エピローグ みずほと灯 明日に向かって・・・

みずほは、灯の家に菓子折りを持って行くことにした。

彼女は、若干怖さを感じて居た、しばらく会っていない灯になんといわれるだろう・・・

電車に乗りながら、みずほは、少し動揺していた。


1時間くらいで彼女は、灯のマンションについた

みずほは弱冠怖かったが、灯の家のチャイムを押した

『ピンポーン』

出ない・・・。

どこかにでかけているのだろうか?

出直すか

そう思ったその時

『ガチャ・・・』

だるそうに出てくる灯の姿があった。

灯の姿は、上下の灰色のスウェット。髪の毛はぼさぼさであり、眼の下にはクマが出来ていた。

彼女はみずほが来ても怖がる様子もなく、みずほを部屋に招き入れた。

「灯?大丈夫?」

「大丈夫・・・お願い・・・手を貸してくれないかな・・・?」

「わかった・・・。」

みずほが手を貸すと、灯は思った。

そういえば、昔みずほによくこうやって、肩を貸してもらっていたな。

私がいじめられて帰って来た時も、みずほはこうやって手を貸してくれたっけ。

みずほは、灯を布団に寝かせると、窓を開けた。

「換気を良くしないと・・・変な気が循環しちゃうのよね。」

「でも、暑いよ。」

灯が寝ながら言う。

「いいのよ。これくらいしないと、灯一生窓開けないでしょう?」

「お母さんみたいなことを言うね。」

灯が呟く

「私は灯のお姉さんみたいなものだもの。」

そう言いながら、みずほは窓を開けた。

閑静な住宅街が広がっている部屋だった。

灯も、ゆっくり起き上がり、窓を見た。

ここが取り壊されてしまうのか・・・。

灯の心はぽっかり穴が開いた様だった。

灯は外の景色を見ながら、涙を流した。

「どうしたの!灯!?」

「ごめんね。私最近涙もろくて、此処が取り壊されることになって、私どうしたらいいのか分からない。」

「取り壊される!?」

みずほが聞いた

「うん・・・大家さんの息子さんがここの元々の所有者なんだ。ドイツからお嫁さんと帰って来て、此処を取り壊して、2世帯住宅を建てることになったの・・・それで・・・。」

「出て行けと・・・。」

「うん。まだ1年あるけどね・・・。」

「そっかあ。」

みずほは、小さくため息に似たように呟いた。

「で、次は何処行くの?」

「わかんない・・・・体が動かないから・・・どうしたら。しかも金額は53700円までしか家賃は出ない・・・。」

「53700円って、灯。もしかして生活保護になったの?」

「うん。体動かないからもうどうしようもなかった・・・。お父さんとお母さんに迷惑かけたくなかったし・・・。」

「そっか・・・。」

みずほが答える。

すると、灯が泣きながら話し始めた。

「みずほ・・・私、何やってきたんだろう・・・この10年間。私何を生きてきたんだろう・・・結局結果がうつ病何て・・・私何のために生まれてきたんだろう・・・。」

「灯・・・。」

目に涙をいっぱいにためて、涙を流している彼女をみて、みずほは返答に困った。

今の灯にきついことは言えない。

病気を悪化させることになる。

みずほは考えた揚げ句、ある言葉を口に出した。

「でも、灯。私一つだけ、見直したことがあったわ。」

みずほが笑顔で言った。

「何を?」

灯が返答する。

「生田さんと別れたこと。しかもあなた自分から別れたって言うじゃない。みなおしたわ。」

「あれは・・・もう健一が嫌になったから・・・でもなんでみずほ知っているの?」

「あっ!!それは・・・生田さんが教えてくれて・・・ごめんね灯。言えなかった・・・。」

みずほが、手を合わせる

「そっか・・・いいよもう・・・健一とは終わったから・・・。この10年間という間、彼は何処にも私を連れて行ってくれなかった。行ったのは、シオンを離れてからの別れの日だけだったな・・・。」

灯は更に続けた。

「何であの時別れなかったんだろう・・・。そうしたら私はシオンを辞めなくて済んだのに。そうよ何故私は健一なんかを好きになっちゃったんだろう!でなければこんな病気にならずに済んだのに!!」

灯が急に怒鳴り始めた。

みずほはただ、驚くばかりであった。

あれだけ、怒らない灯が怒鳴っている。

灯はそれからまた泣き始めた。

みずほは驚いたが、しごく冷静に振る舞った。

それから、落ち着いて灯の方を見、語り始めた。

「でも、後悔していないんでしょう?灯は?」

「えっ!?」

「人間後悔したらおしまいよ。灯はとても不器用な人間だったけど、すべてやり通してきたじゃない?それは辛い10年間だったかも知れないけど、それでも、一生懸命生きてきたじゃない?」

みずほは、灯の両腕をつかみながら、畳みかける様に言った。

「私ね。辛い時こそ人間ってあがくものだと思うの。ああ、もうこれ以上は無理だと思っても、迷路から抜け出すために、あがいてあがいて、探してぶつかって、それが人間だと思う。灯は生田さんのことを想ってあがきつくした。そして、生田さんを全身全霊で愛しつくした。それは、何物にも変えられない、灯が体験した宝なのよ。」

「宝・・・。」

「だから、灯は堂々として居ればいいの!世の中そんな人沢山いるわ。灯は結果的にうつ病になってしまったけど。今は休む時だと思って、ゆっくりした方が良いわ。大丈夫よ。灯。うつが治って、社会に復帰した人も沢山いるし、あなたは生きていける。この先どんな辛いことがあっても、私や周りを頼って、強く生きて行って欲しい。」

