雪レモンと貝殻、それとアトモスフィア

倉斗ケイ

アイス

 部屋のドアを開けると、廊下とは段違いの涼しさが津波のように流れ込んできた。

「おかえり」

「ただいま」

 遅かったな、なんて言う幼馴染の足を軽く蹴り、僕はカーペットの上に置いてあるクッションの隣に座った。星形を模したそれは、母親が一年前に買ってきたものだ。星モチーフが好きな僕にとって、この部屋にあるものの中で二番目に大切なものである。

「誰のせいだよ」

 持ってきた半透明なグラスを、折りたたみ式の簡素な机に置いていく。ここに来るまでにとんでもなく暑かったから、既にグラスの表面は汗をかいていた。

「悪りー」ちっとも反省していなさそうな言葉が聞こえる。

「ほらよ」

「サンキュ」

 返事を聞き流しながら窓の外を見ると、ちょうど雨が降り止むころだったらしい。曇り空の隙間から微かに光がさしている。けれどいつも薄い霧がそこら中に立ち込めているから、特に代わり映えはしなかった。

 空に興味を失った僕は、チラリと机の上に目を向けた。二人分持ってきたは良いものの、どうにも食欲がない。というか、今はアイスの気分じゃない。

「何してんだよ。溶けるぞ」

 僕が外を見ている間に、幼馴染は既に半分以上平らげていた。そんな奴だと昔から知っていたので、別に驚くような事は無い。

「やっぱ今はいい」

「まじで?美味いのに」

「そりゃあ四百円もするんだから美味しいに決まってるだろうよ」

  こいつの為にわざわざ大雨の中買いに行ったやつだ。美味しいと言ってくれなきゃ蹴っている。手が早いならぬ足が早いなんて言われるけど、そんなことはどうだっていい。

「……外行ってくる」

 気分転換にと、僕は立ち上がった。

「アイスは?」

「食べていいよ」

 手をかけたドアの隙間から、蒸し暑い空気が流れてくる。高い気温も湿度も、これだから夏は嫌いなんだ。

 ドアを閉める直前、部屋の隅に置いてある瓶が見えた。貝殻の入った、小さな青い瓶。

 けれど今は見なくていい。僕はごまかすように早足で庭に向かった。


 今日は雪、降らないのかな。なんて思いながら。

降ればいいな。

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