第5話
うわ、また来た。
正直に言うと、それが再び事務所を訪ねてきた彼らに対する、景清の感想だった。
「いよぉ、アルバイト! また会えて嬉しいって顔してんな!」
対する京町は、分かっているのだか分かっていないのだかイマイチ判断がつきかねる反応である。景清は愛想笑いをしながら距離を取ると、ソファーへと案内した。
「や、京町君に柳谷君。今回は世話になったね」
事務所机から立ち上がり、曽根崎は片手を上げて歓迎する。それに柳谷は、丁寧に腰を折って返した。
「こちらこそ、どうもありがとうございました。流石、怪異の掃除人と呼ばれるお方です。あんな短期間で召喚者を特定し、使い魔をおびき出すなんて……」
「おびき出した所で私には対処しかねるからな。やはり、エクソシストである君達がいてくれて良かったよ。今後ともよろしく頼みたいね」
「是非とも。では早速お手数なのですが、こちらの報告書と書類にサインを……」
事務的な手続きを始めた二人に、必然的に取り残されるは京町と景清である。嫌な予感がした景清は黙ってキッチンに引っ込もうとしたが、その前に京町に腕を掴まれた。
「なんですか、京町さん」
「書類できるまで暇だから、相棒自慢対決しようぜ!」
したいらしい。
――いや、一人で勝手にやってくれよ。窓も開けとくしSNSも開設してやるから、全世界に向けて大声で発信すればいい。
そう思ったが、京町は景清にとって命の恩人でもある。無下にもできず、渋々と頷いた。
「……で、何をすればいいですか?」
「よし! ルールは至ってシンプル。お互い相棒の好きな所言っていって、先に詰まった方が負けだ!」
「そのルールだと僕すぐに負ける自信ありますよ。あなたは自慢でいいんで、僕は罵倒じゃダメですか」
「なんでお前そんな真っ直ぐな目して言えんの? 掃除人の相棒じゃねぇの?」
「僕はしがないアルバイトであり、ただの債務者なので……」
「ええー……いや、ダメだろ! ンな事言って始まったらいくらでも出てくんだって! じゃあ俺から行くぜ!」
ニヤリと笑い、京町はチラと柳谷に目をやる。そして、さも自分の事のように誇らしげに胸を張った。
「まず、柳は詠唱の天才だ! こいつに関しては、世界中のエクソシストをかき集めても敵うヤツァいねぇよ! それほどすげぇんだ、柳の詠唱は!」
ソファーに座って背を向けたままの柳谷であったが、京町の大声はしっかり届いているのだろう。耳を真っ赤にして、恥ずかしそうにうつむいていた。
曽根崎はというと、書類そっちのけで対決の行方を見守っている。いつもの無表情であるが、興味津々のようだ。
いや、書類に集中しろ。見るなこっちを。
「はい、次お前の番な!」
「えーと……曽根崎さんの自慢ですよね。……えー……」
腕を組み、景清は雇用主のいい所を考える。いい所、いい所、いい所。
……いい所、なぁ……。
あ、一個思いついた。
景清はようやく捻り出した曽根崎の長所を、京町に伝える。
「曽根崎さんは、金払いがいい」
「うんうん」
「以上です」
「……」
「次、京町さんの番ですよ」
バトンを渡した景清であったが、京町は不満げに表情を歪めて動かない。
なんだろう。お腹でも痛いのかな?
