをしている。
「それ、なあに?」
「パパにね、おしえてもらったの。こうやってしゃしんをとるんだって。あたしもおおきくなったらパパみたいになりたいから」
子どものときになりたいものなんてスーパースターの職か親の職かなのだ。僕も彼女も多分に漏れずそうであった。
「ぼくはね、かせいにいくんだ」
「かせい?」
「うん。いちばんはお父さんだからにばんめだけど」
「じゃあ、あたしはかせいのしゃしんをとるわ。やくそくね、マモルくん」
彼女は僕の服に刺繍してある名前をみて、小指を差し出した。
「うん、リョーコちゃん」
僕も同じく小指を差し出し、指切りをすると程なくして双方の父が迎えに来た。
そのときの女の子と彼女の表情が瓜二つであったためにこんなことを思い出してしまった。いや、もう「女の子」と分けるのはよそう。それはほとんど確信できるものだった。
「キミは、あのときの……」
「やっと気づいたの?マモル君」
「うん。……キミは、まだカメラマンを目指しているの?」
「名前でいいよ。うん。目指してる。マモル君は?」
そのとき、僕は嫉妬していたのかもしれない。あのときと同じく夢をみることのできている彼女に。
「無理だよ。僕も、リョーコも。リョーコだって、まだ結果が出ていないんだろう?活躍する人でこの年ぐらいだったらなにかしらの功績はあるはずだ」
こんなことをまくしたてるのは恥ずかしいことだと自分でも思う。でも、止まらなかった。
「……僕にもリョーコにも、夢を叶えられるだけのセンスはないんだよ。だから……」
「なにもせず諦めるしかない、って?」
リョーコは怒るでもなくただ悲しそうな顔をしていた。それに気づいて僕が何も言わなくなるとしばらく沈黙が続いた。
「……帰ろっか」
二人して俯きながら林を抜けて自転車に乗った。
「わたしはわからないけど、マモル君にセンスがないなんてことはないよ。……わたしが、証明するから。そしたら……、また指切りしようね」
そう言って自転車を降り、彼女は駆けて行った。
家に帰ると父はいつものように酒をあおっていなかった。
「時間あるか、この後」
「この後って、もうこんな時間だよ」
時刻はもうすぐ日をまたごうか、というところであった。
「まあ、いいじゃないか。久しぶりに星を見たいんだよ」
「え……」
本当に?と問い返すが、父はどうやら本気のようだ。それならばと外に出て、再び自転車にまたがり、荷台に父が座った。漕ぎ始めるとバランスがとりづらいのか必死に僕にしがみつく父。後ろから感じるたった一つの感覚に僕は胸が痛くなった。
「すまんな」
「いいよ、ぜんぜん」
父が片腕を失ったのは突然のことだった。訓練に行く途中、衝突事故に巻き込まれ、何とか命は助かったものの右腕が壊死していて、医者が来る頃にはもう切断しなければならない状態だったという。そのせいで宇宙飛行士になる夢はついえてしまった。
「まあ、いいきっかけだったよ。仕事ももらえないしそろそろやめようかと思ってたからさ」
父さんがこの話を自分からしたのははじめてだ。事故の後、僕と母は「宇宙飛行士」やそれに関係するワードをなるべく使わないようにしていたし父もそれについては口にしなかったから。
「……父さんはさ、どうして宇宙飛行士になろうって思ったの?」
「ん?そうだなあ……、好きだから、かな」
「それだけ?」
「あとカッコいいから。どうしてそんなこと訊くんだ?」
「それは……」
僕も宇宙飛行士になりたいからという答えは出ない。右腕を失った父の姿を見て、軽々しくそんなことを言ってはいけないような気がした。
「なあ、マモルはさ。父さんが後悔してると思うか?」
「…………」
「父さんはな、後悔っていうのは自分に嘘をついたときに感じると思うんだ。やりたいことがあるのに、周りの価値観や自分の力量への不信からそれをやらない。そして後悔する。だからね、父さんは後悔なんてしてないんだよ」
それは、今の僕を指摘しているかのようだった。
