第17話 ルンタの秘密

 翌朝、捜査官達は、特捜部が把握するルンタの最終目撃地点である、あの交番を起点にして、三方向に分かれ、聞き込みを始めました。

 アーケード街を担当した捜査官がコーヒー屋『ぶれえめん』にたどり着いたのは捜査開始してわずか三十分後でした。

「ルンタ? ああ、なんかどっかの市の何とか係の人から昨日電話がありましたよ。なんでも、うちのレシートが入ってるルンタを見つけたとかで」

 店長は懸命に思い出そうとしました。

「ええっと、どこつったっけなあ。結構遠いとこですよ。うーんと、なんかこう山の上みたいな」

「そんな田舎からだったんですか?」

「いや、すごい都会だよ。ええー、ここまで出てるんだけど……。こう、ぼやっとした、雲みたいな?」

「電話機に着信履歴は残ってないですか?」

「ああ、これレトロな電話で、そういう機能なくってね」

 捜査官が内心ため息をつきつつ、電話会社に確認する手続きを取ろうとした時、

「かすみだ!」と店長が怒鳴りました。

「かすみ市のゴミ処理係」


 六十分後、知らせを受けた検事は自ら、捜査官とともに、かすみ市のクリーンセンターに駆けつけました。

「ルンタの中に何か入っていませんでしたか?」

 検事は係長に詰め寄りました。

「え、いや、とくには。ダスト容器の中にレシートが一枚と、あとは砂とか葉っぱばっかりでしたよ。レシート以外は昨日捨てちゃいましたけど、まさか、殺人事件の手がかりとか?」

 係長が青い顔をして、床を掃除しているルンタを見ました。

「あー、いや、そういうのじゃなくってですね、メモリーカードとか……」

 捜査官が説明しかけたところを、「いや、いい。丸ごともらってって鑑識に出そう。機械に詳しい奴がいるはずだ」と検事が遮りました。

「もしかして、これじゃないす……ですかね?」

 PCに向かっていた茶髪の職員が遠慮がちに言いました。

「何? 何かあったのか?」

「いや、昨日レシートのお店に電話して、知らないって言われたんで、他になんかないかと思って、ルンタのメインメモリの中身コピーしてみたんですよ。ほら、ルンタってスマホとかPCにペアリングして使う人もいるから、なんか持ち主がわかるような記録が残ってるかもって」

「そ、それで?」

「……で、こっちのは持ち主がもう廃棄するって言った同型のルンタです」茶髪の職員は机の上の別のルンタを指さしました。「こいつをリセットして初期出荷状態にした上で、その状態のメインメモリの中身と比較してみたんですよ。そしたら、なんか、異常に違う部分が多いっていうか、ユーザーの家の間取りを記憶してるらしい部分の一部を上書きするような形で結構大きなデータが入ってるんですよね。これ、よくわかんないけど、表計算ソフトのファイルじゃないかなあ」

「そ、それだ。それを開けるかね?」

「十分くらいあれば復元できるかも」

「ほ、本当か?」

「多分?」

「わかった。やってみてくれ。あ、いや、捜査協力頼みます」

 検事は深々と頭を下げました。


「うん、できた」

 有言実行とばかりに、茶髪の職員は十分ほどでそう言って満足げに頷きました。

「開きますよ」

 画面に出てきたのは、ここ数ヶ月間、国税局と特捜の職員が、いえ、最初にカリプソに疑念を持って内偵を始めた国税局の査察官に至っては数年間、血眼になって探していた書類——ファントムコンサルティング社の裏帳簿でした。

 裏帳簿には、カリプソ本社や子会社から色々な下請け会社を経由して、ファントムコンサルティングへと資金が流れ、その資金が本社役員の隠し財産になったり、たくさんの官僚や議員への賄賂として使われていたことが克明に記録されていました。

「日付も相手の名前も、受け渡し場所まで乗ってるぞ。メモや書類の添付もある」

 検事はなかば震えながら言いました。この帳簿があれば、不正を働いたカリプソグループの経営陣はおろか、賄賂を受け取っていた役人や政治家たちも一網打尽にお縄にできます。

「田中の執念を感じますね。しかし、なんで、ルンタに入れたんですかね? 暗号化してクラウドストレージに入れるんでも十分じゃないですか」

 捜査官が首をひねりました。

「いや、それだと、ファイル自体を消されてしまうと思ったんだろう。我々にはファイルの中身が必要だが、本社の幹部連中や、関わった政治家たちは、このファイルがこの世から消えさえすればいいんだからな。暗号化してあろうとなんだろうと」

「そっか、それもそうですね。相手方には腕のいいクラッカーも実際いたわけだし」

「だから、護身のために誰にも予想できないような場所に隠す必要があったのさ。本社の連中は、やばくなってくればファントムコンサルティングをあのボンクラ社長や田中もろとも切り捨てるつもりだった。田中は当然罪を被りたくないから、もし、自分の身に何かあれば、このデータを表に出すって逆に幹部を脅したんだろう」

「それで、ルンタに秘密を隠したわけですね。誰にも気づかれるはずのない、最高の隠し場所だと信じて。まさかルンタが家を出てしまうとは思わずに」

「な、なんか、ヤバそうな……、これってあれですよね? 今、テレビで毎日騒いでる……」

 茶髪の職員は係長と心配そうに顔を見合わせました。

「俺たち、こんなの見ちゃいけないんじゃ?」

「ええ、絶対に誰にも口外しないでください。あなた達の身の安全のためにもです」

 捜査官も青ざめた顔で言いました。

「うわ、こえー。わかりました、絶対誰にも言いません」

「なに、しばらくの間秘密にしてて貰えば大丈夫ですよ。そのうち、全国民がこの書類の内容を知ることになります。絶対にそうしてみせます」

 検事は胸を張りました。



 実際、検事の言った通りになりました。その日を境に次々とカリプソグループの組織ぐるみの脱税や贈賄、経営陣とその親族の所得隠し、官僚や政治家への贈賄が明るみに出され、秘密は秘密でなくなり、蜂の巣をつついたような大騒ぎが何日も何日も続きました。


 しばらく昏睡状態だった田中さんは、数週間後、奇跡的に意識を回復しました。全てが明るみに出てしまった今、口封じの意味もなくなり、狙われる理由はありません。田中さんは安全でした。とはいえ、田中さん自身も不正に手を貸していたのは事実ですから、その分の罪は償わなくてはなりません。検察は田中さんの退院を待って事情聴取すると発表しました。

 ルンタも鑑識にまわされて、写真を撮られ、分解され、指紋を採取され、メモリの中身を調べられ……と、しばらくは忙しく、掃除どころではない日々が続きました。

 やがて、裁判が始まると、ルンタは主電源を切られたまま、検察庁の証拠品保管庫にしまわれ、ごくたまに事件に関わる裁判の証拠として借り出される他は、ずっと静かにしていました。起訴された全ての人間に判決が下されるまで、何年も何年もかかりました。とうとう、最後の一人に裁きが下ると、もう、ルンタのところに来る人は誰もいなくなりました。世間では三代も四代も新しい機種のルンタが使われていて、マッピングと位置取得機能の格段な向上により、間違って家の外に出てしまうなんてことは、まず滅多に起こらなくなりました。

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