第18話 エピローグ(前編)
ある日のこと、保管庫の棚卸しが行われました。保管期限の過ぎた証拠品がいつまでも倉庫にあるため、新しい証拠品の置き場所が無いと検察庁内部から苦情が出て、それで、新人の事務官が数人、整理整頓をするための助っ人としてやってきたのです。
学校を卒業したばかりの事務官達は、最初は神妙に作業していました。なにしろ、ここにあるもの全てが、何か犯罪が行われたことの証しなのです。保管期間の数年が過ぎたと言っても、証拠の品々には被害者加害者双方の怨念がこもっているようで、気味が悪いものでした。それに、期間が過ぎたものを元の持ち主に返還したり、廃棄処分にする手続きをするのは、気を使う面倒な仕事でした。
重苦しい雰囲気で作業が進む中、一人の事務官がルンタを見つけて思わず声を出しました。
「あ、これ」
「ルンタ?」
もう一人が脚立から降りて見にきました。
「これ、あれだ。カリプソ事件」
「ああ」
他の事務官達も寄ってきました。皆、事件当時はまだ小学生でしたが、連日ニュースで騒がれた大事件のことも、まるでヒーローのように扱われたこのルンタのこともよく覚えていました。
「本物だあ」
「もう、これ、廃棄処分なの?」
「うん、とっくに保管期限過ぎてるし、返却も不要だって」
最初にルンタを見つけた事務官が、書類と照らし合わせながら言いました。
「動くのかな? 充電してみなよ。ほら、充電台もあるよ」
もう一人が段ボールから充電台を引っ張り出しました。
「先輩に怒られるよ」
「平気だよ、全然見にこないじゃん」
「どうせ動かないかもよ。鑑識で中身も分解して見たんだろ?」
そんなわけで、ルンタは本当に久しぶりに充電され、証拠品保管庫の床を掃除し始めました。ルンタの記憶の中にはまだ田中さんの家の間取りが残っていました。リビング、寝室、子ども部屋……。ルンタはだだっ広い保管庫に延々と並ぶ棚の間を掃除しては充電台に戻り、掃除しては充電台に戻り、誰にも邪魔されず、迷子になることもなく、ただもくもくと繰り返しました。次の日には、保管庫の管理責任者である係長もルンタに気づきましたが、特に何も言いませんでした。どこにでも、ルンタがいるのはごく自然なことでしたから。ルンタは当たり前のように、保管庫を毎朝掃除するようになりました。
そしてまた、一年が経とうする頃。
いつもは静かな証拠品保管庫が、その日は朝から騒がしく、たくさんの職員が出入りしていました。大物の盗品ブローカーが捕まり、大量の美術品や宝飾品が押収されたのです。作業用のテーブルに置かれた目が飛び出るほど高価な品々は、袋に入れられ、リストと照らし合わして、ラベルを貼られた状態で、保管庫のさらに奥にある金庫に厳重に収納されます。絶対に間違いがあってはなりませんから、捜査官たちが一つ一つ丁寧に、書類と現物があっているか、確認していくのです。テーブルの周りには、盗品を運んできた警官たちが立って、作業を見守っています。
「邪魔だこいつ。外に出しとけ」
テーブルの下を掃除していたルンタを踏みつけそうになった捜査官が、後輩に向かって怒鳴りました。
後輩は、ルンタを持ち上げると、保管庫の外に置いて扉を閉めてしまいました。
お昼近くになる頃には、押収品の山も小さくなって、大部分が金庫の中に片付きました。
「おかしいぞ」
さっきの先輩捜査官が首をひねりました。
「指輪の数があってない」
「え?」
「ほら、書類だとルビーの指環がもう一個あるはずなんだ。時価八千万のやつ」
「そんなばかな」
制服を着た警官が言いました。
「押収品は全て鍵のかかるコンテナに入れて搬入し、ここで鍵を開けたんですから、紛失などあり得ません」
「下に落ちたんじゃないのか?」
捜査官たちは皆這いつくばって床を探しました。
「そう言えば、さっき、ルンタいましたよね?」
警官が言いました。
「そうだ。お前あれをどこにやった?」
先輩が後輩に尋ねました。
「へ、部屋のすぐ外に……」
後輩が保管庫の扉をあけて外を見ました。
「あ、ありません……」
「さ、探せ! すぐに探すんだ! なくしたりしたら、首どころじゃ済まないぞ!」
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