しばらくの沈黙の後、京町は唸るように言った。
「……愛が無ぇ」
「はい?」
「相棒に! 対する! 愛が感じられねぇ!」
「まぁ別に込めてもないので……」
「ダメだダメだ! こんなんじゃ心踊り胸熱くなる対決なんてできねぇよ! 曽根崎さん、俺とバトルだ!」
「げ、お鉢が回ってきた」
あからさまに嫌そうな顔をする曽根崎である。しかし、腕力で京町に勝てるわけもなく、座っていたソファーから半ば無理矢理引きずり降ろされた。
景清は柳谷が止めてくれる事を期待していたが、肝心の彼は火照った顔を冷ますのに必死で、他に何もできないようである。
もう二人でやっとけばいいのに。
「ま、やるからには勝つよ」
一方、売られた喧嘩は買う主義の男は、意外なやる気を見せていた。京町の前に立ち、背筋を伸ばす。
「では君からどうぞ」
「フン、吠え面かかせてやるぜ。……柳は、シンプルにかわいい!」
始まった。景清は冷えた目で二人を見ながら、柳谷に茶でも入れようとキッチンに向かう。
バトルに参加することにした曽根崎は、京町の勢いに全くひるむ事なく、淡々と返した。
「そりゃあ良かったな。顔の良さではうちのアルバイトも負けてないよ」
「料理も上手だ! オムライスなんか絶品だぜ」
「景清君もそこそこやるよ。先日は麻婆豆腐を作ってくれた」
「守ってやりたくなる!」
「彼は大人しく守られるようなタイプじゃないね。立ち向かう人間だ」
「頭がいい!」
「景清君も聡いよ」
「努力家!」
「負けず嫌いの根性を舐めちゃいけない」
「優しい!」
「お人好しだな」
……これ、後者が有利なバトルだな?
京町の発言を言い方だけ変えて返答する曽根崎を見ながら、景清は思った。となると、弁の立つ彼が負けることはまず無いだろう。
まあ、これほど勝ち負けがどうでもいい戦いも他に無いのだが。
そう景清は結論を出しながらキッチンから戻ってきた所、京町がサラリと爆弾発言を繰り出した。
「……柳は、夜も最高だから!」
曽根崎の口が止まる。茶を出そうとした景清の手も止まる。ついでに、顔を真っ赤にした柳谷も完全静止した。
空気を読まないのは、京町ただ一人である。
「お、勝った? やったー、柳、俺勝った……」
「絶交!!!!」
「なんで!!?」
なんでも何も無いだろう。
思わぬ発言にドン引きする掃除人コンビであるが、慌てて柳谷が弁解した。
「違っ……違いますからね!? 誤解ですから!! 夜も最高っていうのは、えーと、僕と彼は同室なんですけど、僕いびきとかかかなくて、寝相もいいから、京さんに迷惑かけなくて……!」
「一緒のベッドで寝てるんですか……!?」
「違う違う違う! うわぁぁぁ京さん!!」
「絶交って言われた……」
「落ち込むより先に! 弁明をお願いします!」
こういった場合、得てして否定すればするほど泥沼化するものである。もはや何を言っても無駄と判断した柳谷は、曽根崎のサインが入った書類を引っ掴むと真っ赤な顔のまま振り返った。
「では、今回はどうもありがとうございました! 次に一緒にお仕事する時も、どうぞよろしくお願いします!」
「ええ、お幸せに」
「だから! 違ああああう!!」
絶交発言のダメージから立ち直れない京町を引きずり、柳谷は逃げるように事務所を去っていった。ドタドタと乱暴に階段を降りる音が遠ざかり、事務所に平穏が訪れる。
「……」
「……」
嵐の前の静けさとはよく言うが、後にも静寂はやってくるようだ。景清はため息をつくと、曽根崎に顔を向けた。
「彼ら、またくるんですか?」
「仕事があるなら、そうだろな」
「これっきりにしたいなぁ……。悪い人たちでは無いのですが、こう、特殊というか」
「エクソシストは日本にあの二人しかいないから、悪魔関連の仕事となれば必然的に協力関係になるぞ」
「うわ、覚悟しときます」
気づけば、次回もこの人に協力する気があるかのような発言をしてしまった。己を戒めつつ、話題を変えるつもりで景清は言う。
「でも、曽根崎さんが負けるとは意外でしたね。口喧嘩なら負けないと思ってたので」
「おや、悔しいのか?」
「まさか」
煽るような言い方をする曽根崎を適当にあしらい、食器を片付ける為に景清はテーブルに向かう。その背に向かって、曽根崎はぼそりと呟いた。
「……君の魅力は、私だけが知ってりゃいいだろ」
「なんか言いました?」
「聞こえてた癖にそういうことを言うのはやめた方がいい」
図星であったが、無視をすれば何も問題は無い。景清はわざわざ曽根崎に蹴りを入れに戻ると、引き続き後片付けに勤しんだのであった。
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