雪レモン
例えば、もしまだ日本に本当の四季が残っていたとして。
もし本当は雪は冬に降るものだとしたら、やはりこの時代は「可笑しい」と言われるものなのだろうか。
現代文の教科書に載っていたそんな文を目の前の幼馴染に言うと、「知らない」という返事が返ってきた。ファミリーパックのお菓子を独り占めしながら、ただニュースを聞いている。冷たく感じなくもないが、これが通常運転なので特に気にしない。
少しお菓子を分けてもらおうと思ったが、見えたパッケージには「激辛!キムチラムネくん」の文字。キムチとラムネの組み合わせを想像して、一気に貰う気が失せた。どこで見つけてきたんだそんなもの。毎度思うが、こいつの味覚センスははっきり言ってあてにできない。そのくせ辛いのも平気なもんだから、俺が物を指定しなければいけない。自覚がないのがタチの悪いところだ。
「……あ、雪だ」
いつの間にか、あいつはニュースを横目に窓の外を見ていた。ここ二年程前からよく外を見るようになったと思う。原因は多分あの事だろう。
その声に釣られるようにして窓の外を見る。今日は一段と霧が深く景色が見えづらいが、確かにチラチラと雪が降っている。
部屋の空中に浮かぶ電子機器から、新作のタイムマシンが出たなどの声が聞こえた。どうやら今まで必要だった充電をなくすことに成功したらしい。充電と聞いて思い出すのは、「燃料を満タンにしないと帰れない」という都市伝説だ。たとえタイムマシンがある時代に行っても、燃料が足りないと異常が起こるとか、時間を超えるときの防御が不十分で死ぬとか、そんな具合の。
「雪、好きだよな。お前」
声をかけると、あいつはゆっくりとこちらを向いた。
「だって綺麗だろ」
「冬だもんな」
「何が」
少々唐突な俺の言葉に意味がわからないと言うふうに首を傾げていたが、しばらくしてその意味に思い至ったらしい。「……誕生日か」正解。
十二月十一日。こいつの彼女だった人の誕生日。
二年前、タイムマシンでどこかに行ってしまった人。
俺とその人はあまり交流はなかったが、それでもお互いの存在は知っていた。
「いつか戻ってくるんじゃないかと思ってさ。諦めきれないんだ」
彼女がどこに行ったのかは、既に俺も知っている。部屋から遺書を見つけたと、彼女の家から電話があったらしい。それをこいつの口から聞いたのだ。
数十年前の時代に行ったと言う事は知っていたけれど、明確な時代は彼女から伝えられていなかったらしく、電話を受けたとき、幼馴染は酷く慌てていた。
「何だっけ、ショウワジダイ?」
「令和時代だろ」
教科書に載っているうろ覚えの名前を言えば、笑いながら訂正された。
「そんなことで中間考査大丈夫か?」
「うっせ!期末で挽回するからいいんだよ」
軽口を叩き合いながら、「そういえば」と思い出した。
タイムマシンの話題は既に終わり、電子機器からは天気予報の声が聞こえてくる。この後は雨。明日は雨と雷。もしかしたら台風が来るかもなんて。
「この前さ、雪レモンの飴貰ったんだよ。お前好きだろ」
雪レモンとは、数年前に作られたレモンの新しい品種だ。雪みたいな白がレモンの半分を占めていて、中も少々色が薄い。大雪でも育つ事から、雪レモンと名付けられたとかなんとか。
「好きだけど」
「んじゃやるよ」
雪レモンの飴を軽く投げて渡す。激辛キムチラムネくんは既に食べ終えたようで、袋がぐしゃぐしゃにされて机の上に放置されていた。
飴を口の中で転がしながら、幼馴染は「大学どうする?」と聞いてきた。
「大学かー」
季節なんてものはもう名ばかりのものだ。今の時代は夏に雪が降るし、冬にも桜が咲いたりする。けれど一応「この月は春」という線引きはされているようで、因みに言うと今は秋だ。
「俺は、就職しようかと思ってる」
「そっか」
俺も飴を口の中に入れた。カツ、と音がして、歯に少しぶつかる。口の中に一気に甘酸っぱい味が広がった。
恋愛や青春は甘酸っぱいと聞いたことがある。大人達はよく口を揃えて「高校が一番楽しかった」なんて言う。そう考えると、俺たちの青春ももうすぐ終わるのか。
俺は電子機器の電源を消し、部屋にあった星型のクッションにゴロンと寝そべった。幼馴染の抗議する声が聞こえるが無視する。
雨が窓を打つ音が聞こえてきた。それに紛れる様に、小さな声が鼓膜を揺らす。
「……ようやく決心できたからさ、次の冬に、探しに行くことにするよ」
幼馴染は、誰をとは言わなかった。
飴を噛むと欠片はすぐに溶け、口の中は空っぽになる。いよいよ雨が強くなり、肌寒くなってきた。
誰も何も言わない。静寂が部屋を包んでいる。
もうすぐ、高校最後の曖昧な冬がやってくるのだ。
雪レモンと貝殻、それとアトモスフィア 倉斗ケイ @eau_13
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