五日目 お礼参りに来ました。

「かぼちゃと、安納芋あんのういもと、あとくりのきんつば。二つずつください」


 鎌倉駅の売店で、私は那雲なぐもさんへのお土産を買っていた。

「鎌倉いとこ」のきんつば。那雲さんからオススメされていた鎌倉名物だ。


 初めて鎌倉に来た時と同じく、駅隣にあるトンネルをくぐり、ソーセージの焼ける魅惑的な匂いに後ろ髪を引かれながら、江ノ電乗り場を通り過ぎていく。


 季節もだいぶ移ろいで、歩きやすい気候になっていた。

 江ノ電の乗り場を通り過ぎると、すぐに商店街がある。それを通り過ぎて線路沿いを行けば、和田塚わだづか由比ヶ浜ゆいがはまと続いた。

 私の足は何度と通った鎌倉で鍛えられたようで、江ノ電の二、三駅くらいでは根を上げなくなっている。

 そうして神社に着いた頃にも、なんだかまだ歩き足りないくらいだった。


 鳥居をくぐって石段を登ると、そこには緑の屋根の拝殿はいでんが見える。那雲さんは、ご神木の下のベンチに座って海を見ていた。

 石段を上がってきた私にすぐに気付くと、菩薩ぼさつのように笑ってみせる。


「こんにちは、まことさん」


 私は軽く会釈えしゃくを返し、手に持った袋をかかげてみせた。


「お礼参りに来ました」





 ********





「この間はご迷惑をおかけしたので、それのおびに」

「わざわざ、ありがとうございます」


 そう言って那雲さんは袋の中をのぞき込むと、まるで札束でも入っていたかのような顔をした。

 おおげさなその表情に、思わず吹き出してしまう。

 そのままさらわれそうな勢いだったので、半分は私のです、と忠告すると、一瞬で真顔に戻った。

 なんか申し訳ない。


 お茶を持ってきます、と言って那雲さんは裏に引っ込んだ。


 ご神木の下のベンチに座りこみ、境内けいだいを見回す。

 気温もだいぶ涼しくなったのか、少し寒いくらいだった。


 ふと足元に目を向けると、白いナデシコの花が咲いている。

 私が踏んづけた花だ。

 くきは折れたままで、今もこてんと地面に横たわったままだったけど、それでも綺麗な花弁はそのままだった。

 それにそっと手をのばして、花弁の端に触れてみる。


 強いなぁ、君は。


「綺麗でしょう?」


 顔を上げると、那雲さんが立っている。


「はい、綺麗です」


 そう答えると、いつもの調子で那雲さんは笑った。






「会社、辞めることにしました」


 私はきんつばを一つたいらげると、おもむろにそう言った。


「そうですか」


 那雲さんは、大した感慨かんがいもないようにそう言う。

 それがなんだか、ありがたかった。


「来月からひまになるので、また鎌倉にびたるかもしれません」


 そう言うと、那雲さんは嬉しそうに笑ってくれる。


「いつでも来てください。ここには、やらなくてもいい事がたくさんありますから」


 ありがたい。

 その言葉に涙がちょちょぎれそうだ。

 口の端に付いた小豆あずきの皮がなければ。

 無駄にいい顔をして言い切った那雲さんがおかしくて、私は吹き出した。


 この人は、本当に。


 不思議そうにこちらに首をかしげてみせる那雲さんに、私は笑った。


「また来ます」

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