006

「こんにちは。田中優也くんのお宅でしょうか」


 クリスマスの翌日、私は初めて田中の家のチャイムを鳴らした。


「あら。どちら様ですか?」


 感じの良い中年の女性が顔を覗かせる。たぶん田中のお母さんだろう。

 笑顔が似ているな、と思った。


「クラスメートの伊藤です。お休みの間、溜まってたプリント類を届けに来ました」


「あら、あら、わざわざありがとう。今、優也を呼んで来ますね」


 はい、と笑顔で頷いて、私は鞄の取っ手を力強く握り締める。


 あの時、庇うことのできなかった私を田中は怒っているかもしれない。

 そもそものきっかけを作った私を、憎んでいるかもしれない。

 そう思うと、口の中がカラカラに乾いた。


「……伊藤さん?」


 それから、しばらくして田中がやってきた。

 マスクをした彼は、思ったよりも元気そうだった。


「どうしたの、こんなとこまで」


「あ、あのさ、プリント……届けに来た」


 田中はきょとんとしてから、フッと小さく噴き出した。


「あたし、なんかおかしいこと言った?」


「いや、プリント届けて貰うって……小学校の頃以来だなって」


「……」


「届けてくれて、ありがとう。あと……ごめんね、一緒に思い切ったことしようって言ったそばから休んじゃって」


「は……はあッ!? なんで、田中が謝るの!? 謝るのは、あたしの方だしっ……」


「え……? なんで伊藤さんが謝るの」


「そ、それは……その……だって……」


 私は浅い呼吸を繰り返すと、声を絞り出した。


「ほら……田中、学校来なかったじゃん? やっぱ、この間、の……化粧道具、みんなにバレたの気にしてるんだと思って……ごめん。あたし、ちゃんとみんなに言えなかった」


「言うって何を?」


「色々。たくさん。……キモイとか酷いって。男だってメイクしたっていいじゃん、って。田中は別に間違ったことしたわけじゃないのに」


「そんなの言わなくていいよ。あんな空気になっちゃったら、そうそう庇えるものじゃないし。それに、学校休んだのは別の理由だよ」


「違うの……?」


「うん、風邪引いちゃったんだ。どうせすぐ冬休みだし、新学期から学校行こうと思ったんだよ」


「風邪……そ、そっか。もう、大丈夫なん?」


「一応、マスクしてるけどもう平気。もしかして心配してくれて家まで来てくれた?」


「……まあ、そんなとこ」


「伊藤さんって、優しいね」


「はっ……はぁっ!? なんでそんなことになるし!?」


 陸にあげられた魚みたいに口をパクパクさせると、田中は目を細めて笑った。


「そうだ。あがっていってよ。話したいことがあったんだ」


 田中は怒っていなかった。

 それどころか、なんだか楽しそうで……私は拍子抜けしてしまう。


「伊藤さん、早く。玄関開けっぱだと母さんに怒られるから」


「う、うん。ごめん、お邪魔します」


 私は戸惑いながら、田中家に足を踏み入れた。


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