五日目 振り返り

ぎ終わった?」

「今週中には終われそうだよ」

「いいなぁ〜、その後は晴れて自由の身か……」


 大内おおちは心のこもった声でそう言った。

 とは言っても、少し休んだら転職活動を始めるつもりなので、そうのんびりともしてられないのだけど。


「そうだ。この間、また鎌倉に行ってきたよ」


 その時の事を思い出し、つい口元がにやけてしまう。


「ホントもう、那雲なぐもさん相変わらずでさ。鎌倉のゆるキャラとして認定されてもいいと思う」

「……」

「坊主セラピーとして毎日通いたいくらい、」

「ねぇ、」


 就職してから二年。

 大内のそんな声は聞いたことがなかった。

 怒ったみたいに緊張感のある声に、私は口を閉じる。


「……その話、やめてくれない?」


 責めるような口調に、胸が痛かった。

 どうして大内がそんなことを言うのか分からなくて、必死に考える。


「ごめん、なんか……気にさわった?」

「……」

「私があんまり遊び事ばっか、話しちゃったから?」

「……」

「イケメンといちゃいちゃしてるように見えた……? そんなんじゃないよ、だって那雲さんは、」

「行ってきたの、私も」


 大内は、急に口を開いてそう言った。

 探るような視線を向けられて、そうか、と合点がいく。


「そっか! どうだった? 那雲さん、結構イケメンだったでしょ?」


 私は出来るだけ、那雲さんに興味がないようにしてみせた。


「ちょっと天然だけど、大内と気が合うかも、」

「何もなかったよ」


 時間が止まる。

 一拍いっぱく遅れて、また動きだした。


「…………へ?」


 大内は口をのりで貼り付けたみたいに、話し辛そうだった。


香坂こうさかに言われたところ、行ってみたけど……なにもなかった。古びた鳥居が立ってるだけで……」

「……いやいや! そんな訳ないから! 何回も行ったんだよ? 那雲さんに書いてもらったメモもあるし、お茶まで出してもらって……!」

「やめてってば! 私そういうの、苦手なの知ってるでしょ……」


 とても、大内が冗談でそう言っているようには見えなかった。

 しばらくの間、二人とも黙り込む。

 それに私は、大内との話に見切りをつけて、もう別のことを考えていた。


 何もない?

 そんな事ない。

 何度もあそこに行ったんだから。

 書いてもらったメモもある。

 大内が何か勘違いしただけ。道に迷ったか何かだ。

 何もないなんて事、ありえない。


「ねぇ、ホントに一回、ちゃんと病院行きな? うつ病の場合、幻聴や幻覚なんかの症状も――」


 そんな言葉も、私は聞いていなかった。

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