第3話

「イセカイテンセイシャか」

 ふん、と。鉄格子と障壁魔法の向こうで魔軍の指揮官は鼻を鳴らす。

 といっても、彼の鼻がどこにあるのか、幾度も会ってもいまひとつ判然としないままだが。

「南東の村が焼けたという報告は受けている。ご苦労だった」

 ハーフエルフの傭兵の方をチラリと見て、指揮官はそう告げる。

 彼らにとって、俺達は個体識別する価値もないらしい。

 もっとも、俺もこの指揮官が仮に同種族の別人と入れ替わっていても、識別する自信はないからお互い様か。

 しいて言うなら、外見は目が八つある人型のナマズに似ている。

「そのことだが、あれは俺達の仕事じゃない」

「ほう? 不出来な仕事の言い逃れか?」

 やはり。「仕事の結果」を魔軍は既に知っている。首の皮がつながるかどうか、危ういところだったようだ。

「ニンゲンの野盗だ。証拠の鎧と目撃者もある」

「……目撃者?」

 ピクリ、と八本もある髭が動く。

 それは興味か、それとも恐れなのか。

「村のニンゲンだ。まだ子供だが……」

「構わん。しまえ」

 俺の後ろから、おずおずと子供……いや、今は娘が顔を出すと。言葉尻を遮るように指揮官は告げた。

 そんなナリでも、病は怖いらしい。

「……例の村の生き残りが我が軍と接触し、少なからぬ死者が出た」

 怯えを隠すように、指揮官は口を動かす。こういう時に、人は口を滑らすものだ。

 異物との接触はこの世界のニンゲンにとっては毒だ。

 だが同時に、この世界のニンゲンは異物にとっての毒でもある。

 未知なのはお互い様なのだから。

「その死者は、どんな死に方でした?」

「これ以上は軍機だ」

 口を濁すということの意味、想像はつく。

 多分、同胞をのだろう。病を恐れるあまりにだ。

 「人焼き」は俺と専門こそ違うが、扱いとしては似たようなものだ。

 炎で病を焼き清める、というのは、酷く原始的な発想だ。多くの病原菌が熱に弱いのはわかるが、下手に燃やせば汚染を拡散する可能性もある。この世界にはガソリンも無いし、十分な高温で焼くことは難しい。それより殺菌作用のある湯や酒精を上手く使って……


 ……待て。とは何だ?とは何だ?

 俺のものではない意味不明な思考が、俺の中にる。ショックを受けると、たまに、こうなる。最近は、どうも頻度がひどい。

 どうやら、思った以上に仕事の仕損じにショックを受けていた、ということなのか。

「まぁいい、次の仕事を頼みたい」

 俺の沈黙を批難と解釈したのか、指揮官は不機嫌そうに次の仕事の話を告げた。

 



「……この村の位置、やはり、かなり人間領の奥に入るな」

「魔軍の行動範囲からは完全に外れる。追加の護衛は無い」

「私だけでは不満か?」

「いや、人数は少ない方がいい」

 謁見えっけんを終え、俺は傭兵エルフと打ち合わせを進めていた。

「その娘はどうする?」

 かたわらにいる子供は、のんきに拾った木の実か何かで遊んでいる。

 少し、考える。人買いに売り飛ばしてもいいが……人間領に入るなら、『隠れ蓑』があった方がいい。ニンゲンというのは不思議なもので「怪しい男女二人連れ」よりも「親子連れ」の方が、何かと誤魔化しが効きやすい。

「このまま連れて行く」

「わかった。前金をよこせ、旅の支度を整える」

 彼女の雇用主は魔軍だが、報酬は俺の懐から出る仕組みになっている。この通り、必要経費も俺持ちなのだから、もう少し敬ってくれても良いだろうに。態度の大きさは、腕の自信の現れなのだろうか。

 金を渡した去り際、彼女はたずねる。

「今回の依頼、どう思う?」

「戦況がヤバいんだろう。多分、村を焼く、というより物資の集積を妨害する、という任務だろうな」

 万全のまま戦争を進められる軍などない。

 ただでさえ異界で戦う魔軍は、消耗が大きい。どれだけ武器や魔法で勝っていようと、補給が整えば押し負ける可能性がある。だから、補給を断つ。

 しかも、その工作に使う手が足りていない。こんなものは本来、精鋭部隊のやる仕事だ。村焼きのやる仕事じゃない。

 なりふり構っていない、となれば。決戦が近い、ということか。

「夫婦役を演じてもらうことになる。俺は、皮膚を患っているから顔や手足を出さない。何かあったら、『娘』を見せて伝染うつるものではないと証明しろ」

「心得た」

 そういう設定だ。

 エルフ……耳長は場所によっては迫害を受ける種族だが、イセカイテンセイシャに比べれば遥かにましだ。


 問題は、子供がこのまま大人しくしているか。しつけと言えば、荒っぽいこともできようが。怪しまれるのも問題だ。

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