貝殻

「ほら、また見つけた」

 これで五つ目だね。

 そう言うと、目の前の彼は少し振り向いてから「そうだね」と笑った。彼の手には三枚の貝殻がちょこんと乗っている。どれも欠けてなくて、ツルツルとした綺麗なものだ。

「あといくつだっけ」

「そうだなあ……」

尋ねる彼、答える私。

 あちこちに桜の花びらが落ちている土をザクザク掘り、姿の見える貝殻を集める。出来れば綺麗なものが好ましい。色も、形も。

「多分、あと三つだ」

 不意に、足元を波が濡らした。穴の空いた地面に水が溜まって、それから引いていく。

 靴と靴下は脱いでいるから濡れる心配は無いけれど、冬の水は針のように鋭く冷たい。

 波の音が大きく聞こえて、私の鼓膜を揺らす。彼の悲しそうな声が聞こえた。

「……なんでさ、そんな楽しそうなの」

 そう言われてふと、彼の顔から笑みが消えていることに気付いた。

 なんでだろう。

 私は穴を掘る手を止め、考えた。けれども私の頭は答えを出してはくれなかった。

「知らないところに行くの、楽しいかな。不安な気持ちの方が大きいじゃん」

 馴染みがある場所のほうがいいのに、と言う彼。その疑問に答えることは、多分私には出来ないのだろう。知らない世界を進んでいくワクワクした感情を、きっと向こうは知らないから。

「大丈夫だよ」

 私は相手を納得させることができるほどの、うまい言葉をかけることができない。だから、そうやって言うしかないのだ。

 再び手を進めて、そしてその先に最後の一つを見つける。ピンクとオレンジが混ざった色。

「……ほら、これで最後」

 私が言うと、彼は「うん」と頷いた。言葉の端に、やりきれなさがにじみ出ている。

 今すぐ謝って、やっぱりやめた、って言えばいいんだろうけど、生憎もう覆さないと決めてしまっている。だって、自分自身で見てみたいから。昔の時代と、あの都市伝説の真意の両方。

「考古学者でもそんなことしないんじゃない?」

「じゃあ、私は学者以上の存在ってことだね」

「どういう理論なんだよ、それ」

「ふふ」

 二人で笑う。笑っているけれど少し切なそうな顔。

 本当に彼には、嫌なことを押し付けてしまった。いきなりの事だったから、きっとびっくりしただろう。それとも私の事だからと、少しは予想していただろうか。

 集めた貝殻を私の遺骨の代わりにして、だなんて。


 飛び降りとか水中で寝るとか、そういうわけでは無いから、自殺という訳では無いのかもしれない。私も自殺だなんて思っていない。

 肌寒い風が頬を撫でる。水に濡れた桜の花びらは、湿気て地面に張り付いた。

「マフラーいらないって思ってたけど、やっぱりいるね。寒いや」

「十二月だもの」

 ゆっくりと立ち上がる。「帰ろう」どちらかともなくそう呟く。彼の青い洋服はかすかに濡れて色が濃くなっていた。

「もう一緒に帰れないから」

 数年前についに発明されたタイムマシン。人々が長らく憧れてきた時間を飛ぶ機械。

 明日、私はそれで過去に行く。

 二人分の足跡と地面の穴。私たちがここにいたと言う痕跡は、再び迫ってきた波にかき消されてしまった。

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