番外「帝国魔術師参謀の長い夜」

 ※83話~86話くらいの帝国側の様子を参謀目線で。

 もう少しコミカルに頭を抱える参謀を書きたかったのですが、力量が足りず普通です。




「――以上。速やかに作戦を開始する」


 綺麗に揃った敬礼を見渡してから、帝国魔術師参謀は軽く敬礼を返した。

 光弾で気を引きながら、残った船で外海まで海獣を誘導する。

 成功率は低そうだが、やるしかなかった。

 直接攻撃も魔法攻撃も、半端な威力では効いていないのは見えていた。強めの攻撃を仕掛けて、怒りに任せて船を追ってくれれば……半ば自爆覚悟の作戦だ。


「……あの小僧が……」


 きびきびと配置につく者達を見送りながら、聞こえてきた小さな呟きに参謀は苦笑した。


「『小僧ごときに頼らずとも』。いてもいなくても、変わらなかった」

「でも、こんな……」


 口を滑らせたと思ったのか、部下はそれ以上言わずに頭を下げた。


「国はどこにも救援を求めていない。我々だけで何とかできると信じている。彼等が彼等の守りを優先するのは責められん。私も、船に乗れたら良かったのだが」

「……!! いけません! 参謀は、残らなければいけないお方です」

「まあね。責任をとる人間は必要だろうから」

「そ……そうでは……なくて……」


 参謀は語尾がしぼむ彼の肩を軽く叩いて、海上が良く見渡せる灯台へと移動した。

 じりじりと港に近付きつつある海獣の姿はまだ闇の中。


 国が彼をこの作戦の主任として据えたのは、彼がいささか扱い辛い人物だったからだ。

 下手に実戦経験豊富で、知識欲も深い。権力に近しい大臣の娘を嫁にもっている男の、現場での臨機応変なやり方は賛否激しかった。上からの命令も諾々とこなすだけではない。遺跡調査の時に苦い思いをした人物が『推してくれた』とも聞こえてきていた。


 (現場で戦死した方が、特進もあって家族には色々残せるんだがなぁ)


 冷静に今後を計算してみるけれど、旗色は悪かった。

 参謀はちらりと闇に沈む街並みを振り返る。

 避難は終えているはずだった。魔力もできるだけ節約してきた。もしも、最後の船が沈むようなことになれば……彼自身を囮に、陸へ誘う気でいた。

 自分としてはそれでよかったが、おそらく周りは黙って見ているだけではないだろう。彼を守るために前に出なければならない者がいる。命令だと言うのは簡単だが、彼の行いを傍で見ている者達の中には、素直に聞きそうにない者が何人かいる。


「なるほど。そういう弊害も」

「は? 何が、ですか?」

「いや。こちらのことだ」


 気にするなと手を振る参謀に、生真面目な青年は何かあっただろうかと眉を顰める。

 見習ってほしいのは、現場で生き残る術なのだが。

 気に入らない上官の背中を文字通り刺してのし上がった、そんなところまで見習え、とは言わないが、いざという時には情を捨てることも選択させなければ。と、参謀は部下の配置を考え始める。

 海の上では光弾が海獣を照らし出したところだった。




 光弾での誘導が失敗した後、魔法での挑発はある意味上手くいっていた。

 怒りで船を追い、ある程度までは後退させられている。

 だが、水に潜った海獣を探知するのに手間取り、船が掴まれてからは厳しい状況が続いていた。

 何重にもかけていた護りがみるみるうちに壊されていく。陸に残った魔術師でかけ直していくが、大きな魔力をこめると、海獣がこちらを気にするそぶりを見せていた。あまり気を引き過ぎると、外海に誘えなくなる。


「待機中の騎士団を呼べ。陸に上げれば、なんとかなるだろう」

「陸に……とは、こちらに呼ぶつもりですか!?」

「船が無くなれば、どちらにしてもこちらに来る」


 青年がまだ何か言いたげに口を開いたところで、何かが割れるような音が空気を震わせた。船の帆柱が折れて崩れていくのが見える。


「行け」


 いつものように、落ち着いた声音で手を振られ、青年は踵を返すと早足に外へと向かった。

 参謀は足音が遠ざかるのを背中で感じながら、港に待機している魔術師達に声を飛ばす。


『攻撃用意』


 自身でも魔力を練り上げ、発動のタイミングを探った。

 船が動くのならば、あちらに集中している海獣は必ず船を追う。船からの報告はまだないのだ。

 二本目の帆柱が落ちる。

 握った手のひらが汗で湿っていた。


『――離脱、困難……!』


 誰かからの、悲痛な叫び声に、参謀は「撃て」の一言を言うために息を吸い込んだ。瞬間。

 炎の飛礫が降り注ぐのが見えた。

 まだ命令は出してないのに?

