9:青空

「色々あって言いそびれてたんだけどさ、これが俺の仕事なんだ。っていっても仕事…ってそもそもメイにわかるかな?まぁ…つまり超めんどくさくて嫌なことばっかなんだけどさ」


 少し早口で畳み掛けるように話しながら彼は頭を細い指先で掻きながら、こちらに歩いてくる。彼が手を動かすたびに月色の細い細い糸のような髪の毛が揺れてふわっと靡く。


「しごと?」


 目の前までやってきて、よいしょと軽々とわたのことを抱き上げた彼の口から発せられたよくわからない言葉に首をひねる。

 家人もよくそういっていた。でも家の外に出ていく必要があるというなにかということだけしかしらない


「それで…あー。もう…どういえばいいのかな。せっかくいろいろ考えてきたんだけど…」


「…オレたちがしてるのはとある神様の手伝い。毎日死にそうな人間の魂を集めたり、たまーーーーにああいう魂を食いまくって暴れる化物の退治をしてるって言えばいいじゃねえか。まどろっこしい」


「あーもう!邪魔すんなよ」


「お前の代わりに説明しただけじゃねえか。そんなに怒るなよ鴉」


 木の枝に座ったまま両足をぶらぶらとさせて笑っている慈鳥さんを、軽く睨みつけた彼は、再びわたしに目を落とす。


「…俺にもタイミングってもんがあるんだよ」


 そういえば、琥珀色だった彼や慈鳥さんの目は、彼らからあちこち流れている血と同じ色になってる。

 でも…血も、そういえば見え方が違う。色が変わったんじゃなくて、もしかしてわたしの目が変わった?あれ?

 混乱してるわたしに気がついたのか、彼はそっと頭を撫でた。それから彼は自分の鼻先とわたしの鼻先をくっつけて厚い唇の両端を持ち上げて優しく微笑む。

 わたしが落ち着きを取り戻したのがわかったのか、また顔をあげた彼は、わたしを抱っこしたまま数歩歩いて近くの花壇に座る。


「それで、さ。今夜君を連れていきたいって言ったのは、その…仕事を見てもらって…決めてもらいたいなと思ったんだ。話す順番がおかしいことになっちゃったけど」


「決める…?」


「そう。あんなのを見た後じゃ怖いって言われる覚悟もしてるんだけど、でも、君と一緒に仕事ができたら、それで…俺が君の居場所になれたらなって」


「それは…」


「もし、俺のことが嫌いになったとしても…いや、言葉の文であって、メイに俺のことを嫌いになって欲しくなんてないけどさ、それでも…俺と一緒にいなくてもなにかしら仕事をするようになれたら…あのままあの場所にいるよりはいいって思ったんだ」


 時折目を逸しながら、でも大切なことをいうときはわたしの目を、綺麗な血の色をした瞳でまっすぐ見つめて懸命に話す。

 彼が話してくれることは、正直わたしには難しくてよくわからなかった。


「勝手に決めて説明を後回しにしたのは悪いと思ってる…その…ごめん。あの家に帰りたいなら…俺は協力する」


 眉を八の字にして困った顔をしながら絞り出すように言った「わたしの今までの日常」を想ってくれる言葉に驚いた。

 彼は勝手にいらないものだと決めつけないで、ちゃんとわたしに選ぶ余地を残して行動してくれた。それがすごいうれしい。

 多分、彼みたいに人の姿になれたり鳥の姿になって神様のお手伝いをするような力があるなら、好きになったらわたしの意思なんて無視してさらってしまうことも出来たはずなのに。

 わたしを閉じ込めていたあの人達とは違う。わたしは、自分の意志で自分の好きなことを選択する機会を与えてもらった。


 あの場所に戻っても…きっとわたしにとっての幸せはないんだと思う。

 だから…。


「あの…鴉…わたし…」


 わたしの背中を支えている彼の手に力が入るのがわかって、彼も緊張してるのがわたしにも伝わってくる。

 

 わたしは、彼の澄んだ瞳をみつめてしっかりと言葉を伝える。

 まだ、彼の羽根がくれた勇気が、わたしの中に残ってるみたいに、心臓のあたりが熱くなる。


「一緒にいく。まだ、その仕事ってものを…出来るかはわからないけど」


「鴉のことをあんな立派に助けたんだ。立派にやれるだろうよ。こちとらホワイト企業ってやつだから研修もあるし、試用期間中もちゃんと生活の保証はしてくれるしな」


 カカカと豪快な笑いで、慈鳥さんが見ていることを思い出して急に恥ずかしくなってわたしはつい俯いた。


「メイなら…きっとできる。それに…なんか俺の羽根の力を引き出した影響で…格好もちょっと変わったみたいだしさ」


 彼の顔が近付いてきたかと思うと、わたしの額と自分の額をくっつけて左右に顔を小さく振った。

 間近で見た彼の顔はうれしそうで、やさしくて温かくて、ふふっと笑った後に離れた顔に、今度は自分から額を擦り寄せた。


「格好が…かわった?わたしの?確かに…見える色が変わったり、モヤモヤが巨大ムカデに見えたりしたけど」


 わたしは鴉が言った言葉に時間差で気がついて、彼に抱かれている自分の体を見回す。

 錆びた鉄のような毛に覆われた体は、少し落ち葉や枯れ葉がくっついてるだけでいつもとかわらない気がする。

 首を傾げながら、わたしはおもむろに尻尾を左右にふってみてからやっと体の変化に気がつく。

 

「その新しい二股の尻尾、すごく可愛いよ。」


「ありがとう。うれしい」


 立ち上がった彼は、わたしを抱えたまま白んできた空へと真っ黒な翼を広げて飛び立つ。

 横を見ると、一緒に飛び立った慈鳥さんが手を振って、目尻を下げて笑う。


「最初に猫の嬢ちゃんと一緒になりたいって言い出したときは驚いたが…頼りになる相棒になれそうで安心だ」


 そのまま真っ直ぐ空を飛ぶわたしたちから少し離れた慈鳥さんは、大きな黒い鳥の姿になってどこかへ飛んでいった。


「あなたと一緒に飛ぶなんて無理って言ったけど」


「うん」


 わたしたちの遥か足元に、かつてわたしが住んでいた家が小さく小さく見える。

 それらもだんだん見えなくなって、真っ青な空の中、一面白くてもこもこの雲が広がっている。


「一緒に飛ぶ方法、あったんだね。並んで飛ぶのもいつかしてみたいけど…」


「出来るようになるさ。きっと」


 彼とわたしは気持ちの良い風を全身に受けながら二人で新しい居場所を目指して進んでいく。

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黒き獣は空を飛ぶ こむらさき @violetsnake206

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