「だから、もしお前が宇宙飛行士になりたいと言っても別に咎めはしないさ」
僕は何も言えなかった。何を言えばいいのかわからなかった。父もそれ以上何も言うことはなかった。
それから一月も経たないうちに、時間あったら付き合って、とリョーコが家を訪ねてきた。
「なにをするのさ」
「今日が発表なの。みにいこ」
発表、というのはフォトコンテストのことだ。そういえばもう当日の昼だったが正直父に言われたことをずっと考えていたため忘れていた。
会場である市民ホールへ向かうと、入り口付近から入選作、優秀賞、特別賞、最優秀賞と掲示されていた。
リョーコの意思により奥から見に行くことになった。最優秀賞の作品は素人目に見ても「上手い」と思った。なんだか引き込まれるようで、その点で言えば星空に似ている。
特別賞にも優秀賞にもリョーコの作品は無かった。
「ちなみに自信はあるの?」
「そりゃあもう。あれで入選して無かったらきっとわたしを陥れる陰謀がはたらいてると考えるしかないよ」
自信満々に入選作が掲示されているところを通る。端から見ていくことにした。一番端の壁には……ない。真ん中は……ない。そして最後の壁、そこには妙に引き込まれる作品があった。広がる星空、その右側には
「……僕?」
「あー、ほら。あったじゃん。もう、わたしが見つけたかったのに」
リョーコはふくれていたが、どうやら本当にリョーコが撮ったものらしい。
「信じられないって顔しないでよ。わたしも不安だったんだからさ」
それからしばらく他の作品をじっくり見て歩いた。リョーコは安心したからかこれは綺麗、これよくわかんないとしきりに話しかけてきた。しかしどれを見てもリョーコのものが一番「上手く」見えた。それこそ最優秀賞にもひけをとらないくらいに。
「もうこんな時間かー。マモル君、ご飯食べよ」
時刻は六時を回っていた。もう外はすっかり暗くなっている。
「いいよ、どこ行こうか」
「あそこ、行こうよ。また星がみたい」
「いいけどご飯は?」
「作ってきたからさ」
ほら、と持ち歩いていたバッグを見せてきた。そういうことなら、僕も星はみたいしまた一緒にあの林へ行くことにした。
着いてみると手元のお弁当なんてまったく見えないほど暗くなってしまっていたが、作ってきてくれたのはサンドイッチだったようで、僕は手渡されたそれを頬張った。レタスにハム、チーズというベタなサンドイッチだが、おいしい。
「こんなんでも星の下で食べるとおいしいから不思議だよねえ」
そう言いながらリョーコはずっと上を向いている。僕の視線に気づき、もう一つ食べる?と勧めるのでありがたくいただく。
「ね、なんでだと思う」
「何が?」
「こういうところで食べるご飯がおいしい理由だよ。不思議じゃない?」
「そうだな……。きれいだからかな」
子どもみたいなことを言うけれど、でもこれ以上説明することはできなかった。
「それじゃあ第二問ね」
「今度はなにさ」
「わたしが今回の『風景写真』のコンテストで、減点されると解っていながらマモル君を写したのはなぜでしょう」
「え、あれ良くなかったの」
風景写真ということも、人が写っていたら減点というのも知らなかった。じゃあもし僕を写さなかったらあの最優秀賞にも張り合えたんじゃないか。
「まあ、良くはない……ってか、悪いよね。どっちかっていうと。それよりもさ、わからない?ヒントはさっきの質問だよ」
ヒントのせいでますますわからない。星と、減点を敢えてくらったのとなんの関係があるというのだろう。
「……わからない」
「ぶっぶー。正解はね、きれいだからだよ。さっきの質問の答えそのまんまでした」
「きれいだから?」
「ていうか、きらきらしてるからっていうのかな。あの写真を撮ったとき、星を眺めているときのマモル君は、とってもきらきら輝いて見えたの。見上げている星にも負けないくらい。わたしはそれを撮っただけ。それが一番良く撮れたからそれを出しただけ。だからわたしが賞をとれたのはマモル君のおかげなんだ」
「そんな、僕は何も……」