 振り上がった触手が何かを避けるかのように揺らめく。

 ほんの何拍かだけ呆気にとられて、参謀は振り返った。控えている数名も困惑顔なのを見て取って、我に返る。


「誰だ」


 参謀の声に反応して、ひとりが飛び出していった。

 主に炎系統の魔法が続けて撃ちこまれている。海上では相性の悪い魔法なのに、連続で使っているということは誘っているに違いないと、参謀は炎の明るさに目を凝らした。

 海獣は筒状の腕を出し、水球を撃ち出す。が、プハロスで会った青年が設置したという陣に阻まれ、壁状の滝を拝むことになった。

 ゆらりと、海獣が動き出す。プハロスの方へ。巨体が海に沈んだ。


『も、目標、離脱していきます……あの……参謀?』

『私じゃない。立て直せ。しばし待機』


 どういうつもりなのか量りかねて、参謀は思わず視線をプハロスの港に向ける。だが、闇が見えるだけだった。


 (手は貸さないようなことを言っていたのに)


 勝算が見えたのか。

 眉間に縦皺を刻む参謀だったが、慌ただしく出ていった部下が戻ってくると顔を上げた。視線だけで報告を促せば、彼は躊躇いながら口を開く。


「アレを転移させると……アレイアに行くから、連絡しておいた方がいい、と、それだけ……」

「アレイア? アレイア大公国か? 何故……いや、誰が!」


 部下は言い訳する子供のように首を振った。


「冒険者、ヴァルムからだと」


 小さく呻いて、参謀は額を抱え込む。

 転移させるなどと、どうするつもりかは判らないが、陣を組むつもりならあの青年か。出来るかどうかは置いておいて、冒険者ヴァルムならやりかねないと思わせる。遺跡調査の時の報告書に隅々まで名の綴られている人間だ。

 第三国まで巻き込むとは、帝国こちらの算段がめちゃくちゃだが、個人的には勝手に手出しをされたと言い訳がつく。

 こちらに連絡を押し付けるのは、このまま手を引かせるつもりはないということなのだろう。

 アレイア大公国は魔術の国だ。留学した時の印象は少々古臭いイメージだったが、組まねばならない相手としては悪くない。

 溜息を飲み込みつつ、やらねばならないことを組み立て直す。


「……冒険者組合ギルドへ。アレイアへ連絡をつけろと。私が行く。騎士団と城にも報告しろ。プハロスに残した者とも繋いでおけ!」


 足を動かし始めながら、参謀が指示を飛ばす。

 一同は表情を引き締めて身を翻した。



 ◇ ◆ ◇



 一方的な話だったにもかかわらず、アレイア側は迅速に受け入れ態勢を整えた。

 帝国側としてもはっきりしない部分があるので説明は曖昧になりがちだったが、プハロスからの一報も入っていたらしく、丸投げということではなかったようだ(考えようによっては、釘を刺されたとも言えるが)。

 この規模の冒険者組合ギルドでは一度に送れる人数はかなり制限される。待機となる者達に指示を残していると、外が騒がしくなった。

 窓に寄る職員に場所を譲ってもらい、参謀も顔を出す。

 遠く、プハロスの港で光に覆われていく海獣の姿が、そこからでも良く見えた。


 あの規模の生物を転移させるなど。

 半信半疑だった思いも、夜気に当てられたかのように背筋をぞくぞくとさせる。

 一番素直な二人を指名して、参謀はアレイアへと跳んだ。




 転移酔いで顔を青くしている部下に休んでいるよう指示して、参謀は出迎えてくれたヴィッツ・カンターメンと握手を交わした。


「今回のまとめ役を任されました。ヴィッツです。慌ただしくて申し訳ないが、実物を見ながら話を聞いてもいいだろうか。なにせ、よくあることではないので」

「魔術師参謀のフォルマです。ええ。発動の光を確認しました。是非お願いします」


 長身の魔術師はマントを翻し、大股で部屋を出る。

 確か、アレイアの筆頭魔術師の息子だったはず。と、詰め込んだ情報を整理しながら参謀は後に続いた。

 ヴィッツは外に出ると地を蹴って、滑らかに浮遊魔術を発動させた。魔力の流れにも無駄は無さそうで、このレベルが揃っているなら、何人か引き抜いて帰ろうと、余計な計算をし始める。

 魔術師のなり手は年々減少していた。人気がないわけではない。魔法を発動できるかどうかは個人の資質に左右されるからだ。

 その貴重な魔術師を何人も失うのは国としても痛い事態だった。


「光に反応するという話でしたので、街の明かりを落とし、月明かり程度の光弾を置いてみました。見えにくいかもしれないが、ご容赦願いたい」

「いえ。充分です」


 海獣は突然森の中に放り出されて戸惑っているようだった。不定形のその躰が木々に挟まれるということはないようで、狭い場所の木は触手を巻きつけて折ったり引っこ抜いたりしている。


