[かすみ荘]の人々

紫 李鳥

[かすみ荘]の人々

  



 私んちの一階には、4人のタナコがいます。部屋を借りてる人のことを“タナコ”と言うそうです。おじいちゃんが言ってました。


 お父さんが仕事の事故で死んでから、家賃を収入にしようと言うことになって、おじいちゃんが生きてるとき、一軒家だったのを、一階だけアパートにしたんです。


 アパートの名前は、[かすみ荘]。


 [かすみ荘]のかすみは、私の名前、“佳純かすみ”からとったそうです。


 一階がなくなって、部屋がせまくなったけど、おばあちゃんとお母さんと、川の字に寝るのも、なかなか新鮮です。


 でも、来年になったら、おじいちゃんの部屋だった一番奥を私の部屋にしてくれるって、お母さんが言ってました。


 おじいちゃんの遺品とかある、おじいちゃんの部屋は、骨董品屋さんみたいで面白いです。


 この前も、花瓶みたいのがあったので、お母さんに聞いたら、“たんつぼ”だって言ってました。なんでもバッチいものらしいです。


 あ、そうそう。大人の人たちが、「ジョケイ家族だね」と言います。私は意味がわからないので、とりあえず、「……はい」と返事をします。




 ここで、[かすみ荘]の人々を紹介します。


 1号室に住んでるのは、夜、キレイな服を着て出かける、美人な女の人です。歳はわかりません。若くもなく、かといって、オバサンでもありません。


 2号室に住んでるのは、全然目立たない普通の若い男の人です。仕事はわかりません。


 3号室の人も、普通の若い女の人です。お母さんが、「オーエル」と言ってました。


 4号室には、一番長く住んでる、太ったオバチャンがいます。一日中いるので、無職だと思います。お母さんが、「タケカワさん」と呼んでました。


 その中で、私が一番好きなのは、1号室の女の人です。お母さんに名前を聞いたら、「マツモトさん」だと言ってました。仕事を聞いたら、「ミズショウバイ」だと言ってました。夜の仕事の人をミズショウバイって言うみたいです。


 どうして好きかって言うと、なんか、大人の女を感じるからです。


 一度、ハゲたオジサンと一緒に部屋に入るのを見て、すごくショックでした。


 美人なのに、どうして、若くてステキな人と付き合わないんだろうと思いました。


 でも、それ以外は好きです。昼間、スーパーで買い物したマツモトさんに会ったとき、「こんにちは」って、声をかけてくれました。


 私が小さな声で、「……こんにちは」って返事をすると、思い出したように、「アッ」と言って、レジ袋からミカンを出して、「よかったらどうぞ」と、1つくれました。


 そのとき見たけど、長い爪に花の模様があって、キレイでした。私はお礼を言って、ミカンをもらいました。小さなミカンだったけど、とてもおいしかったです。




 ――なのに、一番好きだったマツモトさんがいなくなったんです。それも、突然に……。


 おばあちゃんとお母さんが、「夜逃げ」だと言ってました。夜逃げとは、家賃とか払わないで、黙って出ていくことだそうです。


 私は信じられませんでした。一番好きだったマツモトさんが夜逃げするなんて……。


 なんだか寂しくて、悲しくて、一人で泣きました。


「だから、水商売の人は信じられないのよ」とマツモトさんのことを悪く言う、おばあちゃんとお母さんが嫌いでした。


 置いてった家具とか荷物とか、どうしようかとおばあちゃんとお母さんが相談してました。


 マツモトさんには、連帯保証人がいなくて、お金で保証人になる会社の人が保証人になってたそうです。


 マツモトさんの働いてた店にお母さんが電話したら、無断で休んでると言う返事だったそうです。


 結局、連絡があるまで荷物はそのままにしとこうと言うことになったみたいです。




 そんなある日、私はマツモトさんの部屋が見たくて、おばあちゃんとお母さんに内緒で鍵を使い、〈松元〉と表札がある部屋に入りました。






 ――部屋は、ピンク色でした。カーテンもカーペットも、ベッドカバーも……。なんか、王女さまのお部屋みたいで、思わず、「わぁ~」って、熱い吐息をもらしました。それに、お花みたいないい匂いもしました。