「じゃあ、私のやってきたことは無駄じゃなかったてこと?私はこれでよかったってことなの?」

「そうだよ。灯のやってきたことは無駄じゃない。世間では無駄と言うかもしれない。でも、灯は成長している。あんなに好きだった生田さんを振ることが出来たんだもの。あんなサイテー男。やっと、灯も目覚めたのね。」

「そうだね・・・こうなって、初めて人の温かさが身に染みた。私、今まで一人で生きてると思っていたけど、でも、皆が私を支えてくれていることに気付いた。お父さんは、車で病院に連れて行ってくれるし、お母さんは掃除しに来てくれたり、ご飯作ってくれたり。でも・・・それが堪らなく嬉しいけど、悲しくもあるの。動けない自分が・・・。」

「じゃあ、動けるようになったら少しずつでも恩返しすればいい。今は休むことが、灯の仕事よ。」

灯は泣き止んだが、しかし俯いていた。

みずほは沈黙し、そんな灯を見て居た。

灯は何かに気付いた。でも同時に自信を失ってしまった。

彼女が自信を取り戻すには、うつを治して、また仕事に復帰するしかない・・・。

しかし・・・それはいつになるのだろう。

心の中で、みずほは考えていた。

すると、外から蝉が一斉に大合唱を始めた。

もう夏も終わりに近づいていた。

みずほと灯はその蝉の声を、黙って聞いていた。

すると、ふいに灯が一言言った。

「みずほ・・・。」

「うん?」

「ありがと・・・。」


翌日。

灯は父の郁夫の車に乗り、東京板橋病院へ向かった。

受付で千代田医師から手渡してもらった紹介状を渡すと、「16番の部屋の前で待っててください。」と言われ、郁夫と一緒に待っていた。

30分ほどで灯は呼ばれ、中へ入ると・・・

そこには『松下 洋次』という名前の医師がいた。

松下は、灯の年齢、家族構成、うつになる前にやっていた仕事のことなど、詳しく聞いてきた。

灯の容体がかなり悪いことに気付いた松下医師は、彼女に入院を勧めた。

そして、「今日から、私があなたの担当です。」と話してきた。

何でも、千代田医師と、松下医師は古くからの友人だと言う。

灯は、今までの経緯、そして、これから自分の住んでいるところが取り壊されることになり、立ち退きを迫られていることを話した。

松下は、灯の話を聞き、徐にこう言った。

「引っ越し入院をしましょうか?」

「引っ越し入院?」

「結構やっている患者さんも多いんですよ。病院から引っ越すんですよ。病院で入院しながら体が動く様になったら、不動産屋に行くんです。そこで物件を探すんです。」

「そんなことが出来るんですか?」

「大丈夫ですよ。お見受けしたところ、1か月の休息と薬を変更する作業が必要になりますが、その後、動くようになったら引越しを考えましょう。」

灯にとっては朗報であった。

これで、何とか引っ越すことが出来る。

今は体が辛いけど、必ず引っ越すことが出来る。

松下医師は、ベッドが空き次第引越し入院を実行に移すことにした。


しかし、ベッドはなかなか空かなかった。

しかも、彼女が入院する施設は、2部屋しかない『解放病棟』という施設であった。

後は『閉鎖病棟』しかない。

ベッドが空くまで、灯は身体がしんどかったが、自己破産の書類を出来るだけ集めた。

そして、2か月が過ぎた。


11月のある日、看護婦からベッドが空いたと連絡が来た。

いよいよ、引っ越し入院が始まる。

灯は、母の陽子と、入院に必要なものをスーツケースに入れていった。

「忘れ物はない?灯?」

「うん・・・必要なものは入った。後は明日を待つだけね。」

「灯・・・。」

陽子が話す。

「なあに?」

「どんなことがあっても、負けちゃ駄目よ。お見舞いに行くからね。」

「やだ、お母さん。大丈夫よ。私は体を治しに行くんだから。そして、新しい所に引っ越すために行くんだから。心配しないで。」

「灯。強くなったね。」

陽子が話す。

「うん。強くなったかどうかは分からないけど、みずほに言われたの。私がやってきたことは無駄ではなかったって・・・。その言葉私嬉しかった。だから、私前を向くことが出来たの。」

「そう・・・。」

陽子は笑顔だった。

「これから行くところがどんな所か分からないけど、私やるだけの事やってみるよ。そして、引っ越し入院を成功させて見せる。」

「灯。必ず成功するわ。見守っているからね。」

陽子はそういって、我が子を抱き締めた。


翌日

空は気持ちが良いほど晴れていた。

晩秋のその空の中、灯の荷物を父の郁夫は運んだ。

3ヶ月の入院生活のはじまりであった。

これから灯が行くところは、今まで灯が体験したことのない未知の物であった。

しかし、灯はまだその事実を知らない。

荷物を積み込んだ、郁夫の車は、病院へと走って行った。

前を向き、前進するために・・・。


誰にでも黒歴史はある。

触れられたくない過去がある。

でもその過去を、最高のものにするか、それとも繰り返すかは

総て、自分自身なのである。

これは、ある、内田 灯という平凡な女性が辿ったある

一部の物語である。











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私の黒歴史 第1部 都合のいい女偏 谷口雅胡 @mimmmay7

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