第4話

「鋼の魔女? 音無さんが?」


「ああ。あたしの仲間は奴に何人もやられたんだ。仇を取ろうとみんな躍起になってたっけな。ま、あたしがカタをつけてやったけど」


 かつて助けた少女から聞いた話との食い違いに少年は混乱した。


「で、でも……。彼女は、音無さんは自分が魔法少女で世界平和のために魔女と戦ってるって言ってました……」

「そりゃそうだろ。あたしらもあいつらも、自分たちこそ正義だと思ってるよ。そもそも、魔法少女も魔女も呼び方が違うだけで、元を辿ればおんなじ人種さ。もう何百年も争ってるんだ。互いに自分たちこそ世界を平和に導く正義の魔法少女で、敵は世界を邪悪に導く『魔女』だと信じてな」

「そんな……」

「そうでもなきゃ、こんなイカれた戦い、何百年も続くわけがねえ」

 吐き捨てるように少女は言った。

「……そうか、魔力を使い果たしてカエルになった『鋼の魔女』がなぜか人間の姿で死んだって、あの時ちょっとした騒動になったが、あれはお前の仕業だったのか。まあいい。あいつは家族に愛されてたらしいからな。死体があるのとないのとじゃ家族の気持ちも大違いだろう……あたしと違って」


 少女の家庭は複雑な事情があるようだったが、少年はそのことについて尋ねる気にはなれなかった。それよりも頭が混乱して、何を信じればいいのか、何が真実なのか、判断できなかった。


「ふう……ったく。疲れたぜ。死にかけだってのにペラペラ喋ったから体力消耗しちまった」

 少女の声が、か細くなった。

「だ、大丈夫ですか」

「だから大丈夫じゃねえっての。何度も言わせんな。ったく。もう魔力も底をついたか……」

 彼女の指先からタバコが落ちた。

「やべ、力も入らなくなってきやがったぜ。……なあ少年、おまえ名前は?」

「影谷です。影谷ヒカル」

「ヒカルか。あたしは青島アオシマコウ。大星中学の二年だ。親とは仲が悪いから、どーでもいいんだけど、中学に親友が一人いてな。冬場千夏って奴なんだが、そいつはあたしが魔法少女だってのも、こんな戦いをしてるだなんてのも知らねえんだけどよ。そいつに伝えて欲しいことがあるんだ。……勝手にあたしを人間に戻したんだ。それくらい頼まれてくれるだろ」


 少年は迷ったが頷いた。少女は初めて微笑んで「ありがとよ」と言った。悪い魔女の笑顔には見えなかった。


「千夏に伝えてくれ。一緒の高校に行けなくてごめんなって。あと、スバルはあたしじゃなくてお前のことが好きなんだよ、ビクビクしてねえでさっさと告ってリア充になっちまえって。……それから、千夏のおかげでつまんない学校もまあまあ楽しかったって。友達でいてくれてありがとうって、伝えてくれ」


「……はい。わかりました」

 少年は複雑な気持ちを抱えながらも頷いた。


「サンキューな。ああ、それと、あんたにも謝んないとな。友達を殺してごめんな。謝ったってなんにもなんねえけど。恨んでるんなら、今ここであたしをブチ殺してくれても構わねえよ。どうせすぐ死ぬしな」


「そ、そんなこと、できません」

「そうか。ヒカル。おまえ、優しいんだな。だが、あんたはあたし達に関わらない方がいい。良いことなんて何もない。あたしが死んでも、そのまま立ち去ってくれよ。死んだ後のことは、こっちの組織でうまく処理されるようになってんだ、気にすんな」

