第19話 エピローグ(後編)

 検察庁の建物の中で上を下への大騒ぎが持ち上がっている頃、どこをどう通り抜けてきたのか、ルンタは向かいの大きな公園の遊歩道を掃除していました。

 春です。桜の花びらが舞っています。今日は休日なので、公園はちょっと遅い花見を楽しむ家族連れで賑わっていました。野外音楽堂では何かのライブが行われていて、楽器の音に合わせて歌う声が聞こえます。ルンタの音声認識モジュールはその歌声を捉えようとしましたが、声はすぐに歓声や拍手の音にかき消されてしまいました。ひとしきり拍手が続いたあと、遠い空の上から響くような女の人の声が聞こえてきました。


〈ありがとう! ありがとう! ええ、思えばもう……十数年前、私たち二人はこの音楽堂のすぐそばで出会いました。まさに運命の出会いで……、彼はギターを抱えた家出少年で、私は学校帰りのただの高校生だったわけですが、私たちはすぐその場で曲を作り、そして演奏しました。あの時、聴いてくれた通りすがりの、まったく見知らぬ人たちが拍手してくれたから……。もし、それがなかったら、私たちは、ここにこうして立っていないと思います。その時の曲がのちに私たちのデビュー曲となりました。では、聴いてください。『ルンタの冒険』〉

 また、音楽が始まりました。


 ルンタは、少しぎこちなく遊歩道を進んでいきました。そろそろ充電しないといけません。ルンタは充電台の電波を感じ取ろうとしましたが、どうも、近くには無いようです。

 噴水の前まで来たところで、ついにバッテリーがなくなり、ルンタは止まってしまいました。


 噴水の水音に混じって、子ども達の遊ぶ声がしています。どこか少し離れた場所に遊具があるのでしょう。とても小さい子の泣き声も聞こえます。ベンチに座る男の人が新聞をめくる音。通り過ぎていく背の高い女の人のハイヒールの足音。ジョギングする人の軽いスニーカーの音。公園を囲む道路を走る車やバイクの走行音。群れるハトの羽ばたき……。ルンタの周りは音に満ち溢れていました。生きているもの、動いているものはすべて音を出していました。そんな中でルンタは、ほんのかすかな音も出せずにじっとしていました。


 遠くから、小さなタイヤが転がる音が聞こえて来ました。ゆったりとした足音も一緒です。足音の主はカートを押しながらゆっくりゆっくり近づいて来て、ルンタの前で立ち止まりました。

「シロ」

 相変わらずくたびれた背広を着て、でも、あれから十年以上も経つのにそれほど年をとった様子もなく……。そう、それは、前にルンタを拾ってシロと名付けたあの先生でした。先生はルンタを拾い上げ、抱きしめました。

「さ、探したよ。シロ」


 先生は、ルンタを腰掛けにもなるカートの上において、また、歩き始めました。ここ何年かは、公園の片隅のテント村で共同生活をしているのです。元は大工をしていた仲間が建ててくれた、ビニールシートやベニヤ板で作られたテント小屋はなかなか住み心地がよく、夜もまあまあぐっすり眠ることができました。

 ルンタは、テント村に連れて行かれました。住人の一人が、貴重なガソリンを使って発電機を動かし、ルンタを充電してくれました。共同の炊事場では、元はいいとこのシェフだったという男が、「今夜はシロが見つかったお祝いだ」と、ささやかなご馳走の準備を始めました。先生は幸せそうに、充電中のルンタを撫でていました。ルンタの中には、テント村全体より大きな家だって買える程の宝物が入ったままでした。



(終)

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ルンタの冒険 白川 小六 @s_koroku

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