最終日 カミサマに出会いました。

鎌倉駅を出て、駅隣のトンネルをくぐり、江ノ電の線路沿いに進んでいく。

和田塚わだづか由比ヶ浜ゆいがはまと来て、道路沿いには建物が並んでいる。

民家、民家、路地、乾物屋、民家、路地。いくつもの路地が建物の間に続いている。

道路を左手に、私は袋小路の路地に入った。


もう何度も通って、すっかり道を覚えてしまっている。

袋小路ふくろこうじの先には鳥居があって、その先には石段が続いていた。

その石段を少し上ると踊り場があり、さらに奥には上へと上っていく石段がある。

その石段を登りきると、緑の屋根の拝殿はいでんがあるのだ。


あったはずなんだ。


「なんで……?」


そこにはなにもなかった。

緑の屋根の拝殿も、手水舎てみずしゃも、ご神木も、その隣にあったベンチも。

腐った木片が、鬱蒼うっそうと茂った草の間にいくつかあるだけで、そこは半分、山に呑み込まれてしまっていた。


「なんで……?」


メモはちゃんと残ってた。

字が汚くて縮尺しゅくしゃくがおかしい地図も、なんなのかよく分からないラクガキも。

全部残ってるのに。


なんでなにもないの?


風が吹いて、ざわざわと葉擦はずれの音がする。

あんなに涼しくて気持ちのいい音だったのに。

今はなんだか……。


私は、ご神木があった辺りへと歩いていった。

膝上ひざうえまで伸びた雑草を、必死にき分ける。


「……あった」


白いナデシコの花だ。

くきが折れている、私が踏んづけた花。


やっぱり、ここだ。

私はここにいた。

いたはずなのに……。


私は"なに"を見てたの?


ざわり、と背中が毛羽立けばだった。

しばらくの間、そこから動けなかった。


ふいに草間で音がする。ざくり、と心臓に一突き。

急いで顔を上げた。

その音のした方へ、目を向ける。


全容は見えなかった。

でも、変わった毛色の"獣"だった。

その獣が、山へと走り去っていく姿が見えた。

どこかで、獣が高く鳴く声が聞こえてくる。

鳴き声に交じって、笑う声が。


いやー、愉快、愉快!


呆然ぼうぜんと、私はそこに立ち尽くしていた。

そうしてしばらくすると、何かが腹からせり上がってくる。

しまいには耐えきれなくなって、ふっ、と息を吐き出した。


そのまま空に向かって、声を上げて笑う。






――なんと見事に、化かされたものだ。








―完―

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カミサマのいうとおり ぽち @po-chi

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