第4話(上)

「魔軍は恐ろしい。すべて焼き、すべて殺す」

 ひそひそと、肩を寄せ合い。ニンゲン達が噂する。

 なるほど、そちら側から見れば、そういう風に見えるのか、と。俺は少し新鮮な気持ちになった。よもや、焼いて殺す側も、恐れに駆られてそうしているなどとは思いもしないのだろう。

 もっとも、その恐れを駆るのが俺自身なのだが。

「あまり、栄えてない村だな」

 耳を頭巾で隠した傭兵が呟く。

 確かに、妙だ。焼くのはこの村の筈だが、目立った貯蔵庫もない。鍛冶場もない。住民もさほど多くない。一体、何を目当てに魔軍はこの村を焼くのか。

「石造りの建物は……教会くらいか」

 疑問を持ちつつも、下調べには手を抜かない。

 この分なら、条件がそろえばすぐに村は炎に包まれる。村を焼くには「機」が大事だ。村焼きのほとんどの時間は、そうした機会を待つことと言っても過言ではない。

「神の慈悲を」

 ちょうどミサが終わったところらしく、ローブをまとった女性の聖職者が村人を見送っている。俺は、その様子をじっと見つめる。

 裕福そうな家族。顔色の悪い家族。そして、皆が立ち去った後、最後におずおずと出てきた家族。

「惚れでもしたか?」

 傭兵が茶化してくる。女の司祭は確かに珍しい。だが……それ以上に、気がかりなのは。

「あの女。すえた脂の匂いがする」

「肉食か? 余程寄付の集まりがいいんだろうよ」

「……いや……」

 違う。

 この匂い。嫌というほど知っている。

 時に、染みつく匂いだ。


 その時は単に、頭の隅に置いた気掛かりの種の一つだった。

 その晩は、風の強い夜だった。どうにか借りられた軒先の下で野宿をしていると、表で何かが動き回る気配がした。

「獣か?」

 夜の帳は、森を玄関先まで連れて来る。時には、魔物すらも。

「いや。足は二つ」

 傭兵の、長いほうの耳がピクリと跳ねる。

 二本足で、単独行動。鳥や竜の類なら、羽音や鳴き声が耳に付く筈。

 つまりは人に近い姿なり。そして、人型の魔物の多くは、群れをつくる。例外は……

「……人狼ウェアウルフ大鬼オーガあたりか?」

「大丈夫。そこまで重くない」

 最悪の予想が外れ、胸をなでおろす。なら次に不味いのは、人間。要するに、

「襲撃か?」

「随分と見くびられたものだ」

 言外に、「そんな剣呑なことなら、とっくに逃げるなり戦うなり算段をしている」と言わんばかりだ。

「すまない。他には?」

 それは同時に、俺の判断が欲しい状況に置かれている、ということでもある。

「村の中を歩き回っている」

「……何かを探しているのか?」

 何か、が俺達でないといいのだが。

「風が強くてわからない。ただ……」

 傭兵は、そこで言葉を切って指さした。

「よくない松明あかりを持っている」

 その先には、ぼう、と灯る鬼火のような明かりが、遠くで微かにうごめいている。

 普通、村の中であんな火の使い方はしない。しけた蝋燭ろうそくの明かりがせいぜいだ。それに……そもそも、油を染み込ませた程度の松明は、あんな燃え方をしない。魔軍には気体ガスを明かりに使う技術があるが、それとも違う。こんな風の強い夜に、瞬きもせず燃えている。


 間違いない。あれは、だ。

 成程。希少な「魔法使い」がいるのなら。魔軍がこの村を焼けというのも、見当違いではないのだろう。

「娘は起きているか?」

「寝ている」

「なら、抱えておけ」

 置いていくと、俺達の素性がばれる恐れがある。

「やはり、魔法使いか?」

「見たことのない式を使っている。弓で仕留めるのが理想だが」

「娘を抱いたままでか? それに、風の精霊の加護なんぞ、とっくに切れているさ」

 エルフは、風の加護を纏った弓を使うと聞く。魔法の類なのか技術なのか判然としないが、風を味方につけ、嵐の中でも狙いを違えぬという。

 が、今は関係のない話のようだ。使えないのか、使いたくないのかは知らないが。ないものねだりをしてもしょうがない。

「俺が魔法を使う。仕留めるには、近付く必要があるが」

 短く切り詰めた杖ソードオフ・ワンドを握り締める。

 俺の魔術は、範囲焼却に特化している。相手が真っ当な魔法使いなら、撃ち合いに勝てる見込みは薄い。

 が、相手が魔法の火を灯して挑発している中でコソコソと逃げ出せば。それはもう、「ご自由に撃ってください」と主張しているようなものだろう。他に遠見の魔法くらいは仕掛けていてもおかしくはない。

 それくらいに、魔法使いというのはだ。でたらめだからこそ、戦って、退けるしかない。

「盾くらいにはなろう」

 傭兵が鼻を鳴らす。

「……頼む」

 そういえば。エルフは、魔法への抵抗が強いと聞いた覚えがある。今は、その噂が気休めになることを祈るとしよう。

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村は炎に包まれて 碌星らせん @dddrill

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