村は炎に包まれて
碌星らせん
第1話
村。それは人が肩を寄せ合い生きるための場所。多くのニンゲンは、ただひとつの村の中で生まれ育ち、働きに出かけ、結婚して子供をつくり、老いて死んでいく。
そして、この戦乱の時代にあって。村というものは、しばしば一夜にして姿を消す。
火の粉がパチパチと弾け、下草と屋根を伝う。煙と炎が天を焦がす。今また、ひとつの村が燃えている。
家と財を焼かれ、崩れ落ちて泣きむせぶ声。まだ逃げ出そうと喚く、人と家畜の鳴き声。そして、声を上げることすらなくなったもの。煙を吸いすぎたのか、意識を失い道端に横たわる、もう動かなくなった誰か。何かの肉が焼ける、香ばしい匂い。もっとも、それが何の肉か考えなければだが。
「やれやれだ」
依頼を受けて来てみれば、まさかこんなことになっているとは。
纏ったぼろ布で火の粉を払いながら、火の出元を探し歩く。
山火事やかまどの不始末じゃない。火はどうやら大きな納屋から始まったようだし、燃えているのは村だけだ。誰かが火を放ったことは、洒落た言い方をすれば火を見るよりも明らかだ。
だが、其処に意図は感じない。精緻や破壊や綿密な復讐の香りは全くといっていい程に不在だ。代わりにあるのは焦り。大方、物盗りが略奪を行い、追手を撒くために火をつけた。恐らくはそんなところだろう。
物盗りには違いないが、盗賊を生業とするニンゲンの犯行でもない。本職なら、地域に根を張って、村という名の「群れ」から逸れた旅人や商人を狙い、絞れるだけ絞ってから逃げる。村から取れるだけ取って火を放つ、というのは、まだ卵を生む鶏を絞め殺すような愚かな行為だ。
ニンゲンの兵士崩れか、それとも魔軍か。あるいは、ごろつきが副業として略奪に手を染めたか。とにかく無計画で、無軌道だ。
そうして無計画な犯行だからこそ、「逃げ遅れ」が出る。
大きな納屋の裏手に居たのは、家畜を抱えて、村の子供引きずりながら立ち往生している盗賊らしき男。
どう見ても欲張りすぎだ。
炎が照らすのは、手入れの行き届いていない板鎧。やつれた顔つき。精気の感じない表情に、妙にぎらついた瞳。
……ニンゲンの敗残兵か。そういえば、ここは前線から然程離れていない。少し前に、またニンゲンの軍が負けたとも聞いた。
「……馬鹿野郎が」
男が此方に気付く前に、俺は
「焼くなら、ちゃんと焼きやがれ!!」
詠唱省略。
無指向性の炎が杖の先端から飛び散るように吹き出す。
「ひぃいいい!いてえ、いてぇよおおお!」
炎に包まれた首筋と顔面を押さえ、男は無様に地面の上をのたうち回る。家畜は逃げ出し、子供は、その場にへたりと座り込む。
「……半端な仕事をするから、生き残りが出ちまったじゃねぇか」
俺が受けた依頼は、この村を焼き焼き滅ぼすこと。
まさか、到着してみれば誰かが先に火を放っていたのはお笑い草だが。
そして俺は、子供に向けて杖を構える。
村を焼かれたニンゲンは、流民になるしかない。生計の道を奪われ、縁者も家畜も土地もなく、奴隷に堕ちるか野たれ死ぬのが精々だ。
ニンゲンは村から離れては生きられない。なら、村と共に死なせてやるのが慈悲というものだ。
子供は逃げない。泣き叫びもしない。
怯えて足が
いや、
……違う。
子供の視線は、燃える村を、家を。じっと見つめている。
これは、そうだ。炎の美しさに、見とれているのか。
そもそも、何故この子供が、こんなところで生きていたのか。
火事というものは、迂闊に火から逃げようとすればするほど、人と煙に巻かれる。その結果が、道中の惨状だ。
だが、この子供は逃げなかった。だから取り残され、そして生き残った。
頭がじくじくと痛む。どこか、遠い場所の記憶を、もやの向こうから手繰り寄せるような。
……そうか。これは、俺
その時。やっと俺の存在に気づいたように、子供は不思議そうに俺を見上げた。そして、
「おじさんは、誰?」
そう問うた。
俺は。誰だ。俺は、
「イセカイテンセイシャだ」
ニンゲンでは、ない。
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