 少女はすでに目を閉じていた。息もだんだんと弱々しくなっている。


「組織って……。組織ってなんですか。なぜ子どもたちが殺し合いをしなきゃならないんですか。こんなの酷すぎますよ……」


 少年の悲痛な声は少女の耳には届いていないようだった。

「ったく、もうちょっと……うまくやれると思ったんだけどなぁ……。ああ……、こんなことになるなら、あいつと一緒に、映画くらい観てやればよかった……」


「青島さん! しっかりしてください! 青島さん!」

 少年が叫んだが、少女は目を閉じたまま二度と言葉を発しなかった。


「なんなんだよ……。一体……」

 何もわからず、何も聞けず、一人残された少年はしばらく少女の亡骸を見つめていた。

 自分にはどうすることもできない世界の秘密の大きさに打ちひしがれた。

 雨がコートを浸し下に着ているシャツも濡らしても、少年はその場に立ち尽くした。

 だが、少年にできることは何もなかった。

 少女に言われた通りに、雨に濡れる魔法少女の亡骸をそのままに、少年は家路についた。

 ずぶ濡れのまま帰った少年は体調を崩し、中学受験に失敗した。




 それから少年は、とりつかれたように、あの不思議なカエルを探すようになった。

 近くの公立中学に上がってからの少年は学校が終わると、友人と遊ぶこともなく、街をうろつきまわった。

 かつての音無鈴音や青島紅のように、戦いに敗れカエルになった少女を探すために。


 幸か不幸か、少女達が言っていた「王子」の能力は身長が伸びるのと比例して増した。

 近くにカエルになった少女がいるときにだけ、ある臭いが周囲に漂うことに気がついたのだ。

 甘い砂糖菓子と生ゴミが混ざったような異臭。不快さと甘美な香りが中毒性を持つほど鼻に付く。魔性の香りだ。


 とはいえ、カエルにされた魔法少女に出会う機会は多くなかった。半年にひとり見つかれば良い方だった。どのくらいの魔法少女が世にいて、どのくらいの規模の戦いが行われていて、どのくらいの魔法少女たちが戦いの果てに死んでいるのか、なにもわからなかった。


 それにカエルが見つかったとしてもそれは喜ばしいことではない。カエルにされている時点で魔法少女たちは死を目前にしているということだったし、少年が彼女たちを人間に戻すことができても、死が迫っているという事実はなにも変わらない。

 関わらない方がいいし、関わっても何も良い事はない。青島紅が少年に忠告したように、知らない方がいいことは世の中にはたくさんあるのだ。


 だが、それでも、少年はカエルにされた少女を探し続けた。

 運良く魔性の香りに気がついて、カエルになった少女を見つけても、すでに車に轢かれて死んでいたり、片足だけが植え込みの中に落ちていたり、生きているカエルに出会うことは稀だった。

 なぜ、自分がこんなことをしているのか、わからなかった。

 だけど、少年は知りたかった。

 魔法少女とはなんなのか。

 何故、争うのか。


 数年が経ち、少年は青年と呼ばれる年になったが、今でも、その気持ちは変わらなかった。

 何人もの魔法少女を人間に戻した。既に死んでいる者も、まだ息のある者も。正気を失っている者もいた。

 同じ高校の生徒が魔法少女だった時もあるし、まだ小学生になったばかりかという幼い子が魔法少女だったこともあった。


 生きて人間に戻った者の中には、死にたくないと泣く者もあれば、全てを受け入れ、秘密であろう事を教えてくれる者もいた。


 曰く、世界規模で魔法少女達の戦いは繰り広げられているらしい。

 曰く、子猫ほどの大きさの聖獣に満月の夜に選ばれた少女が、魔法少女に抜擢されるらしい。

 曰く、戦いは基本的に結界の中で行われるため、一般人に知られる事はない。


 だが、少年が青年になるまでに得た魔法少女たちの世界の知識はこの程度のものだった。


 全容を知るにはあまりにも道のりは険しかった。実際に魔法少女達の戦いを目撃することもなければ、平時の魔法少女に出会うこともなかった。少年が出会うことのできる魔法少女は、死の直前、もしくは直後の一瞬だけなのだ。


 それでも青年は毎晩、カエルを探して街をうろついた。

 それが自分の使命なのだと、己に言い聞かせ、夜を歩いた。


 なぜ、自分にそんな能力があるのか、青年は分からなかった。同じような能力を持った人間に出会うこともない。


 だが、幾人もの魔法少女の死を見て、自問自答の末に、諦めにも似た納得を享受できるくらいには青年も成長していた。


 「誰だって自分で選ぶことのできない才能を与えられてこの世に生を受けるものだ」


 という不条理な世界の摂理を受け入れることができるようになった。


 誰もが才能という名の業を背負って生きているのだ。


 ある者は奇跡の歌声を。

 ある者は知能に障害を。

 ある者は驚異的な記憶力を。

 ある者は人に疎まれる頭脳を。

 ある者は絶世の美貌を。

 ある者は戦う使命と力を。

 ある者は先天的な不治の病を……。


 そして、自分に与えられた才能は、魔力を失いカエルになった少女を元の姿に戻す能力だった。それだけのことなのだ。


 ならば、なすべきことをなすだけだ。

 この能力を持って、自分は生まれてきたのだ。

 だから、自分にしかできないことをやるのだ。


 青年は自分に言い聞かせ、今日も街のどこかで、少女を探す。

 カエルになった少女を探す。

 たとえ、途方もなく、意味もなく、時に罵られようとも。

 それが彼にとっての、逃れられない生の証なのだ。


 決して報われない業を背負い、誰も知らない、彼だけの戦いはきっとこれからも続いていくのだろう。



 終




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カエルの王子様  ボンゴレ☆ビガンゴ @bigango

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