「なにもしてなくてもいいんだよ。星だってただ輝いてるだけでしょ?それだけで、人の心は揺さぶられちゃうんだよ」
まさかそんな風にみられていたなんて。思い返せば、確かに星を眺めている間は余計なことはなにも考えていなかった。ただきれいな、無数の星々がそこに在るだけだった。
「だから、ちょっとがっかりしちゃった」
「え?」
「マモル君、夢を、好きなことを諦めたみたいだったんだもの。全然きらきらしてなかった」
好きなことをいつしか諦める。それは普通の人はおそらく普通にすることだろう。子どもの頃にパイロットに憧れた子どもがサラリーマンになり、パティシエを夢見た女の子が主婦になるように、ほとんどの人はそうして夢を諦めているはずだ。それが大人になること、の、はずだ。
「でもね、今日のマモル君はなんだか昔に戻ったみたいな感じなんだ」
「昔……」
「宇宙飛行士になりたいって言った、子どものときだよ」
子どもの頃に戻ったみたい、なんて恥ずかしいことのはずなのにリョーコにそう言われることはなぜか嫌じゃなかった。子どもであるということは、好きなことをしているということなのかもしれない。逆に言えば、好きなことをしていれば誰だって「子ども」なのだろう。そして、僕は「子ども」でいたかったのだ。
「そういうリョーコだって。ずっとカメラマンを目指すなんて子どもみたいだよ」
「そうかもね、あはは」
今ここにいる僕たちは、昔のまま変わってなどいなかった。星が好きな僕。写真が好きなリョーコ。宇宙に飛び出したい僕。きらきらを撮りたいリョーコ。結局僕たちは子どものままだったのだ。
「じゃあ、ほら、約束。忘れてないよね?」
リョーコが小指を差し出す。僕もそれに応える。
「もちろん」
そして僕たちはまた指切りをした。
夜、インターホンが鳴り玄関に出るとリョーコがいる。
「早いな」
「いやあ楽しみでさ。さ、いこいこ」
リョーコは素早く自転車の荷台に座る。僕たちはあれから一緒に星を見に行くようになった。もちろんお互いの都合が合うときだけ。
あの後父と母には宇宙飛行士になりたい旨を伝えた。父は賛成、母は当然心配していたけれど、父の説得もあり最後には納得してくれた。先生にはさすがに反対されるかと思ったが意外とすんなり受け入れられた。それどころか宇宙飛行士になるのに有利な大学をピックアップしてくれた。がんばれよ、と応援してくれた先生には多分一生感謝するだろう。
ケータにも話した。少し驚いただけで、そんなに衝撃もなかったようだった。
「俺もさ、大学で野球続けることにしたんだ。やっぱ、好きだからさ。やめらんないわけ」
そう話すケータが眩しかった。お互い頑張ろうな、と握手を交わすとなんだか照れ臭かった。
この林でリョーコに出会い、言い争い、それから父の本音を聞いて……。いろんな支えを受けている僕は、子どもみたいかもしれないけど昔とは違うのだ。
「いやあ相変わらずきれいだねえ。将来マモル君はあっちに行っちゃうのか」
「そんなのまだわかんないし行ったとしてもずっとは無理だよ」
「もし火星に住めることになったら一緒に行こうね」
「聞いてないし……」
「マモル君、ほら、みてよ」
「なに?」
「今夜は、月がきれいだよ」
リョーコは月に見とれている……かと思ったらしっかりこちらを向いていた。
「それは、夏目漱石のやつ?」
「ふふふー。さあ、どうでしょう?」
リョーコはぷいっと月の方を向いてしまった。
「わかんないよ」
「あはは。第三問だよ」
笑いながらなおも月を見続けるリョーコにお手上げになり、僕も星を眺めることにした。
いつまでも変わらず輝き続ける星、あんなふうになりたいと今は思う。たとえいつかどこかで砕け散ろうとも、輝いているそのときを大事にしたい。僕には、いや誰にだって、それを見てくれる人はきっといるはずだから。
ほしぞらのしたで TETSU @tetsu21
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます