夏思いが咲く
無月弟(無月蒼)
夏思いが咲く
夏の日差しが照り付ける学校の屋上で、暑くないのか、涼しい顔をしながらフェンスに背中を預けている彼。その手にはスマホが握られていて、そこから伸びたイヤホンは、彼の耳に収まっている。どうやら何か、音楽を聴いているみたい。
私はそんな彼に、静かに歩み寄る。
「いったい何を聴いてるの?」
声をかけた相手は、気が付けばいつも目で追っているクラスの男子。
邪魔をしない方が良いかなとも思ったけど。こうでもしてきっかけを作らないと、話す事なんてできないから、勇気を出して声をかけてみたのだ。
彼はそっと顔を上げると、片方の耳からイヤホンを外して、こっちを見てくる。
「名前は知らない。この前ネットサーフィンしてたら見つけて、気に入ったから聞いてる」
「そうなんだ。どんな歌なの?」
「どんな? うーん」
言い表すのが難しいのか、彼は困った顔になる。だけどすぐに思いついたように外していた方のイヤホンを差し出してきた。
「聴く?」
「うん……」
イヤホンを受け取る時、微かに指同士が触れ合った。手汗をかいていなくて良かったなんて思いながら、耳に付けようとしたけど、立ったままではどう考えてもコードの長さが足りない。すると彼はそっと、自分の座っている隣を指差した。
「座れば?」
「えっ、いいの?」
「そのままじゃ聴けないだろ」
「うん、ありがとう」
お言葉に甘えて、彼の隣にちょこんと腰を下ろしてみたけれど、それでもまだコードの長さはギリギリで。必然的に私は、彼にくっつくような形で座る事になってしまった。
「悪い、思ったよりコードが短かった」
「ううん、平気だから」
「ならいいけど。じゃあ、最初から流すぞ」
そうして流れてきた歌は、たぶん聞き覚えがある、少し古い夏を歌った歌。曲も歌詞も素敵で、普通に聞いたらきっとすぐに気に入ったと思う。だけど今は、イヤホンを通して聞こえてくる歌よりも、この状況の方が気になって仕方がない。さっきは平気だなんて言ったけど、こんなにくっついて、本当はとても緊張していた。
密着して、肩が触れ合っている。こんなにくっついていて、汗ばんでないかなあ? そして何より、心臓がドキドキしてるのが伝わっていないかが心配で、歌を堪能するどころではなかった。気になる男の子とアイミミなんて、漫画で読んだらキュンとするシチュエーションなのに困っているだなんて。実際にやってみないと、分からないことってあるものだなあ。
チラッと横目で彼を見ると、聞くのに集中しようとしているのか、目を閉じていて。なぜかその横顔がとても素敵に思えて、ドキドキがさらに加速していく。
長く続いてほしいような、すぐに終わってほしいような、不思議な気持ち。体中が熱を帯びて熱くなっていくのは、きっと季節のせいだけじゃない。
やがて歌が終わり、長かったのか短かったのか分からない時間が終わった。
「どうだった?」
感想を求めてくる彼。だけど私は、彼の望むような答えを持っていない。だけど嘘をつきたくはなかったから、正直に答える事にした。
「あー、ゴメン。実は集中できてなくて、あんまりよく聞けてなかったの」
「ああ、そうなんだ」
彼は気にしているのかいないのか、よく分からない相槌を打つ。
聞こえていたのは、ビックリするくらい大きくなった、私の心臓の音。それと……彼の心臓の音。
肩が触れ合うくらいくっついていたって、彼は全然にしていないように見えてたけど、実は心臓の音が大きくなっていたんだよね。
彼も私と同じようにドキドキしていたんだ。そう思うと、何だか可愛くて。思わずくすくすと笑う。
「ねえ、よく聞けてなかったから、もう一度聞かせて」
「ああ」
二人してもう一度耳にイヤホンをつけて、彼が再び音楽を流す。
夏の青い空の下。心地良いメロディを耳に受けながら、私は『好き』を感じていた。
夏思いが咲く 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
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