ボクシング階級分け
詩一
ボクシング階級分け
体格により結果が大きく左右されるスポーツ。そんな不公平を取り除こうと、各競技には体重による階級分けというものが存在する。
その階級分けが最も多いとされるスポーツがボクシング。このボクシングはミニマム級 (47.61キログラム以下)から始まり、ヘビー級(86.18キログラム超)に至るまで合計17もの階級に分かれている。これだけ細分化された階級の中で行われる競技なので、関係者各位は不公平なことは全くなく、皆が平等で気持ちよく競技に挑めると信じて疑わなかった。小学生からのある一通の手紙が届くまでは。
『せの高いせんしゅはズルいとおもいます』
この一通の手紙により、世界中のボクシング関係者に激震が走った。思いもよらなかったのだ。まさかここまで平等に気を遣っていたのに、不公平を感じる人がいるとは。しかも、進言をしたのは子供である。子供でも気付くようなことを全く気付かず、今の今までこの階級分けの制度を疑うこともせず、のうのうと競技を続けてきたのだ。公平なスポーツ然として。
このままではいけない。すぐさま世界ボクシング協会(WBA)は会議を行った。協議の末、身長での階級分けも行われることになった。すでに体重によって分けられた一つの階級の中で、更に身長による区分をするのだ。身長が130センチメートル以下から220センチメートル以上まで2センチ刻みで。体重も
これはWBAのみならず、WBC(世界ボクシング評議会)、IBF(国際ボクシング連盟)、WBO(世界ボクシング機構)も
しかしそんな中で、またも一通の手紙が届く。今度は中学生からだ。
『腕の長い選手はひきょうだと思います』
そこでボクシング協会は腕の長さにも階級を設けた。両腕を伸ばした長さがイコールで身長と言われているが、当然誤差は出る。その誤差プラスマイナス6センチまでを2センチ刻みで12階級に分けた。これにより765あった階級は9,180階級にまで増えた。より平等性が増した。ここまで分ければ十分に平等だろう、と安心したところでまた一通の手紙。高校生からである。
『筋力量に違いがあるのはどうかと思います』
そこでボクシング協会は体脂肪率でも階級を設けた。プロボクサーの体脂肪率は減量後に二桁を切る。そして成人男性の普通体系が15~20%とされている。その点を踏まえ6%以下から30%以上までを1%ずつ刻み、25分割にした。これにより9,180あった階級は
『血液型によって性格が分けられると言われています。根拠は無いという声もありますが、ある程度の相関関係がある以上、無視はできないと思われます。臆病な性格の人と獰猛な性格の人では戦い方に差が出るはずですが、これは良くないことではないでしょうか』
そこでボクシング協会は血液型による階級分けも行った。A、B、AB、Oの四種類に加え、RHのプラスマイナスまでも区分し、合計8種類。これにより今まで229,500あった階級は更に増え、
ここまで来ると寧ろボクシング協会的にも次の手紙を待つような形になっていた。そしてしかるべくしてまたも手紙が届く。今度は社会人。
『血液型が性格に関係し、それが競技の平等性を欠くというのは、その通りだと思いました。そこで今回私から提案させて頂きたいのは、国による区分です。国が違えば当然性格も違いますし、道徳観も違います。人を殴ってはいけないといって育てられた人間と、生きる為には人殺しもやむなしといって育てられた人間では、人を殴ることに対してのためらいが大きく違うと思うのです』
うっかりしていた。ボクシング協会の面々は顔を見合わせた。確かにその通りなのだ。今まで何を悠長に他国との選手の戦いを認めていたのだろう。そもそも国が違えば体格も性格も何もかも違うのは当たり前のことなのに。せっかくここまで平等化を進めてきたボクシングだ。やるなら徹底的にやるべきである。不平等感をなくすために。
地球上の国連加盟国の数は193ヵ国。今ある階級を更に193ヵ国に分けると
するとまたも一通の手紙が届く。
『他国の選手との試合が無くなり胸を撫でおろしています。さて、
言われるまでも無かった。ボクシング協会はこの手紙が届く前に既に、階級を47都道府県ごとに分けていた。つまりこの手紙が届いた時点で1,836,000階級ではなく、
『100m走を10秒台で走れる人と20秒かかる人間が同じリングで戦っていいわけがない』
それはその通り。10秒台から60秒台までの51分割を行った。これにより
『年齢によってもわけるべき』
プロボクサーになれる17歳からライセンスが有効な36歳までを1歳ごとに分け20分割。
『左利きと右利きで差が』
盲点だった。
『元自衛隊員ですが』
分けるべきだ。
『核家族で育って』
それは考慮すべき。
『カトリックです』
勿論分ける。
『末っ子なんで』
分けよう。
『ヴィーガンで』
うん。
そうして階級がどんどんと細分化され、階級の数が
その年の世界大会に出場した選手は、全員が不戦勝でチャンピオンベルトを手に入れて、無事平等に大会を終えた。
しかしベルトを手に入れたある一人の選手が、突然引退を表明した。
その引退表明に驚いたマスコミ各社は機材と自身も獲得したチャンピオンベルトを腰に巻いて、彼の引退記者会見に臨んだ。
会場に居る全員がチャンピオンベルトを腰に巻き、中継が行われた。勿論カメラの向こう側のスタジオに居る司会者やコメンテーターとして呼ばれた各界の著名人、スタッフに及ぶまで全員がチャンピオンベルトを腰に巻いている。それをお茶の間で見ている人もみなチャンピオンであるのは言うまでもない。
「チャンピオン。どうして今回、
「チャンピオンの皆さん……わからないんですか?」
その問いに、一様に首を傾げるリポーターたち。
選手は会見用に用意された組み立て式の簡易なテーブルをダンッと激しく叩いて、立ち上がった。
「新しい風が必要なんです!」
目の前にあったマイクを手に取って叫ぶ。
「おかしいと思わないんですか? こんなに階級分けされて、皆でチャンピオンベルト腰に巻いて! 平等だ平等だって……へらへら笑いやがって……何が平等だ……!」
会場にシンと
「約9千
会場に居る一同は、金縛りにあったがごとくに身動きが取れず、ただ唾を飲み込んだ。
「それに、他のスポーツに目を向けたら、全然平等じゃあないんですよ! これを機に私はレスリングに転向します。そして次回のオリンピックまでに現状11ある階級をボクシングと同じ約9千
それを聞いたマスコミ関係者、スタジオの面々、お茶の間の人々は口を揃えて言った。
「こうしちゃいられない! 私たちも他の競技に転向して、階級を増やさなくちゃ!」
次回のオリンピックでは真の平和の祭典が見られそうだ、と皆希望に胸を膨らませたのであった。
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