第6話

 司祭館に帰っても柳谷は憮然とした表情のままだった。

 普段ならすぐに手を付けだすヴァチカンへの報告書にも手を付けない。

 もちろん、京町にオムライスも作ってくれない。

 間の悪さに耐えかねたのか、京町にしてはめずらしいことに、遠慮がちに柳谷の顔を覗き込む。


「柳」


 答えない。

 眉間にシワができただけだ。

 だが京町もめげない。


「なに怒ってんの、柳」

「知りません」


 ぷいっと柳谷が目線をそらす。


「……えーと、俺、頑張ったんだけど。ザコだったけど六匹一度にって新記録じゃね?」

「そうですね」

「あー、おまえにケガさせたから?もうあんなこと二度とないように努力する。つーかさせねえ」

「別にそれはかまいません。京さんと組むと決めたときから多少のケガは覚悟の上です」

「……じゃあ、オムライス」

「冷蔵庫に卵と鶏肉とケチャップ、パントリーには玉ねぎとフライパン、炊飯器にはご飯があります。塩コショウの場所くらいはわかりますね?」

「それ原型じゃん……」


 京町がうなだれた。

 彼は壊滅的に料理が下手なのだ。


形而上けいじじょう的にはオムライスです」

「刑事?柳は頭良すぎんだよ、もっと俺にわかるように怒ってくれよ」


 からかうわけでなく、心から不思議そうに言われて、柳谷の口からいつもの口癖が飛び出した。


「ああもう!」


 それからぐいっと京町の方に向き直る。


「京さん、なんであんなことを言ったんです!掃除人の人たちにこれから恥ずかしくて会えないじゃないですか!」

「なんで?俺、柳のこと自慢しただけじゃん……俺の相方はこんなにすごいだって……だって柳の方があっちよりぜってーすげーもん。柳は俺が選んだ相方だもん」

「だからもう!京さんは!!!……はあ……」


 子供のようなことを言い張られて、柳谷は肩を落とした。


 そうだ。この人はこういう人だ。

 うん、わかってた。


「わかりました。じゃあこれからは僕の寝相がいいことや、京さんの寝言で僕が起きてしまうことがあるのを外で言ってはいけません」

「なんで?」

「あらぬ誤解を受けたくないからです。……守れますか?」

「守るって言ったら機嫌治す?」

「はい」

「じゃあ守る。主に誓う。アーメン」


 京町が十字を切る。

 いまいちアレな男だが、主に対する忠誠は絶対だから、この誓いも破られることはないだろう。

 柳谷はそっと安堵した。

 あんなことあちこちで言われたらたまらない。

 それでなくてもいざとなると口がうまく回らなくなるのに。


「よくできました。……オムライス、作ってきますね」

「やった!」


 京町が拍手する。


 ……こういうところは悪い人じゃないんだけどなあ、ホント。


「スープはコンソメ?ポタージュ?」

「コンソメ!」

「わかりました。ちょうど冷凍庫にピュメドポワソンのキューブが冷凍してあるからそれを解凍して……」

「柳が聖句を唱え始めた!!」

「ピュメドポワソンは聖句じゃありませんよ。魚介でだしを取ったスープの素です。……今日は頑張りましたね、京さん。とびきり美味しいオムライスを作ります」

「ぃょっし!!!俺、柳に褒められた!!」

「はいはい。じゃあそのまま少しおとなしく待っていてください。掃除人の方々にはあとで僕がフォローを入れておきますから」

「なんで?」

「……京さんは、考えなくてもいいことですよ」


 そうにっこり笑って、柳谷はキッチンへと消えていった。


 と、このように、いくつかの関係のない問題も起こしながら、掃除人とエクソシストの初の共闘となる、『六匹の使い魔事件』は幕を下ろしたのである。


 なにはともあれ、めでたし、めでたし。

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