第5話

「なんて可愛いんでしょ。お母さんにそっくりね」

 エイダを抱っこしたまま、ベビーカーをバスに乗せようとしている私に、親切な中年の女性が手を貸してくれる。

 ケープ・ジョンソンの小さな街はクリスマスの飾り付けでいっぱいで、エイダは言葉にならない声を上げてはしゃぐ。通りには古いクリスマスソングが流れている。

「見ない顔だけど、クリスマス休暇でこの街に来てるのかしら?」

「いえ、私たち教会に住んでるんです」

「ああ」

 親切な女性はしまったという顔をする。どうやら、この街の人たちは教会に居候する母娘のことを色々と知っているらしい。親切な人たち。親切で噂好きな人たち。


 マーサが教会バザーの売り上げから少し現金をくれた。

「もうすぐクリスマスだからね」

「でも、悪いわ」

「なに、あんただってバザーを手伝っただろ? それに……」

 ああ、そうか。バザーは慈善のためにやるので、慈善とは、生活苦の母子を救済することだった。ベビーカーも、エイダと私が身につけているものも、全て、教会に来る人たちからもらったものだ。

「ありがとう」

 私はお礼を言って、そのお金で少しばかりのクリスマスプレゼントを買った。クリスマスはいつも特別だから。



 教会のクリスマス礼拝は楽しく厳かで、エイダはたくさんのプレゼントをもらった。私は、ケープ・ジョンソンでみつけた絵本をエイダに贈った。昔、何度も何度も母さんが読んでくれた絵本。

 夜、後片付けをしていると、神父に呼ばれた。


「もうすぐ、ここへきて一年ですね」

 事務室のローテーブルに向かい合って、神父が切り出した。

 はしゃぎ疲れたエイダは部屋で眠っている。

「今日は、もう一つプレゼントがあるんです」

 神父はテーブルに書類やカードを並べた。

「これは?」

「あなたの社会保障番号とリトル・エイダの出生証明書です。手続きにとても時間がかかって、今日やっと揃ったんですよ」

「ありがとうございます。助かります。これがないと就職もできませんから」

「言っときますが、偽造じゃないですよ。特殊なケースとして、認められたんです」

「はい」

 書類をめくる。申請書類の写しには私たちの生年月日が記入されている。


 エイダ・ルイス 1945年1月25日生まれ

 エイダ・ルイス 1971年12月25日生まれ


「1971年12月25日?」

「ええ、あなた方二人が保護されたのが、今年の1月25日で、医者によると、その時リトル・エイダは生後一ヶ月くらいだったそうです。だから、誕生日はひと月さかのぼって12月25日——つまりクリスマスにしたんですよ。本当の誕生日はわかりませんからね。あなたの方は保護された日から27年前の日付に……どうしました? 大丈夫ですか?」

「え、ええ、大丈夫です」

 私は必死で息を吸った。

「心配しないで。何も追い出そうというんじゃないのです。ずっとここに居てもいいんですからね。無理に外で働かなくても。みんな、あなたとリトル・エイダのことが大好きですし」

「違うんです。すみません、なんでもないんです」

「そうですか? 本当に?」

「ええ」

「それなら良かった。……実はもう一つ報告があるんです。あなたが住んでいたという、ユーカイアの教会で、新しい管理人を探しているそうなのです。長年住み込みをしていた老夫婦がそろそろ引退するので、替わりに教会の雑用をしてくれる人はいないかと。それで、あなたのことを話してみたら是非にと言ってくれているのです。もちろん、あなたが良ければですが……」


 廊下の向こうから、エイダの泣き声が聞こえる。昼間にはしゃぎすぎると、決まって夜泣きするのだ。慌てて立ち上がる私に、神父は白い犬のぬいぐるみを差し出す。

「リトル・エイダに一歳の誕生日プレゼントです。渡してあげてください」


 クリスマスはいつも特別だった。クリスマスプレゼントの他に誕生日プレゼントも、もらえたから。母さんはいつも絶対にプレゼントを二つ用意してくれた。

 私の誕生日のひと月後が、母さんの誕生日だった。

 犬のぬいぐるみの名前はスノウという。


 部屋の灯りをつけると、小さなエイダが緑色の目から涙をあふれさせ、私に向かって必死に手を伸ばす。私はわたしを抱きしめる。


(終)

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