『海の向こう側』読了。
ある島に来た海の向こうを見つめる青年に恋する少女とのやりとりのお話。
静かで特別何かが起こるというのではないのに、美しい風景であったり、純粋な思いあったりと、細やかな文章で魅了されました。
丹羽さんの作品すべてで言えるのですが、色使いが素敵。『そこでは、空と海の境が見えた。空には朱や紫の光で染まった雲が流れており、海もまた光を弾いて橙に輝いている』という一文で、作者が描こうとしている世界を一瞬にしてまざまざと見せつけるだけでなく、その中に私を引き込んでしまう。そのパワーのある一文が書けるのがすごいと思います。
真夏の青い空と穏やかな空気と光に包まれた島に対して、(おそらく)植民地支配している帝国の闇が、対象的に作品の最後に陰影を与えてくれます。それが作品に深みを与え、読後感を満たしてくれるように思いました。
美しい世界をありがとうございました。
人と人を隔てるもの。それは言葉であり、国や地域という社会であり、そして海という物理的あるいは心理的距離。
同じ砂浜にいながらそれを隔て合う二人を見ることで、人と人との繋がりを見ることができるように思います。
自ら産まれ育った島で、母語ではない帝国語を話す主人公と、自らの故地を思い、母語である帝国語を話す男。
同じ色を見、同じ海を見、同じ鳥を見るはずなのに、二人は隔たれている。
たとえそうであったとしても、それを越えて、一つになろうとすることができる。それは勇気であり、あるいは愛そのものであるのでしょう。
その実態とその行為がもたらす結果がなんであれ、その行いはとても優しく、美しい。
それでも人を縛るものがあるのだということを男の言葉から感じ、国とは、世とは、そして人とはたいへんに切ないものであると感じました。
たいへんに短い物語ではありますが、人というものが深く、そして端的に分かりやすく切り取られており、非常に胸に刺さるものでありました。