第2話
世界には時折、穴が開く。
穴からはいろいろなものがやって来る。
異なる生き物。異なる技術。そして、異なる人間。異世界からの来訪者。
だが、「異なる世界」というのは、つまるところ、世界にとっての「異物」だ。
だから、それらと接触するのは相応以上のリスクが伴う。
たとえば、未知の文化。たとえば、流行り病。だが、リスクを負うのはお互い様だ。
異界よりの侵略者である「魔軍」といえど、決して例外ではない。
たとえば昨年、魔軍の間で流行した死病は、異世界からもたらされたものだと噂されている。その真偽はともかく。病がもたらした損害は、魔軍に感染の原因を断つ。つまり、「侵攻先の村を焼く」という決断をさせるのに十分だった。
俺の朧気な知識によれば、「コウシュウエイセイ」というのだったか。極端だが、多分間違ってはいない。
そして、その手先のひとつが俺達。つまりは、イセカイテンセイシャだ。
「それで、護衛の私を置いて村に入り、ガキを連れて帰って来たのか?」
焼けた肌のハーフエルフの傭兵が、皮肉交じりに毒を吐く。
「イセカイテンセイシャの考えることはわからん」
わからなさでは、魔軍に与する傭兵もいい勝負と思うのだが。
「……『何があったか』を雇い主に報告して貰う必要がある」
今回の村焼きは俺の仕事ではない。
半端な仕事をしたと思われては、今後立ち行かなくなる。だから、「村で何があったか」を示す証拠が必要だ。
連れ帰った子供は、落ち着きはないが大人しかった。今もきょろきょろと傭兵の耳を左右交互に眺めまわしている。
「別に何をしようと構わんが、仕事を増やさんで欲しいな」
護衛という立場なのに俺の扱いがぞんんざいなのは、彼女が守っているものが俺自身ではなく俺の仕事だからだろう。
疫病退治以外にも、村焼きは恐怖という名の統治を産む道具としても使われ始めている。そして、統治権力の源泉であるからこそ。それは時折「復讐者」を生み出す。
彼女が危惧しているのはそれだろう。俺が生き残りを嫌うのは、そういう理由もある。
だが、
「……こいつは違うさ」
あの時、この子供は、じっと炎を見つめていた。
少なくとも、今すぐに復讐を企てるようには見えないし、牙を隠すほど器用でもないだろう。
それに、「証明」が済んだ後は、適当に売り飛ばせばいいだけのことだ。
「……そういえば、オスなのか、メスなのか?」
傭兵が尋ねる。確かに、それによって売り先も変わる。
オスなら農場か鉱山、メスなら娼館だ。
俺がボロ布を無造作にまくり上げると、子供は言葉にならない悲鳴を上げた。
「……メスか」
興味のなさそうな声で、傭兵が言う。
「メスなら、お前に任せる。城に上げて失礼のないくらいには、整えておけ」
「オスだってどうせ任せるくせに」
「…………」
俺は黙った。都合が悪くなったから、というのもあるが、それだけはない。
心は痛まない。だが、こういうことをするたびに、頭のなかの何かが軋む。
てんは ひとのうえに ひとを つくらず
遠いどこかの、声が聞こえる。
異界からの異物の中でも。イセカイテンセイシャは、とりわけ不幸な部類だ。
「穴」によらず……恐らくは何かしら不自然な手段で、この世界に「埋め込まれた」俺たちは。辿り着いた瞬間から、世界の拒絶の洗礼を受ける。
血を吐き苦しみ、大半が死に至る。生き残っても、その体はニンゲンとはかけ離れた化物に変じてしまう。
だが、そこで苦しみは終わらない。イセカイテンセイシャの最大の不幸は、違う世界の記憶を、常識を持っていることだ。
この世界のニンゲンとは異なる姿。そして、異なる常識。ふたつも抱えて生きていくのは、重すぎる。だからみな、片方は捨ててしまう。
過去の人生も、記憶も、知識も、名前もだ。そうした果てに、ただの魔物に成り果てたヤツも、決して少なくはないという。
ああ、なんと羨ましいことか。もしそうなれたなら、どれほど気が晴れるのだろう。
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