「……思ったより元気そうなのが意外です」

「同感だ。陸に上がっているというだけでなく、転移によるダメージも無さそうだ」

「さすがに、動きは鈍いようではありますが……どうやったのでしょうね」


 ヴィッツは海獣から参謀へと視線を移した。


「分かりませんか」

「陣を使ったのだと、推測はされますが」

「海上で?」

「遠かったので確実とは言えませんが、転移の発動の光は上から下に下りていきました。アレの背に覆い被せるとかすれば、そんな風になるのではと。プハロスからお二人はまだ来てないのですか」

「まだだな。少し時間がかかると……なぜ、二人と」


 参謀は軽く肩をすくめる。


「あちらでプハロスの港を守っていたのは、ほぼお二人の力でした。ビヒトと名乗る方が陣を扱える方だったので、来るとしたら冒険者ヴァルムと彼でしょう」

「ビヒト……」


 ヴィッツがわずかに眉を顰めたのを参謀は目に留める。


「御存知ですか? オリジナルの陣も使える冒険者は珍しいですよね。帝都ではそういう噂は早いのですが、聞くようになったのは最近なので、もしかして、こちらの方で活動していた方なのでしょうか」

「いや。聞かん名だ。陣のことは本人に聞くとしよう」

「そうですね」


 二人が再び海獣に目をやると、右手側、森の切れている方へとじりじりと移動しているようだった。邪魔な木々を少しずつ排除している。


「あちらは……」

「湖がある。真水は合わないと思うが」

「あの速度だとすぐにどうこうはなさそうですね。時間と共に弱るかもしれませんし、元々夜はあまり活発ではありません。魔法は効きづらいですから、中級魔術以上での攻撃を推奨します」

「了解した」

「応援はどのくらい受け入れてもらえますか?」

「あまり人数がいても動き難い。接近戦はこちらに任せてほしいものだな」

「……そうですか。魔術師なら……と、言っても、うちも結構な被害がありましたから、少し本国と相談させてもらいます」

「ああ、また後で聞こう」


 ヴィッツが大きく頷いたのを見て、参謀は軽く頭を下げ、地上へと戻っていく。

 軍は渋られるだろうと思っていたけれど、思った以上に保守的だ。魔術師の扱いには慣れていても、他軍との連携には自信がないのか。


 (それとも、見栄を張りたいのかな)


 こちらはきちんとやれます、と。

 距離的にも直接剣を交える様な間柄ではないし、貴重な魔術師を多く輩出している国だ。関係を密にしても悪化させる道理はない。いらないというならそれでいい。やる気になってくれているなら御の字だ。

 口元が緩みそうになって、参謀は慌てて顔を引き締めた。

 状況を楽しんでいると、緊張感がないと苦い顔をされる。


 連れてきた部下たちもそろそろ使い物になるだろうと、転移してきた部屋に戻ると、ちょうど陣が光っていた。光の中から冒険者ヴァルムと彼に手を添えた青年が現れる。彼等を迎えて歩み寄った騎士団員が、素っ頓狂な声を上げて、慌てて口を塞いでいた。

 青年が呆れたような瞳で騎士団員を見ているので、顔見知りなのだろう。参謀はそっと近くにいたギルド職員に顔を寄せた。


「彼等、有名なのですか?」

「ヴァルムさんは、我々の間でも有名ですね。実物は初めて拝見しましたが。お若い方は……私は存じません」


 何人かに同じ質問をしてみたけれど、答えは概ね一緒だった。ひとりだけ「随分前にヴァルムの弟子の『赤い石の耳飾りのビヒト』が噂になったけれど、彼は耳飾りをしてないし、そうかどうかは分からない」という話をしてくれた。

 数多いる冒険者の中の一人なのだから、そんなものなのかもしれない。

 とはいいつつ、先程のまとめ役の何気ない反応も心にひっかかっていた。

 おかしくはない。自分も魔術師だ。陣を自在に操る冒険者に興味を持つのは解る。だが、それならもう少し情報を引き出したくなるものではないのか。あっさり引かれすぎた気になっていた。


 (まあ、すぐに直接話を聞けると思ってるのかも。今は忙しいのだろうし)


「岸まで辿り着かれると、水球を作られる可能性がある。あと、わずかだとは思うが、長引けば真水に耐性を持たれるかも……」


 その場で簡単な情報交換をしていた年長者二人に、青年がもっともな危険を口にする。二人は苦い顔を青年に向けた。


「なんで嫌なことを言うんだ」

「水球とは? 帝国の方からは聞いておりませんが」


 どうやら話が回ってきそうになって、参謀は先に口を挟んだ。


「失礼しました。陸上戦になるとしか、こちらも聞いておりませんでしたので」


 勝手に手を出された挙句、第三国にまで失態を広められて、主導権も奪われたとなると、本国はかなりご立腹だろうなと参謀に苦笑が浮かぶ。


 (さて、ここから少しでも点数を回復するには……)


 我ながら諦めが悪い、と、まだまだ長くなりそうな夜に向けて、参謀は足を踏み出した。




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天は厄災の旋律(しらべ) ながる @nagal

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