剣の調査
剣の調査をしているラエスリールの元を、魔術兵団の副団長であるギゼリックが訪れたのは夕刻を過ぎたころだった。じきに陽も沈もうという時刻、天井に開いた大穴と、屋根の修復のために組まれた足場、その隙間から昼の名残りの茜色の空が覗いている。
「君っていつ見ても、いかにも魔術師って顔をしてるよね」
やって来たギゼリックの顔を見るなり、ラエスリールはしみじみと言い放つ。ギゼリックは無視を貫き、用件を切り出した。
「……それで、剣について何かわかったことは?」
「特に何も」
「…………」
軽く答えるラエスリールに、ギゼリックが眉をしかめる。
「もしかして、わざわざそれを聞きにきたの?」
「お前がまともに報告を寄越さないからな」
「つい何日か前にも、同じことを聞きに来てたと思うけど」
「それはひと月以上も前の話だ」
「そうだっけ?」
とぼけた返事に、ギゼリックは喉の奥で小さく唸る。
こんな男だが、ラエスリールは魔術師としては、セーヴェル開闢以来の天才だと言われているのだ。一流を遙かに超える魔術の才はギゼリックも大いに認めるところだし、その風評を過大とも思わないが、彼を見ていると、才能以外のすべてのものを引き替えにしたのだろうという印象は否めない。要するに、魔術の探求以外に興味がないのだ。
「あの、これが剣の調査結果をまとめたものです」
ラエスリールに代わり、彼の助手であるサミルが数枚の書き付けを差し出す。まだ子供だというのによく出来る助手だ。ラエスリールが手のかかる子供のようなものだから、ちょうど釣り合いが取れているのかもしれない。
そんなことを考えつつ手渡された資料にざっと目を通し、ギゼリックは浮かんだ疑問を口にした。
「……これによれば、剣はただの剣だということだが」
「うん、ただの剣だね。クレイドル
クレイドル鋼は魔術によって鍛えられた古代の金属だ。現在ではその製法や加工の技術は失われてしまっている。これだけの量のクレイドル鋼は貴重といえば貴重だが、ただの金属の塊という以上の価値はない。
「この、剣に付与されている魔力というのは? 当然、魔術的な探査はしたんだろう、そこから何らかの情報を得られなかったのか?」
「うーん……、思いつく方法は片っ端から試してみたんだけど」
少し考え込むように、ラエスリールは言葉を紡ぐ。
「なんていうか、靄がかかったようで分かりにくいんだよね。一度魔法をかけた上から、もう一度魔法をかけたような感じで。でたらめな量の魔力だけは感じられるんだけど、それだけ。なにか強大な魔力が剣を包んでるってことまでは分かるんだけど、それが元から剣に付与されていたものなのか、何らかの魔法的な手段による影響なのか、そういったことは一切分からない」
「つまり?」
「表面的なこと以外は何もわかってない、ってことかな」
「散々時間をかけて、それだけか」
「まあ、そうだね」
ラエスリールはあっさりと肩をすくめた。
「……それで、この剣が何故ここに落ちてきたかは分かったのか」
「大陸中央、フォンテーラの地には異界からの漂流物が流れ着くことがあるって。あるいはこれもその類のものかもしれない。フォンテーラではなく、ここに流れ着いた」
剣の出現の経緯を聞く限り、魔術による転移を行なう際の状況によく似ていると、ラエスリールは感じていた。ただ、これだけ巨大な物を転移させるとなると、途方もない魔力が必要になる。国中の魔術師をかき集め、大がかりな術式を行なってようやく可能になる──かもしれない、そんな話だ。
「つまり、それについてもまだ何もわかっていない、ということか」
「調査中と言ってほしいなあ。すぐに結果を求めるのはよくないよ。君、ハーフエルフのくせにせっかちだよね。魔術師ですって顔をしてるんだから、見た目通り魔術師らしくしたらいいのに」
やれやれとラエスリールは宙に両手を掲げ、ギゼリックはいっそう眉根を寄せた。
元から一朝一夕で結果が出るとはギゼリックも考えていないが、それをこの男に言われると無性に腹が立つ。
「無駄な調査をしているなら、例の殺人鬼退治に協力したらどうだ」
「嫌だね。そっちは君たちでやってよ。僕はこの剣だけで手一杯。何しろ伝説の魔剣かもしれないんだから」
その言葉にギゼリックはふたたび顔をしかめた。伝説の魔剣──その言葉が示すものはただ一つだ。幼子であれ、誰もが一度は耳にしたことがあるであろう、この世界でもっとも有名な伝説。
「……この剣が、魔剣グラティファイだと?」
「さあ、どうだろう。かの魔王が巨人だったなんて話は聞いたことがないけど」
お前が言い出したことだろう。心のうちで吐き捨て、睨みつける。
「まあ、だからといって可能性は否定できないよね。そもそも魔剣グラティファイがどんな物だったかも、どんな力を持っていたのかも分からないんだし。魔王ユニファズの持っていた剣──僕らが知っているのはただそれだけだ」
それに、とラエスリールは続けた。
「ウィフの予言は魔剣がいつか再びこの世に現れる、というものだよ。それがいつの間にか、手にした者の願いを叶えるなんて話になってるけど。彼の予言が本当なら、いつ魔剣が現れてもおかしくはない」
「戯れ言だ」
ふん、とギゼリックは鼻を鳴らす。そうかもね、とラエスリールは頷いた。
「でもまあ、魔王ユニファズは置いておくにしても、この剣の持ち主が巨人族というのはあり得るかも」
「巨人族など、神話の時代にとうに滅んだだろう」
「この世界の物とは限らないでしょ。この剣がただの
「……それが、異界の巨人族だと?」
「彼らにしてみれば、僕たちが小人なのかもしれないよ」
ラエスリールはそう応じ、背後に聳やぐ剣を手の甲で軽く叩く。音は乾いた空気を裂くように、思いのほか大きく響いた。鈍い音が長く尾を引き、やがて周囲に溶け込んで消えていく。
ややあって、ギゼリックが呟いた。
「……これは本当に、何なのだろうな」
「僕もそれを知りたい」
ラエスリールに視線をやり、そして剣を見上げる。
取り立てて美しい剣ではない。目を引くような凝った装飾もない。鈍色の刃は傷もなく、触れると冷たかった。そして、巨大だった。
考えていても埒があかない。小さくかぶりを振って、ギゼリックは背を向ける。
「また来る。どうせお前はろくに報告もしないだろうからな」
「うん、よろしく」
見送るように、ラエスリールはひらひらと手を振った。
Gratify Sword 《グラティファイソード》 冬待丸 @mahito_rga
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