ある日勇者に救われた話

@tabaman

第1話

新月の真夜中、真っ白のワイシャツを着た一人の若いサラリーマンが街頭に照らされた路地をトボトボと歩いていた。名は、高橋唯一。背は高く、顔立ちも悪くはない。ただ、その髪は乱れ、少し酒の気配を漂わせてしまっているがために幾分かみすぼらしく見えた。

「くそ〜。飯岡のヤロ〜、ヒック」

彼は、自分が想いを寄せていた相手と知らぬ間に付き合っていた部下の名前をつぶやいた。たしかに、付き合っているものからしたら勝手に片思いをして、勝手に落ち込んでいるものなど知ったことではない。むしろいい迷惑であり、そんな場合勝手に片思いしたものは、スパッと諦めるのが当然である。しかし、そう言うわけにもいかない時は存在する。

「あいつ知ってたくせによ〜。それになんでリコちゃんは、よりにもよってなんであいつなんだ」

唯一は、いつも微笑むリコちゃんの顔を思った。そして、さほどいい男と言うでわけでもない彼の部下を思い出し、街灯の光に照らされ、くっきりと小さな影を作っていた小石を思いっきり蹴飛ばした。本当にいい迷惑である。

「痛っ!」

さっきまで誰もいなかった場所に、誰かがいた。

まさか人がいるとは思わなかった唯一は、少しビクッとしたが、すぐにその人に駆け寄った。

「すいません。大丈夫ですか?」

その人は、白い髭を生やした、老人あった。彼は、薄汚れたコートいやローブを着ていた。そして、その顔には大きく一文字の傷が付いて、ローブより覗くことができる彼の腰には何か剣のようなものを帯びている。それは、この世においてあまりに不自然すぎる格好であった。

唯一は、その顔をみて勝手に悟った。あぁ、ヤバイ人に関わったと、もしかしたらヤクザ関係の人なんじゃないかと。そんなわけで、このヤバそうな爺さんとあまり長くいないようすぐに離れようとした。

「待ってくれ。タカハシユイイツ」

唯一が、背を向けたはずの老人が彼の目の前に立っていた。驚愕の声を漏らし少し後ずさった。そして、この老人が自分の名前を呼んだことに気がついた。今まで感じていた酔いの気分は綺麗に消えた。

「なんで?」

彼は、自分が思ったことをそのまま口に出した、と言うよりも水の入ったコップを傾けた様に自然と彼の口から溢れでた。

硬直する唯一とは裏腹に老人は、その幾重にも刻まれたシワをなお増やすかのように微笑み、唯一の言葉足らぬ問いに答えた。

「わしは、そうだな。お前の親戚だよ。だからお前の名を知っとる、覚えとらんかこの顔を」

唯一は、その顔を注意深く見た。するとよく見たことがあるような気がしてきた。しかし、誰だかはサッパリ分からない。

というよりも何故こんな真夜中に自分の親戚を名乗る人がいるのか怖くてたまらなかった。だが、この唯一は日本人の中でも相当肝が座っている方であったりする。不審者でないことを祈りながら聞いてみた。

「もしかして幽霊だったりするわけ?」

それを聞いた老人は、小さく笑った。

「そんなもんかなぁ。まぁお前に悪いことをするつもりでもない」

まさかの肯定に唯一は青ざめた。しかし、こんなことを聞いて、幽霊だから怖いと逃げるのも、また違うと思った。

「やはり逃げないか。そういうところだよなぁ」

そんな唯一を見た老人は、何か悲しむ様に呟いた。その目は、遠い彼方を見ている様だった。

「ところで何の用だよ?」

唯一は、震える声で尋ねた。彼は、自分の髭を撫でながらしばらく沈黙した。

「実を言うとな。わしの用は済みそうなんだ」

「は?」

唯一は、間抜けに答えた。全く意味がわからなかった。この自称幽霊から唯一は、何もされていない。

「今お前は、飯野とリコちゃんが付き合ってることを知って意気消沈しているはずだなぁ」

そんな唯一を傍目に見ながら老人は、髭をさすりながら思い出すように言った。何故知ってんだよ、と唯一がツッコムよりも早く老人はもう一度口を開く、

「でもなぁ。そんなことを口実として特別なことをするんじゃないぞ、どんなに強大な力を手に入れてもな。普通が一番なんだよ、おっとそろそろかな」

この時間帯では、決して通るはずのないトラックの音が背後から聞こえる。老人の顔が白く照らされる。老人の手には、白く輝く剣が握られていた。あの棒はたしかに剣だったようだ。そうして小さく老人は呟く、

「魔法なんてないに越したことはない。滅びようとしている世界の存在などしらぬほうがよい」

老人は、目に覚悟の涙を溜め、剣をふるった。空気が揺れる。唯一は、反射的に腕を顔の前でクロスさせた。気づくとトラックは、唯一を通り過ぎていた。そして老人もまた消えていた。僅かに空が歪んでいるように感じる。そして唯一は、呟いた。

「意味わかんねぇ」

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