 丸いテーブルには、ガラスの花瓶があって、椅子が2つありました。ベッドの上には、花の絵のクッションが2つありました。


 白いタンスを開けてみると、色とりどりの沢山の服がかかってました。次に、その横の低いタンスの引き出しを引いてみました。キレイな色のパンツが、デパートで売ってるみたいに、キレイにたたまれて、いっぱい入ってました。


 私の綿100%のパンツと違って、薄くて、柔らかくて、リボンとかレースとかがついてて、私のハートをギュッとつかみました。目をキラキラさせて、しばらくパンツに夢中になってました。


 最後に、押し入れを開けてみました。





 それから何日かして、私が学校から帰ると、うちの前にパトカーが止まって、人が集まってました。


 何があったのか、おばあちゃんに聞くと、松元さんの部屋の換気をしようと、下りてみたら鍵が開いてて、押し入れにあった松元さんの死体を発見したと言うのです。


 私はビックリして、一瞬心臓が止まりました。……あの、美人な女の人が死んでた! 私の頭に松元さんの顔が浮かびました。


 でも、そのとき、なんかオカシイなって思いました。押し入れの中から見つかったって、おばあちゃんが言ってたけど、松元さんの死体はいつから押し入れにあったんだろう……? 私が押し入れを見たとき、死体はなかった。


 財布やアクセサリーなど、金目のものが盗まれてることから、強盗殺人だと断定したみたいです。


 と言うことは、私が松元さんの部屋に侵入したあとに、松元さんがアパートに戻ってきて、誰かに殺されたんだ。夜逃げじゃなかったんだ。誰に殺されたんだろう……。


 アッ! 私の頭に、一度見た、あのハゲおやじの顔が浮かびました。


 私は探偵みたいになって、そのことを警察の人に言うと、「貴重な情報をありがとう」とほめられました。私は少し、有頂天になりました。


 その夜は、おばあちゃんもお母さんも、松元さんの話ばかりしてました。「3号室のオーエルと松元さんは仲が悪かった」とか、「4号室のタケカワさんは、松元さんにお金を借りてた」とか。


 2号室の男の人の話は出ませんでした。いるか、いないか、わからないくらい大人しいタイプだったので、話題に上らなかったのかもしれません。






 ところが、その大人しい2号室の男の人が犯人だったんです。


 それで初めて、名前を知りました。梅田だと。


 おばあちゃんとお母さんの会話でわかったことをまとめてみました。


 松元さんと梅田さんは付き合ってたそうです。梅田さんの部屋に遊びに来てた松元さんと別れ話のことで喧嘩になり、カーッとなった梅田さんが、松元さんの首を絞めて殺したんだそうです。


 梅田さんは、松元さんの死体を自分ちの冷蔵庫の中に隠してたけど、冷蔵庫が使えなくて不便だったので、黒いビニール袋を松元さんの頭と足から被せて、ガムテープでグルグル巻いて、松元さんの押し入れに移したんだそうです。


 松元さんちの冷蔵庫は小型だったから、死体が入らないので、押し入れにしたそうです。そして、強盗に見せかけるために、財布とかアクセサリーを盗んで、わざと鍵をかけなかったそうです。部屋に入るときは、松元さんが持ってた鍵を使ったそうです。


 どうして、梅田さんが犯人だとわかったかと言うと、ビニール袋やガムテープに梅田さんの指紋がついてたからだそうです。梅田さんは最初、ゴム手袋をしてたけど、ガムテープを剥がせなかったので、無意識に右手の手袋をはずしてガムテープを剥がしたから、指紋がついたそうです。





 それよりも、私が一番ショックだったのは、松元さんの本名が、“松元治郎”だったと言うことです。――






 ――私は今、机の引き出しに隠してる、リボンのついたかわいいパンツをどうしようかと迷ってます。

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